024:西盾拠点
下階の西側出口から、西街区に最も近い北街区の拠点へ向かっている。
拠点までは、一直線なので迷うことはない。
途中、柑橘系の液体を散布している作業員三名がいた。
作業員に一声掛けて通り過ぎ、しばらく進んだ。
拠点まで残り約二キロの地点。
ここまで作業員三名の他、誰とも会っていない。
敵とも遭遇していない。
ただ足音と呼吸音だけが、地下道に長く反響していた。
前方には、拠点と思われる構造物がある。
ただ、事前に知らなければ、地下道を塞ぐ壁にしか見えない。
拠点まで残り約二百メートル地点。
拠点から武装した三人が出てきた。
服装だけから判断すると、兵士に見える。
拠点には護街隊しかいない、とアカバネは言っていた。
ところが、座標ビューアには護街隊と表示されていない。
護街隊だとすれば、市街地では一度も会っていない隊員なのだろう。
事情がどうであれ、最前線にいる彼らは極度の緊張状態のはず。
私は両手を高く上げて、掌を相手に向けた。
次に、両手をゆっくり左右に広げた。
この動作をゆっくり三回繰り返す。
やり方は間違っているかもしれないが、相手に敵ではない合図を送った。
すると、相手は銃を両手から片手に移した。
次に、私と同じような動作をして返してきた。
どうやら、相手に通じたようだ。
◇◇◇
拠点の入口には西盾拠点と書いてある。
アカバネから紹介された拠点と間違いない。
私は名刺を見せることなく、拠点の中へ入った。
彼らは全員、護街隊を名乗っていた。
兵士ではなく、服は軍から特別に借りていると言っていた。
彼らは現場のリーダーのことを隊長と呼ぶ。
その隊長は今、別室で休息中。
この部屋にいる数人に西街区について尋ねた。
だが、全員一様に、隊長から直接訊くべきだと言われた。
隊長が戻るまで、まだ二時間ほどある。
私はここで、待たせてもらうことにした。
その間を利用して、私はエーアイに話しかける。
「座標ビューアに護街隊と表示されないのは、初対面が理由だな?」
《はい。正しい理解です。護街隊は種別ではなく表示名です》
「種別が人間の場合、非表示だな?」
《はい。人間は省きます。武装した人間は表示しますが、種別ではありません》
「種別の表示条件は、以前と同じだな?」
《はい。種別はミスターの記憶情報に依存します》
「拠点の概要、人数と状況は調査可能か?」
《可能です。所要時間、十五分以内と推測します》
私が持つ、二つの疑問。
“服は軍から特別に借りている”という点。
“軍の服を真似て作った”ならば納得する。
ただこれは私の中での常識。
この世界では、私の常識が正しいとは言えない。
もう一つは、彼らの警戒心が薄すぎる点。
所作を見ても、銃器を棒のように扱う。
北街区を守る緊張感がない。
何かを楽しんで、そこにいるように見える。
十二分経過。
エーアイが戻ってきた。
エーアイの報告の前に、私から切り出す。
「一旦、戻ったほうが良いか?」
《はい。アカバネに確認することをお勧めします》
「下階への移動手順は任せた」
《了解しました、ミスター》
◇◇◇
天空パレス経由で下階へ戻ってきた。
エーアイの調べでは拠点に二十三人。
拘束されている人はいない。
アカバネに確認することは二点。
拠点にいる人数と軍服貸与についてだ。
護街隊アジトを訪ね、再びアカバネと会った。
いつもどおり、アカバネは堂々と車椅子に腰掛けていた。
「おや、まだここにいたのかね?」
私は急ぎ、二つの疑問点をアカバネに話す。
その瞬間、アカバネの背筋がこわばり、胸が小さく上下した。
車椅子のアームレストを探すように触れたが、手先の震えが止まらない。
「な、なんということだ……」
私はアカバネに伝えた。
「拘束されている人は誰もいない。私の見立てだ」
これ以上、私がここにいる理由はない。
私はアカバネに礼を言い、この場を去った。
◇◇◇
事の顛末をタンクにも話す義務ある。
私はタンクの家へ向かった。
タンクは私を快く向かい入れてくれた。
「アクオは今、ここにいないぞ。ところで、どうした?」
私はタンクに名刺を返した。
タンクは名刺を受け取ると、悪戯をした子供のような顔をした。
「まさか、ビビって帰ってきたのか? なんてな」
タンクはいつもの表情に戻る。
「帰ってきたのは何か理由があるんだろ?」
私はタンクに要点のみ話した。
・アカバネから紹介された拠点での出来事。
・拠点の話をアカバネに話したこと。
・それを聞いたアカバネの反応。
タンクは表情を変えず、頷いていた。
この件について口外しないことを、私はタンクに伝えた。
タンクは軽く左手を開き、耳のほうへ近づけた。
そして、私を見つめながら一言呟く
「ああ、分かってる」
これ以上、私がここにいる理由はない。
私はタンクに礼を言い、この場を去った。
◇◇◇
天空パレスに戻った。
拠点の概要について、エーアイの報告を聞く。
それをもとに、私なりに整理してみた。
・拠点は二階建て。
・二階は市街地西側から延びる地下道に繋がる。
・二十三人は、この世界で魔界人と呼ばれる存在。
私の中で一つの線が繋がった。
彼らの対応や所作は、魔界人特有の戦闘を好まない性質に由来していたのだ。
掃除のオジサン、薬屋の店主、屋台の女性。
東街区地下街で共存共栄する魔界人の顔が浮かぶ。
「再び、拠点へ戻ろう。到達点は任せる」
《了解しました、ミスター》
◇◇◇
先ほどまでいた拠点の部屋に戻る。
部屋には誰もいない。
座標ビューアで確認しても、誰もいない。
彼らが持っていたと思われる銃器がある。
軍服も脱ぎ捨ててある。
二階を含め、拠点内をくまなく探した。
やはり、誰もいない。
私は拠点から西街区方面の地下道へ出た。
このエリアには、まだ踏み込んでいない。
まずは一階の地下道を見る。
下階から拠点を通過し、西街区へ向かう地下道だが、彼らはいなかった。
次に二階の地下道を見る。
市街地から拠点を通過し、西街区へ向かう地下道だが、ここにもいない。
座標ビューアは人間と魔界人の区別をしない。
武器を所持していれば、座標ビューアに武装集団として表示される。
彼らは武器を持たずに移動しているのだろう。
冷静に考えれば、彼らがどこへ行こうと、私には関係ない。
だが、武器を放棄して移動した魔界人を見捨てる気にはなれない。
「彼らはどこへ消えたんだ?」
《不明です》
私とエーアイがまだ見ていないエリア。
それは拠点二階から市街地へ通じる地下道だ。
あの先にはバリケードを設置した兵士がいる。
「行き先を変える。北街区だ」
《了解です》
拠点二階へ上がる。
北街区の市街地へ向かう地下道を進んだ。




