016:市街地の中央エリア
東街区から北街区へ抜ける地下道の先は、巨大な街の風景が広がっていた。
北街区の地下道と同様に街も明るい。
だが、建物外観の統一感はない。
私の知識では、用途がわからない構造物もある。
行き交う人々は武器や防具を身につけていた。
だが、普段認識している武具の類とは少し違う。
日用品や道具、廃材再利用のケースが多いのだ。
古い配管で作ったと思われる警棒。
無数の釘を打ち込んだ棍棒。
魚を捕るために使うはずの三叉槍。
金属製の扉を加工した防具。
この街の人々にとっては、最低限の礼儀や作法なのかもしれない。
道路脇に市街地地図と書かれた、大きな地図があった。
北街区の全体像はシンプルだ。
市街地の形は南北が短い長方形。中央に広場。
市街地を中心に東、南、西へ地下道が出ている。
東側の地下道は東街区へ。
南側の地下道は中央街区へ。
西側の地下道は西街区へ繋がっている。
地図情報をすべて鵜呑みするのは早計だ。
だが、少なくとも概要としては参考になる。
ひとまずエリアを分割して探索する流れを頭の中で整理していた。
すると、隣から女性の声がした。
「アンタさん、この街は初めてかえ?
地図ならあっちゃこっちゃに生えとるけん、心配せんでええよ」
笑顔で親切に教えてくれた女性の右手には、鞘付き包丁が握られていた。
◇◇◇
まずは、今いる東側出口から西側出口へ向かって、市街地の中央を探索することにした。
市街地の地図によると、旅館と娯楽施設エリア。
中央広場から東西に広がる形で描かれている。
通りは地下道を背にして、そのまま直進する形。
旅行者向けのエリアだと推測する。
座標ビューアを確認。
いつもと違う表示があることに気づく。
「この街に下階があるという意味か?」
《はい。間違いありません》
市街地地図に下階へ向かう情報はなかった。
計画に従い、中央を横断して探索を進めていく。
すると、両サイドに旅館と娯楽施設が現れた。
旅館と言っても、看板が旅館と書いてあるだけ。
錆びついたコンテナや木造の小屋が並んでいる。
娯楽施設の建物も、旅館と同様の外観。
看板がないので、何の娯楽だか見当もつかない。
看板よりも客引き次第といったところか。
「あなたは狙われています。
丸腰で一人歩きは危険です。
こちらへ避難してください」
相手の不安を煽り、店のサービスを売りつける。
良いか悪いかは別にして、古典的な商売手法の使い方が興味深い。
◇◇◇
中央広場に着いた。
市街地の中央でもあるので、比較的、人が多い。
だが、私は気がついていた。
私を取り囲むように近づいてくる武装集団に。
「座標ビューアのタグ付けを頼む」
《心配無用。自動処理済みです》
「忘れてた。そうだったな」
武装集団との距離、百メートル。人数は五人。
黒装束に覆面姿。いわゆる忍者のような格好だ。
本当の忍者は明るい場所で、その格好はしない。
彼らはオトリ。偽物だ。
本物はどこかに紛れているはず。
壁を背にする位置への移動は、逆に不利だ。
私は指先を僅かに回した。
シャンと凍るような微音。
《防御レベルF、防御認識不可レベルA、確認》
五人の偽忍者が小走りで距離を詰めてくる。
通りすがりの人々も、その存在に気づき始める。
「おお、忍者だ! 何が始まるんだ」
「もしかして戦闘? どこ? 誰とやるの?」
「やっぱ忍者ってかっこいいな」
傍観者が集まってきた。
本物の敵はどこにいる? まだわからない。
視線、服装、靴、手足の動き、特徴を掴む。
「もしかして、アイツとやるのか?」
「あの人、丸腰よ。忍者に勝てるのかしら?」
「ああいうのに限って、強そうで負けるんだよな」
距離約十メートル。
敵は星形の陣形で、一瞬、私との間合いを保つ。
三人は、懐から手裏剣を取り出す。
二人は、短剣を握ったまま突っ込んでくる。
私は両手の人差し指と中指を相手へ向けた。
敵の身体に、光でも音でもない脈動が弾ける。
短剣を持った二人は転び、動けなくなる。
手裏剣を投げようとした三人は、その場で固まる。
一拍置いて、そのまま倒れる。
《戦闘不能。生体反応、異常なし》
傍観者の中から動く者はいない。
三秒経過。
傍観者の一人が、声を出す。
「なんだもう終わりか。つまらねぇな」
その瞬間、倒れた偽忍者の周りに煙幕が立つ。
傍観者の前から、五人は姿を消した。
多くの傍観者は、しばらく呆然としていた。
やがて、あざ笑うかのように散っていく。
「敵は傍観者に八人、計十三人か?」
《はい。間違いありません》
派手な動きと雑な演出。
本物の忍者からは、ほど遠い。
私はそのまま偽忍者と名付けた。
《座標ビューア表示名:偽忍者。登録完了》
◇◇◇
中央広場を後にし、旅館と娯楽施設の西側エリアへ入った。
建物は東側と大差ない。
大きな違いは、客引きが全くいないこと。
代わりに、黒服の大柄な男が無言で立っている。
黒服の男は、周囲を威圧しない。
むしろ、風景に溶け込むように、そこにいる。
店の入口のようで、何かを拒む雰囲気がある。
ここで珍しく、エーアイが私に質問してきた。
《日本の忍者は強いですか?》
エーアイにしては、含みのある質問だ。
こういう時は、良い意味で、必ず裏がある。
だが私は、何も勘ぐらずに、そのまま答えた。
「強さに加えて、頭の切れも抜群だ。
今の私では勝てない」
エーアイは時折、日本への興味を示す。
私は黒服の男を、そのまま黒服と名付けた。
《座標ビューア表示名:黒服。登録完了》
◇◇◇
西側出口前に着いた。
西街区へ向かう地下道入口前でもある。
私は、ここを行き来する人を観察していた。
北街区で最初に見た武具の印象と明らかに異なるからだ。
最低でも既製品、職人の特注品でさえ当たり前のように見える。
すると、左側から男が近寄ってきた。
よく磨かれたブーツと、控えめに光る金属の留め具が印象的だ。
男は私の前で軽く一礼した後、話を始めた。
「ニュートエルの副リーダー、サブロです。
ひとつ、お聞きしてもよろしいですか?」
ニュートエルの組織についての説明が先と、私はサブロに伝えた。
サブロはすぐに応じた。
「これは失礼しました。
ニュートエルにつきまして、簡単にご説明します」
サブロの話をまとめると、以下の四点だ。
・江戸国に認可された、非営利の民間団体。
(軍との共同が多いが、軍の配下ではない)
・特定の政党、宗教、思想とは無関係。
・国を崩壊させる反社会的活動は容認しない。
(各個人の信仰、主義、権利は尊重する)
・一般市民の暮らしを乱す行為は容認しない。
説明を終えた後、私への質問を続けた。
「西街区へ行かれるのですか?」
サブロの表情から西街区が危険な場所であることは察しがつく。
「いや、今行く予定はない」
サブロの顔から安心した様子がうかがえる。
「お手数をおかけしました。ご協力感謝します」
サブロは去っていった。




