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地下牢に着くと、騎士たちに背中を蹴られて処刑される罪人を入れる牢屋の中へと無理矢理入れられた。

牢屋の中は明らかに掃除されていないのがわかってしまうぐらいに汚かった。

このドレス、お父様とお母様が今日のために特注で作ってくれたやつなのに……。

先ほど騎士に蹴られた背中と、蹴られて倒れ込んだ時についてしまった裾の汚れに、しょんぼりしてしまう。

まあでも『今日のために』用意したものだったので、別に良いのだが。

というか、狭い牢屋の中ではワイヤーパニエの入ったドレスは動きにくい。

なので、中のパニエだけ脱ぐことにした。

ドレスの裾をたくし上げて、パニエについている腰の紐を解く。


「はあっ!?」


紐をほどきパニエが足元にバサっと落ちて脱げた時に、誰かの声が間近でした。

とんでもないイケボが。

この世界でのイケボではない。

低くて、少し色気のある、私基準でのかっこいい声だ。

驚いてそちらを見ると、牢屋の鉄格子越しに真っ黒なローブについたフードを深く被った男性がいた。

その男性は、フードの上から顔を手で押さえつけており、私の下着を必死で見ないようにしているのがわかる。

急いでたくし上げたドレスの裾を下ろして言う。


「……もう目をあけていいわよ。ちゃんと着たから」

「あ、あぁ」


明らかに動揺している声色の彼は、恐る恐る手を下げる。


と言うかこれほんとに見えてんのかな。

フードを深く被りすぎて口もと以外見えてないけど。


非常に気まずそうな男性はその感情を思いっきり乗せた声で話しかけてきた。


「その、あー……」

「別に大丈夫よ。しかも、あなたが見たのは下着じゃないし」

「は?」

「見られてもいいように履いてるドロワーズというものよ」

「くそ紛らわしいな……」


悪態をつきながらもホッと安心したようにため息をついた彼の容姿、というか唯一見える口もとと、たまに見える真っ白な髪に、見覚えがある。

どこの誰だったかいまいち思い出せないので、思い切って本人に聞くことにした。


「私たち、どこかで会ったことある?見覚えがあるような気がするのだけれど」

「……っ!」


驚いたような息遣いが聞こえてきて、ほんの一瞬だけ彼の口角が少し上がる。しかしすぐに元の引き締まっていて緊張したような口もとに戻った。


「…………しらね」

「そう?」


ならさっきの反応はなんだったんだろう。

いやでも今初対面だし聞きにくいなぁ。

しかし、ここで人が来たのは好都合だ。

冤罪が晴らされるまで多少の時間がある。

その間、おそらく暇なのだろう。

私は猛烈に話し相手を欲しているのだ。


「それより、私の話し相手になってくださる?」

「はぁっ?」


ギョッとしたような空気を纏った彼に、意外とわかりやすいな、と思ってしまう。


「だって暇だから」


そう、あっけらかんと言い切った私に、信じられなものを見るような目をむけてきているような気がする彼は、一つ大きなため息をついて言った。


「もうすぐ処刑されるってのに、呑気なもんだな、アンタ」


苦いものでも食べたのか、口もとが歪んでいる。

めっちゃ顔に出るなこの人、と思ってしまうぐらいに彼の表情は豊かだった。


「冤罪だもの。それに、この日のために準備してきたんだから、私はあと一週間もしたらここから出れるわ」

「冤罪、ねぇ。俺はお前が何やらかしたかは知らねぇが、処刑されるってことは大罪人じゃねぇか。んなに呑気にしてていいのかよ」


口元は皮肉げに歪んでいるが、声色が少し不安そうにしている彼に、私はびっくりしてしまう。

こんな優しげな人が看守かなにかなのは驚きなのだ。


「大丈夫よ。今日を見越して証拠を集めまくって部下に託してきたから。」

「……その部下が裏切んねぇとはかぎんねぇじゃねぇか」

「ばかね。だからいろんなところに託してきたのよ」


へぇ、と興味深そうに相槌を打った彼は、何かに気づいたように口もとを軽く動かした。


「つか、俺にんなこと話していいのか?俺が上に言ったらお前一発じゃねぇの?」


やはり心配そうに聞いてくる彼に、思わず吹き出してしまう。


「それはないわ。私は冤罪だし、常に一人にならないようにしてたから、まともな証拠があるわけないのよ。そんななかで勝手に処刑することなんて、国王陛下でもできないのよ。」

