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ユーリスは長年蔑まれてきた。


刑罰に関する仕事というのはこの世界では蔑まれるもので、その仕事についている一族の、底辺も底辺だったユーリスの家は世間からつねに見下されていた。そんな家に、この世のものとは思えないほどに醜いユーリスが産まれてきたせいで、彼の家はさらに嫌悪されるようになってしまった。

老人のようで不吉な真っ白の髪、べっとりとした血のような瞳、それだけだとまだマシだったのに、彫りが深くて目鼻立ちがはっきりとしている悍ましさを感じる顔、無駄に高い背丈、細身なので美しさを感じるはずが、筋肉がついてしまっているため、吐き気を催す身体。

その全てがこの世の美しさに反していた。

ユーリスの両親は、さらに嫌悪されるようになった元凶であるユーリスを目の敵にして、徹底的に無視し虫の居所が悪いと暴言暴力をするようになった。

醜いことは『悪』なのだ。


ユーリスの一族に生まれたものは、仕事に就ける年齢になると一族の本家から役職を割り振られる。

ここでいい役職につけば家族に認められるかもしれない、そんな期待を持ったユーリスに割り振られた役職は処刑人だった。

処刑人とは、刑罰に関する職業以上に蔑まれるものだ。

心優しい少年だったユーリスにとって、それはとてもつらい仕事だった。

本家はそれを見込んでユーリスを処刑人に任命したのだと、そんな噂が流れていた。

火のないところに煙は立たない。

何のためかはわからないが、おそらく本家の意図の中にそれも入っていたのだろう。


初めて罪人を処刑した日から、ユーリスは心を閉ざしてしまった。

罪人とはいえ、人を殺してしまったのだ。

あまり食事も喉を通らず、痩せている割に筋肉がついた醜い身体が、脂肪を落としてさらに筋肉が目立つようになった。ユーリスはもっと吐き気を催す身体になり、さらに差別されるようになった。

そんな彼が、それでも生きることをやめなかったのはある出来事があったからだった。


それは、幼いユーリスが両親に家から追い出された時のことだった。

ご飯もない、寝床もない。

途方に暮れていたユーリスは歩き疲れて、大通りから少し入ったところの裏路地にしゃがみ込んだ。持っている唯一の服が汚れるよも構わずに。

そんな時、大通りに明らかに貴族のお忍びとわかる少女とメイド服に身に纏った若い女性が、ニコニコと微笑みながら歩いていた。

凛と背筋を伸ばして、メイド服の若い女性と穏やかに談笑する少女。

ユーリスは初めて『綺麗だ』と思った。

大人びていて一つ一つの動作に目が奪われるような少女に、初めて美しいと思った。

確かに少女の容姿はとんでもなく美しい。

女神を思わせるような涼やかな形のオレンジ色の瞳、小ぶりな鼻、白い肌にちょこんと乗った小さくてぷっくりした唇、サラサラのオリーブ色の髪、細身で背の低い身体。どこをとっても美しい。

ユーリスとは真逆である。

だが、それだけではなくユーリスはその佇まいに『綺麗だ』と感じたのだ。

その少女の美しさに目を奪われて、ぼうっと目で追っていると、彼女の胸元から精巧でキラキラと光るブローチが落ちた。

そのことに気づかず去っていく少女に、ユーリスは慌ててその辺にあったボロ布を被り、ブローチを拾って少女の手を後ろから少し引いた。

普段のユーリスなら絶対にしない。

なぜなら、拾って渡したところでその場で捨てられるからだ。

なんでも『悪』が触ったものなど、もういらないらしい。

しかし、あのブローチをなくしたことで少女が悲しむと思えば、いてもたってもいられなくなったのだ。

普段は絶対にしないことでもしてしまうぐらいに、少女のことが好ましく思ってしまった。

ユーリスは振り返った少女に、無言でブローチを差し出した。

喋ってしまえば、己の汚い声を晒すことになる。

だから、一言を喋らなかった。

これはユーリスが後から知ったことだが、本来貴族が歩いているところを阻むことは罪に問われることもある。

しかし少女はそれをせず、ユーリスに微笑みかけて「あなたが拾ってくれたのね?ありがとう。これ、お気に入りなの」と言った。

ボロ布を被ってもわかる長めの真っ白な髪や醜いことがよくわかる口もと、襤褸を着ているユーリスは、明らかに不審だっただろう。

それでも少女はユーリスに微笑みかけたのだ。

ユーリスにとって、微笑みかけられたことなんて初めてだった。

嘲笑を向けられたことは掃いて捨てるほどあるが、優しく微笑みかけられたことなんて、なかった。

ユーリスは少女が去った後、大通りを歩いていた人に怒鳴られるまで呆然としていた。

裏路地に戻っても、まだふわふわとした気持ちは抜けなくて、再びその場にしゃがみ込んだ。

『完全にあの少女に落ちた』

そう、少し冷静になったユーリスはわかってしまった。

わかりたくなかった。

叶わない恋など、したくなかった。

その日から、ユーリスはどんなにつらいことがあってもその記憶に縋って生きながらえてきたのだ。


そんなユーリスだが、まさか大人になった少女の下着かもしれないものを見るとは、少女が初めて会った時のことを頭の片隅にでも覚えているとは、しかも久しぶりに会えたと思えば場所は処刑を待つ罪人を入れる劣悪な牢屋だとは、思わなかった。

しかし、当の本人はあっけらかんと「話し相手になれ」「冤罪だ」とこちらに言って、当時と変わらない微笑みを見せた。

素直に、嬉しかった。

だが、今のところ彼女を処刑しなくてはいけない。

ユーリスは心臓が握りつぶされるが如き感情になってしまう。

そんなことはお構いなしに、彼女は話しかけてくる。

自分なんかに、だ。

誰も知りたくない己の名前を平然と聞いてくる少女基エレナリゼットに、表面では取り繕えても内心は嵐の時の海のように荒れている。

しかも、己なんかに絶対に教えたくないだろう自らの名前をニコニコと教えてくる。


幸せだ

少女の名前を知れたことが

とてつもなく、幸せだ


しかし、夢見心地のユーリスは現実に叩き落された。

エレナリゼットは、シュゼミット公爵家のご令嬢だったのだ。


(余計、近づけねぇじゃねぇか……)


ユーリスは元々、自分がエレナリゼットに近づける立場だとは思っていない。

むしろその逆、全く近づけないと思っているし、受け入れられるとも微塵も思っていない。

しかし、それがさらに近づけなくなるのは、近づけるとは思っていなくても悲しいものだった。

そんな、高貴な身分のはずのエレナリゼットは案外気さくで、仕草こそ気品を感じるが、話してみれば親しみやすかった。

意外と砕けた話し方をするエレナリゼットはさりげなくユーリスを褒める。

「ユーリスは優しい」と言ってのける。

風邪をひかないか心配する。

心配されたことなんて、生まれてこの方一度もない。

こんなに『普通の人』扱いをされたことは、一度もない。

ユーリスは動揺しつつも嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

エレナリゼットと話すたびにどんどん自分が『普通の人』になっているように錯覚してしまう。


やめろ

信じるな

いつか裏切られる

どうせ

捨てられる


昔の自分がそう叫んでいるが、それには応えられそうになかった。

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