023:タンクとアカバネ
アクオの話では、近くにタンクという友人の家があると言う。
アクオは首を抑えながら、私に言う。
「自分で歩けるが、少しの間、護衛してくれ」
私は快く引き受けた。
ゆっくりとした足取りで、五十メートルほど進んだ。
すると、男が走って近づいてくるのが見えた。
その距離、約三百メートル。
私は念のため、戦闘準備に入ろうとした。
その時、アクオがつぶやいた。
「あいつがタンクだ。敵じゃねぇ」
約四十秒後、タンクと合流した。
二メートルほどの身長、広い肩幅。
手足と首回りを見ただけで、体を極限まで鍛えていることが分かる。
タンクはアクオから剣と銃を外し、自分の肩にかけた。
「お前が死んだって聞いたからよ。急いで亡骸を引き取りに来たんだが。とりあえず、生きてるな」
タンクは片手でアクオを軽々と持ち上げ、もう片方の肩に担いだ。
「アンタも一緒に来てくれ。じゃ、走るぞ!」
タンクは私の返事を待つことなく走り出した。
私はタンクとともに走ることで同意を示した。
◇◇◇
タンクの家に到着した。
場所は、北側エリアにある剣術道場のすぐ近く。
高さ十メートルほどの石壁で囲まれた家だ。
アクオは首を抑えながら、下を向いている。
「悪いが、ベッド借りるぞ」
アクオは着いて早々、客用ベッドで横になった。
タンクは少し目を細めた。
「医者に往診を頼んだからな」
アクオは少し長めに口から空気を吐き出した。
私は壁に掛けてある家族写真に目が向いた。
その様子を見て、タンクが私に言った。
「家族のことを考えたら、ここよりも東街区のほうが良いがな……」
タンクは私からアクオに視線を移し、アクオに枕を渡した。
「お前みたいな奴がいるから、この街を離れられないんだ」
アクオはこちらへ背を向け、寝返りを打つ。
「人のせいにするな」
タンクは私の正面に立つ。
アクオの視線がこちらに向いてないことを確認し、無言で私に頭を下げた。
数秒後、タンクは声に出す。
「ところでアンタ、北街区に住むのか?」
私は正直に答えた。
「いや、西街区へ行く予定だ」
タンクは眉をひそめた。
「西街区の人間か?」
「いや、違う。西街区へ行くのは初めてだ。何か情報があれば助かる」
アクオが寝言のような口調で、会話に割り込む。
「マッスルが、帰ってくる……その後で……情報」
タンクはアクオの寝言に反論する。
「マッスルに話すのは絶対ダメだ。あいつは、自分も行くと言うはずだ。ついでに、アクオも行きたがるだろ!」
タンクは私に言う。
「ちょっと、待ってくれ」
タンクは奥の部屋へ入り、何かを持って、一分ほどで戻ってきた。
タンクは人差し指を口元に当てている。
黙ってくれ、と無言で私に告げている。
私は頷く。
タンクは筆談を始めた。
タンクは“下階にある護街隊のアジト”と書く。
私は頷く。
タンクは“アカバネ”と書く。
私は頷く。
ここで、タンクは小さな声で口を開く。
「これを渡せ。後は運次第だ」
タンクは私に一枚の名刺を手渡した。
名刺には、暗号のような数字と記号が書き加えられている。
私はタンクに頭を下げ、無言で感謝を伝えた。
タンクは口元を緩ませ、小さく三回、頷いた。
家族写真の隣には、アクオ、タンク、マッスルが笑顔で寄り添う絵があった。
◇◇◇
護街隊の下階アジトを訪ねた。
アカバネの車椅子を押していた女性がいた。
アカバネと会いたい旨を、女性に伝える。
私の突然の要望に、女性は息をのみ硬直した。
私はタンクから受け取った名刺を取り出した。
「心配には及ばない」
私は女性から見えるように、名刺を提示した。
女性は名刺に手で触れることなく、凝視する。
数秒後、女性は深く息を吐いた。
「タンクさんからの依頼でしたか」
女性の目元にようやく柔らかさが戻った。
「少しお待ちください」
女性は、奥の部屋に入った。
一分もしないうちに、奥の部屋のドアが開く。
女性が車椅子を押している。
アカバネの車椅子が私へ近づき、約一メートル手前で止まった。
一拍置いて、アカバネはゆっくりと話し出す。
「こうして再会できたことを嬉しく思う」
私は突然の訪問に対処してくれたことに感謝を伝え、名刺をアカバネに渡す。
アカバネは名刺を受け取り、その名刺に書き込みを加える。
そして再び、その名刺を私へ返した。
名刺にはタンクの文字、その脇にアカバネが新たに加えた文字がある。
アカバネが書いた文字も、暗号のような数字と記号だ。
アカバネは少し眉間にしわを寄せ、低く落ち着いた声で私に言う。
「本当に西街区へ行くのかね?」
私は頷き、西街区についての情報が知りたいことをアカバネに伝えた。
アカバネは顎を三回、ゆっくりと指でさする。
「西街区に最も近い位置に、北街区の拠点がある。正式名は西盾拠点。下階の西側出口から五キロ先だ。その拠点にいる誰かに、その名刺を渡しなさい。西街区の最新情報が手に入る」
私はアカバネに尋ねた。
「西盾拠点にいる者であれば、誰でも良いのか?」
一瞬、アカバネは目を細め、車椅子を握る手に力を込めた。
その直後、穏やかな表情と姿勢に戻る。
「現在、拠点には護街隊員しかおらん。他の者は全員撤退したからな」
少し間を取り、アカバネは話を続けた。
「君にひとつ、忠告しておく」
張り詰めた空気の中、アカバネの鼻孔が微かに開いた。
「君は戦闘で敵の命を奪わない。隊員の命に配慮してくれたことに感謝しておる。だが、拠点から先は一切通用しない。奴らは人間ではない。人間に似せた生命体。人間のふりをして人間を騙す。その他、詳しい話は、拠点で聞くと良い」
話を終えると、アカバネは咳込んでいた。
アカバネの咳が止まるのを、しばし待つ。
私はアカバネに感謝を伝え、この場を去った。




