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この地下牢には窓がないので今が朝かどうかわからない。

わかる方法はユーリスが持っている、本当に時間があっているかわからない時計だけだ。

ユーリスには家がない、というかどこからも貸してもらえないらしく、住む場所がないので、毎日この地下牢の廊下で寝ているらしい。

仮眠室なども使えないのかと聞いてみたが、残念ながらそこにも入らせてもらえないという。

ユーリスをそこまでして虐げる理由が一切不明だが、一度それを聞いてみたときに彼の顔色が一気に悪くなってしまって、明らかに聞かれたくなさそうだったのでそれ以上追求するのはやめておいた。

私だってたくさん隠し事をしているので、おあいこだ。


「おい、起きろ。……起きろってば」


ユーリスは鉄格子の隙間に手を突っ込んで私の肩を揺する。

時間のわからない私のために、ユーリスは毎日起こしてくれているのだ。

と言っても毎日というほどここで過ごしてはいないが。


「うぅん……」

「いい加減起きろ」


ユーリスはほんの少し語気を強めて言う。

もしかしたら本人は少し怒ったのかもしれないけれど、私には効かない。

美声が語気を強めても美声にしかならないのだ。

それに、精神年齢が違うしね。


「……はぁい」


そんなことを考えながらのそのそと起き上がった私に、ユーリスは心配そうに言う。


「体調どうだ?悪くねぇか?」

「どうしたの、急に。別に悪くないわ。」

「そうか……。ここに入った奴らは大体、数日で体壊すからな」

「それは日光を浴びてないからじゃない?」

「そういうもんか?」

「そういうものよ」


日光というのは非常に重要で、浴びないと魔力が枯渇するのだ。

この世界の人間にとって、魔力は第二の血液のようなもの。

だから枯渇すると最悪の場合、死に至るのだ。

しかし、日光を浴びることで魔力が生成されるので、生きることができる。

だが、ユーリスはそれを知らない。

よほどのことがない限り、知らないことはありえないような常識を、知らないのだ。

教育の機会を提供されなかったのかなんなのか。

私が案じているような視線を送っていることに気づいたのか、ユーリスは怪訝そうな表情をした。

……口もとしか見えないけど。

そんな空気を変えるように、ユーリスは持っていたバスケットからパンを出した。


「おら、飯だ」

「ありがとう。」


素直に感謝を言って、パンを受け取る。

しかし、私の扱いは処刑を待つ罪人なのに、食事は少なくもなく、腐りかけでもない、露店で売ってそうな柔らかいパンだ。

不思議に思った私がユーリスに聞いてみると、こう返ってきた。


「……まあ、罪人とはいえ人だからな」


変な間があったが、気にしないことにする。

下手に首を突っ込んでもユーリスが困るだけだろう。

スルーだ。

二人で鉄格子を背もたれに背中を合わせてパンを食べていると、ふと思った。


「家のシェフが作ったコース料理も美味しいけれど、ここであなたと食べるこのパンの方が好きよ、私」


思わず口に出してしまった。

こんなことを言われても困るだけだろう。

どんな反応してるかなと、おずおずとユーリスの方を見ると、フードから唯一見えている口もとまでが普段より赤く染まっていた。

これは照れているのか?

思わずキュンとしてしまう。


「なに?照れてるの?」

「……うるせぇ」


その反応は明らかに照れているのでは。

いやこれは絶対に照れている!

そう確信した私は、思わず吹き出してしまった。


「ふふふっ!」

「笑うなよ……」

「あははは!」

「もっと笑ってんじゃねぇか!」


ぶつぶつと文句を言うユーリスにまた笑ってしまった。

私は断罪を避けるために、人前ではあまり感情を出さなかった。

いや、断罪が怖くて出せなかったとも言える。

しかし、ユーリスといういわば他人がいるこの場で、私は大きな声で笑っている。

そのことに、自分自身で驚いてしまった。

自分にもこんなに大きな声で口を開けて笑えたのか、と。

もちろん前世ではたくさんしていたことだが、今世に生まれてからはそんなことはできなかったのだ。

なんといっても、私はシュゼミット公爵家の令嬢で『悪役令嬢』だから。

しかし、ユーリスの前では笑えている。

それほどにも、私にとって彼との時間は心地が良いのだろう。


「いい加減笑うのやめろよ……。恥ずいんだよ……」

「ふふっ、ごめんなさい。なんだか可愛くて。」

「ぁあ?可愛い?」


怪訝そうに聞いてくるユーリスに、私は「そう、可愛い」と返す。


「そうやって照れてるところとか、とっても可愛いわよ」


ユーリスのせっかく収まってきた顔の赤みが、またボンッと復活した。先ほどよりも赤いぐらいだ。

赤みの増した彼に、私はさらに揶揄いたくなってくる。


「ほんと、可愛い」

「…………」


おそらくユーリスのそのフード越しに不満をあらわにする目線をこちらに向けているのだろう。

顔を真っ赤にして。

これを可愛いと言わずしてなんと言うのか。

その後もユーリスに可愛い可愛いと言い続けたが、照れすぎて我慢の限界が来たユーリスが「もうやめろ、くそ恥ずいから」と言われてしまった。

流石にやりすぎたか、と少し反省したが、ユーリスの口もとを見ると、口角が緩く上がっていた。


反 則 !


