019:サブロ
自警団長が叫ぶ。
「構え!」
指示通り、自警団は一斉に態勢を固める。
自警団長は、満足気な笑みを浮かべている。
傍観者の誰かが、大きな声で叫ぶ。
「散弾銃だ、みんな逃げろ!」
群衆の空気が一変した。
広場のオブジェの陰へ身を隠そうとする者。
ただ立ち尽くして状況を飲み込めない者。
互いに衝突しながら逃げていく者が入り乱れる。
叫び声、足音、押し合う気配が渦を巻く。
場の緊張は限界まで張り詰めていく。
自警団長は、その混乱を眺めている。
頬には満足したような笑みが広がっていく。
私はエーアイに指示を出す。
「これ以上は危険だ。ホログラムを消してくれ」
《了解しました、ミスター》
再び、自警団長が叫ぶ。
「狙え!」
その直後、その言葉を発してしまった自警団長の表情から笑みが消えた。
銃を構えた自警団は、標的である私を見失い混乱している。
私の最適解は、ここから私が消えること。
そうすれば、そもそも戦闘は成立しない。
私は外観認識遮断のまま、自警団の背後にいる。
だが、今の私では、せいぜい五分が限界だ。
「このまま天空パレス経由で東街区へ頼む」
《了解。最適な場所を計測し転移します》
ここから先は北街区の問題。
私には関係ないことだ。
◇◇◇
天空パレス経由で東街区の地下道に到着した。
外観認識遮断は、すでに解けている。
外観認識遮断を初めて実戦で使った。
先日の戦闘VRの防御鍛錬で会得したばかり。
通常の攻撃や防御と異なり、負担が大きい。
「私の心身負荷指数は?」
《現在79。無理は非推奨です》
今回は私が外観認識遮断を発動した。
だが、連戦が予想される場合、エーアイに任せたほうが良い。
東街区の軍関連施設に近づいたときのことを思い出す。
あの時、エーアイが発動する外観認識遮断と隠蔽を経験しておくべきだった。
座標ビューアを確認する。
東街区の地下街にはニュートエル、そして副リーダーのサブロもいる。
ニュートエルとは初対面だ。
北街区でサブロとは一応面識はある。
しかし私のことは、覚えていないだろう。
私は地下街へ歩き出そうとした。
そのとき、背後から声を掛けられた。
「あっ、来てたんですね」
タダオだ。以前よりも目の輝きが増していた。
「どうぞ、そのまま、お進みください」
私はタダオとともに、地下街へ入った。
すると、ニュートエルの一員と思われる男が近づいてくる。
タダオを気を利かせて、その男に先手を打つ。
「この方は大丈夫です」
その男と私は、お互い軽く会釈を交わす。
何も会話することなく、男は仲間の元へ戻った。
副リーダーのサブロが一瞬、こっちを見た。
だが、何も気にしていない素振りをした。
サブロは私を覚えている、と私は直感した。
座標ビューアによると、ニュートエルは全員、地下街にいる。
地下道や中央公園にはいない。
私はこの現状についてタダオに訊いた。
タダオは左指で顎先を摘まんだ。
「軍から注意を受けたようです。
中央公園内に軍以外が駐留することを好みません」
私はエスト広場へ向かっていた。
タダオもなぜか、同行している。
ひとりのほうが気が楽だが、断る必要はない。
歩きながら、タダオ主導の話が続く。
話題の中心は、やはりニュートエル関連だ。
「彼らの拠点を中央街区から東街区へ移転させたい、と思っています」
障壁は高そうだ。
だが、タダオなら軽く達成するに違いない。
◇◇◇
今日のエスト広場は人が多い。
ニュートエルが席を独占しているわけではない。
彼らは、ここに一人もいない。
私は空いた席で座標ビューアを眺めている。
北街区の様子を遠くから見ているのだ。
《ところで、自警団の表示名は?》
私はすっかり忘れていた。
「覆面解体人と覆面抜剣隊は重複可能か?」
《同一人物で複数可能です》
「では、自称自警団で」
《座標ビューア表示名:自称自警団。登録完了》
自称自警団の三十六人は北街区内に散っている。
残りの三十八人は射撃訓練所にいる。
そこが彼らのアジトだとすれば、遠回りして戦闘に備えたことになる。
軍のいる検問所を、銃口の先に向けないために。
私はひとつ、違和感に気づいた。
それは、北街区へ向かっていたはずのアクオの姿が見当たらないこと。
アクオは北街区の下階にいるかもしれない。
「私の心身負荷指数は?」
《現在52。回復進行中。完全ではありません》
以前からエーアイに言われていたのだ。
天空パレスよりも、外でのんびりしたほうが回復が早いと。
「天空パレスと比較して、回復速度の違いは?」
《天空パレスよりも、約十パーセント速いです》
エスト広場の空いている席が無くなった。
(最後に掃除のオジサンに挨拶してから、北街区へ戻るか)
私はエスト広場を後にした。
◇◇◇
地下街に掃除のオジサンの姿が見つからない。
中央公園のトイレにもいない。
薬屋の店主なら、何か知っているかもしれない。
私は薬屋へ向かった。
薬屋の前に客は二人。
私もその行列に三人目として加わった。
店は一人、または一グループずつの入店だ。
プライバシーを考慮しているのだろう。
私の番が回ってきた。
入店後、買い物に来たわけではない旨を伝え、詫びた。
そして、掃除のオジサンの行方について尋ねた。
店主はしばらく沈黙し、口を開いた。
「里帰りさ。あと一週間ほどで戻るはずさ。
これ以上のことは、ウチの口からは言えないよ」
私は一礼して店を出た。
◇◇◇
人目につかず転移するため、地下街と公園を結ぶ地下道へ向かっていた。
その途中、サブロと出くわした。
私は軽く会釈して、その場を過ぎるつもりだったが、サブロが口を開いた。
「お聞きしてもよろしいですか?」
私は頷いた。
「また北街区へ行かれるのですか?」
やはり、サブロは私のことを覚えていた。
「その予定だ」
サブロの表情は穏やかだ。
だが、何かを模索しているに違いない。
回りくどい質問が、それを表している。
「なぜ北街区へ行かれるのですか?」
サブロは市街地の下階を知っているはずだ。
だが、彼に訊くのは得策ではないと考えた。
私はシンプルに事実のみを伝えた。
「ただの観光だ。そろそろ、良いか?」
「お手数をおかけしました。ご協力感謝します」
私はその場を後にした。




