015:北街区へ
天空パレス経由で旧市街地に到着した。
その瞬間、襲ってくる下水臭と腐敗臭。
場所の記憶よりも、匂いのほうが鮮明だ。
場所は、かつて住居に使われていた小さな洞穴。
北街区に通じる地下道から近い位置にある。
そのことだけが、唯一の救いだ。
座標ビューアを確認しながら、地下道へ入る。
まだここは東街区だが、この先が北街区だ。
地下道の幅は、バス二台がすれ違えるほど。
ここも他と同じ、標準的な幅に設計されている。
地下道に入り、十メートルほど進む。
換気扇のようなモーター音が微かに聞こえる。
それとともに、匂いがしなくなってきた。
いや、錯覚だ。鼻が慣れただけだ。
座標ビューアによると、十人の武装集団。
横一列に並び、距離は約三百メートル先。
武装集団の手前で地下道が左に曲がるので、ここから目視では確認できない。
配置を見る限り、明らかに狩りに来ている。
音を立てずに歩きながら、距離を詰めていく。
地下道を左折する角から十メートル手前。
相手との距離は約二十メートル。
ここで一度止まる。
相手が私に気づいているか否かは不明。
三分経過。
相手の方からも一切音がしない。
私の存在に気づいたとみて間違いない。
これ以上待つ理由はないな。
鼻から息を吸い、呼気とともに前方へ光を放つ。
同時に外角を回り込み、十人に向かって風を叩きつけた。
敵は数メートル先へ飛んだ。
「凍れ」
敵の手足を凍らせた。
動きを封じた後、敵を観察。
「殺さずに済んだか?」
《戦闘不能。生体反応、異常なし》
覆面にチェンソ―。
私は覆面解体人と名付けた。
《座標ビューア表示名:覆面解体人。登録完了》
十人の敵は何かを言っている。
聞く意味はない。先へ進む。
◇◇◇
今、地下道は西方向へ向かっている。
覆面解体人と戦う前は、北方向。
つまり中央街区を中心として、東街区から北街区へ、反時計回りに移動していることになる。
座標ビューアによると、五十四人の武装集団。
距離は約二百メートル先。
直線なので、お互いの存在を目視できる距離だ。
私は普通に歩き、距離を縮めていく。
「所持している武器は剣で間違いないか?」
《はい。間違いありません》
敵との距離は、約五十メートル。
覆面解体人と同様に、全員、覆面している。
敵との距離は、約十メートル。
私はここで止まり、相手の出方を待つ。
敵は体勢を低くし、剣を身構えている。
敵の一人が口を開く。
「通れるか試してみろよ」
面倒なので、敵の挑発は無視した。
だが、念のため、私はエーアイに尋ねた。
「近くに爆発物や罠はあるか?」
《いいえ、見当たりません》
(また戦闘VRの狂人以下か)
私は指先を相手全体に向けて僅かに動かした。
空気が震えるほどの光はない。
ただ、微かにチリッと刺すような音。
全員、剣を落とし、床に倒れ込んだ。
「うっ、視界が……」
「体がうご、か、ねぇ」
「な、なんだ、こ……」
《全対象、神経信号破綻。無力化確認》
私は彼らを覆面抜剣隊と名付けた。
《座標ビューア表示名:覆面抜剣隊。登録完了》
◇◇◇
ようやく北街区と東街区の境界へたどり着いた。
左側の壁に大きく境界を示す標識がある。
[ 東街区 ←→ 北街区 ]
武装集団が多いことからも明らかなように、検問はない。
地下道の形状のまま、街区が連結されている。
しかし、明るさが全く違う。
東街区側よりも、北街区側が遥かに明るい。
北街区側は日本の地下鉄構内と同等の明るさだ。
私は北街区へ足を踏み入れた。
現時点で、座標ビューアに異常なし。
ここで私は、これまでの戦闘を軽く振り返る。
東街区では無難に対処してきた。
だが、今のままでは駄目なことがわかっている。
まずは情報の分析と検証が必要だ。
「私の心身負荷指数は?」
《現在27。安定しています》
「少し早いが、一旦、天空パレスに戻りたい」
《了解しました、ミスター》
◇◇◇
天空パレスの休憩室。
いつものように、エスプレッソをまず一口。
苦みが舌の奥で解けていく。
肩の力が抜けるとともに、思考の歯車がゆっくりと回り始める。
私の弱点はわかっている。
防御型よりも攻撃型に偏っていることだ。
まず、弱い敵には手加減が面倒で手間がかかる。
次に、強い敵には通用しない可能性がある。
最後に、敵から第三者を守れない可能性がある。
では、なぜ攻撃型に偏るのか?
攻撃よりも防御は高度な制御が必要。
攻撃は瞬発力だが、防御は持続力が必要。
つまり、防御のみに特化した練習が不足しているのだ。
やることが決まれば、あとは実践するのみ。
私は体育館へ移動した。
◇◇◇
天空パレスの体育館。
まずはエーアイに経緯を説明した。
《防御のみに特化した練習の経緯を理解しました
戦闘VRシステムを利用しますか?》
防御のみなので、相手が自滅しない限り、私の勝利はない。
だが、今回は勝利ではなく防御の練習が目的だ。
敗北か引分確定、または心身負荷指数の限界まで戦闘は続くことになる。
「前回同様、全ての設定と管理を任せる」
《了解。戦闘VRシステム、起動します》
体育館の風景が、VRの風景に切り替わる。
攻撃はしない。
退かない。
倒れない。
ただ、それだけを繰り返す。
時間の感覚が、意味を失っていく。
《戦闘VRシステム、終了》
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#[戦闘VRシステム_ログ]
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# 総戦闘時間:十四時間二十三分
# 総戦闘人数:二千三百二十七体
# 防御成功率:78.7%
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数字を見て、ようやく終わったのだと理解した。