ユーリスが可愛すぎて、誰かに攫われないか心配になった。



***



「暇ね」

「暇だな」


私がこの地下牢に入れられてから数日が経った。

この間、やることといえば会話ぐらいで、それ以外の娯楽がない。

端的に言うと、もう会話のネタが尽きてしまったのだ。

さっきから、数分ごとに同じ会話を繰り返している二人は、本当に暇を持て余していた。


「ほんっとに暇で暇で仕方がないわね。でも、娯楽品を持ってくることはできないし……」


二人して大きなため息をつく。

しかしそれをしたところで状況は変わるはずもなく。


「あ!しりとりしましょ?」

「しりとり?んだそれ」


案の定、ユーリスは知らなかったようだ。

まあ、しりとりがあったのは前世だけで、今世では聞いたことがない。

しかし、この世界の言語は日本語なので出来るだろう。

ユーリスに軽くルールを説明して、私からしりとりを始める。


「しりとり」

「り……。りんご」

「ごま」

「マント」

「友達」

「地下牢」

「うち」

「遅刻」

「口」

「『ち』ばっかじゃねぇか。……ちから」


ユーリスが不満げに抗議して来たが、どこ吹く風でしりとりを続ける。

これは勝負だからね!

……しりとりを知ってる私が、知らないユーリスにこんなことするのは大人気ない気もしなくはないけど。


「ランチ」

「……チーズ」

「ずんだ餅」

「おい、ずんだもちってなんだよ」

「餅は知ってる?」

「あぁ」

「それの一種よ。異国の餅」

「へぇ。物知りだな」


信用しすぎではないだろうか、ユーリスは。

今世でずんだ餅は聞いたことないので、この世にあるのかどうかもわからない。

試しに言ってみただけなのだが、ユーリスは最も簡単に言うことを信じてしまう。

……詐欺とか引っかからないのかな?


「ち?ちー…………。わっかんねぇ……」

「私の勝ちかしら?」

「悔しいからまだ考えさせろ」

「はーい」


ユーリスは唸りながら考えている。

そんなユーリスを私はニコニコとしながら見つめた。


(口もととか、ギリギリ鼻しか見えないけど、絶対イケメンなのよね、ユーリスは。でも、私がイケメンと思うってことは……)


じっと顔を見ていたからか、唸っていたユーリスがふいに私の方に目を向けた。


「……んだよ。こんな不細工のツラ見て楽しいか?」

「不細工じゃないと思うけど、まあ感覚は人それぞれよね。楽しいわよ?あなたの顔を見るの」

「っそーかよ」


驚いたような、訝しんでいるような、複雑そうな声色だ。

そりゃそうか。

この世界は醜いものに厳しいと聞く。

なんでも、醜いは『悪』らしい。

醜い人が触ったものに触れようとは思わないし、醜い人と喋ろうともしない。

この世界では輪廻転生が信じられているのだが『前世で悪いことをしたから醜く生まれた』という考えらしい。

正直意味がわからないが、その考えのせいでユーリスは酷い扱いをされているようだ。

しかし、自ら自分の容姿について触れてくれたのは、少し仲良くなったととって良いのだろうか。

前までは容姿については絶対に触れなかったし私にも触れさせなかった。

でも、今日は自ら触れてくれた。

なんだか警戒心が強かった猫が撫でさせてくれるようになった感じがする。


「チョコレート」


唸っていたユーリスが、こちらにバッと向いて言った。

ユーリスの言葉で、思考に沈んでいたのが戻ってくる。

しかし、顔はまだ思考に沈んでいて、顰めっ面をしていた。


「どした?んな顔して」

「いや、なんでもないわ。ごめんなさい」

「謝るほどじゃねぇだろ。……まあ、なんともねぇならいいが。」


心配そうなユーリスに、微笑みを返した。


「そうねぇ……。あ、土地」

「またかよ!」


しりとりは意外と長く続き、暇は潰せたが、ユーリスの上達が早くて私は負けてしまった。


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