「へぇ。賢いんだな」

「ふふっ。これでも第一王子の婚約者だったのよ?」

「はぁっ!?お前っんなにえらいやつだったのかよ!」


フードをかぶっていて表情が読めないが、声色でわかってしまう彼になんだか嬉しくなる。

私が身を置いていた貴族社会はあまり感情を出さないことを美徳としているので、わかりやすい彼が少し面白いのだ。


「偉くないわよ。生まれた家が公爵家だったからそうなっただけよ」

「でも、努力しねぇとなれないもんなんじゃねぇの?俺にはわかんねぇけどよ」


彼は座るところがないのか、牢屋の床に直で座っている私と目線を合わせるようにその場にしゃがんでから言った。


褒められた……。


公爵家に生まれた者の宿命として、役目を果たしているだけなのに、褒められてしまった。

そのことが嬉しくて、恥ずかしくて、思わず顔が赤くなってしまう。

ここが薄暗くてよかった。


「…………ありがと」

「おう」


彼の唯一見える口もとがにかっと笑った。

私はこの空気を切り替えるようにパチンと手を叩いて言う。


「そ、そういえば、あなたなんて名前なの?」

「ん?……あぁ、そういや名乗ってねぇな。俺はユーリスだ」

「私はエレナリゼット・シュゼミットよ」

「……シュゼミット公爵家かよ。俺でも知ってっぞ。大貴族じゃねぇか」

「そんな大したことないわよ」

「んなことねぇって……」


心配したり、驚いたり、唖然としたり、声色と口もとがコロコロと変わるユーリスは、やはり新鮮で面白い。

まるで前世のようだ。


「ふふっ。ユーリスって看守さん?」

「……いや、処刑人だ」

「あら、そうなのね」


意外だ。

こんなに優しいのに罪人とはいえ人を殺める職業についてるなんて。

病んでないか心配になってしまう。


「んだよ……」

「いやぁ?こんなにも優しい人に処刑人なんてできるのかしらって」

「…………優しかねぇよ」

「でも、さっき褒めてくれたじゃない」

「ぁあ?」

「私が第一王子の婚約者だったのを、努力しないとなれないって言ってくれたときのことよ。優しくなければ、あんなにサラッと褒められないわよ」


ユーリスは俯き、複雑そうな声色で「そりゃねぇよ」と呟いた。

俯いたせいで口もとが見えなくなったユーリスに、少し心配しつつもなにも聞かないことにしておいた。

人には隠したいことの一つや二つぐらいあるのだ。

すこし難しい空気になったこの場を切り上げるようにユーリスがバッと顔を上げる。


「お前、飯食ったか?」

「えぇ、パーティでたっぷりと」

「なら寝ろ」


なんだかさっきよりも少し声色を低くしているように思えたが、そうは言っても心配そうに聞こえてしまう。


「ユーリスは家に帰るの?」

「いや、てめぇの見張りしねぇといけねぇからな。ここで寝る」


その言葉に、驚きと同時に彼が風邪をひきそうだと思ってしまった。

ユーリスの職業的に罪人がいる牢屋の前で寝ることは普通なのかもしれないが、それはそれ、これはこれである。


「…………風邪引かないの?」

「他の看守じゃ無理かもな。俺はもうなれた」


あっさり言ってしまうユーリス。

他の看守じゃ無理とはどういうことだろうか。

もしかして、こんなことをしているのはユーリスだけなのだろうか。

見張りをしないと、と言っていたが、それは上司からの命でやっているのだろうか。

色々と考えてしまう。

そこでふと、とある考えに行き着いた。


「毛布とかあるかしら?」

「あ?罪人のお前には渡せねぇよ」


そんな言い方をするということは、そういうルールでもあるのだろうか。

彼の嫌そうな声色から、なんとなくルールさえなければ渡したと言っているように聞こえたのは私だけだろうか。

まあ、この場には私とユーリス以外いないのでわからないのだが。

しかし、私が尋ねたいのはそういうことではない。


「私のではないわ。ユーリスのよ」

「は?」


ユーリスの声色を言語化するとすれば、なぜそんなことを言っているのか心底わからない、と言ったところだろうか。


「あなたの毛布はあるの?流石に毛布無しは寒いしつらいでしょう?」

「いや、ねぇけど……」

「持ってくるとかできないの?」

「……俺なんざに毛布はもらえねぇよ」

「え」


皮肉に笑って言ったユーリスに、今度は私が、なぜそんなことを言っているのか心底わからない、という声を出してしまった。

この少しの間でもユーリスの優しいことがわかる。

なぜこんなにも優しい彼に、毛布という必需品のようなものが貸してもらえないのか、私は心底わからなかった。


「……仕方ないわね。少し待っていて」


そう言って、魔法を発動する。

腕力を強化する魔法をかけ、風魔法で変なところを千切らないように誘導して、ドレスの裾を勢いよく千切る。

そのドレスの裾を、創造魔法でただの一枚の布にする。

創造魔法は元になる素材さえあれば基本何でも作れるのだ。

魔法で糸を解いて綿のようにしたパニエを、同じドレスの裾で作った布で裏地をつけたその布に入れて簡易的な毛布を作り出した。

それを二枚作る。

ドレスは布面積が多いので、ギリギリ毛布が二枚作れるのだ。

両親がわざわざ作ってくれた、お気に入りのドレスはミニスカートのようになってしまったが、全く後悔はしていなかった。

まあ毛布にするために、布面積が多く、断熱素材で作ったドレスを今日着て来たから。


「はい、これあげる。ないよりマシだと思うわ」

「お前、ドレス………。つーか魔法……」


ユーリスは、呆然と、という言葉が一番似合うように、ポカンと薄く口を開けている。

そこからユーリスはすぐに復活して、どうにか私の足を冷やさないようにワタワタしていた。


「ドレスは大丈夫よ。一応、牢屋が寒いと思ってドレスとかパニエの素材を断熱素材にしたから、その毛布もそこそこ暖かいと思うわ」

「………」


何か言いたげなユーリスが少し面白い。

私はくすりと笑って言った。


「私、意外と用意周到なのよ」

「すげぇな、お前」

「ふふっ。すごいでしょ?」

「すげぇすげぇ」

「なんかいい加減になってない?」

「お前がんなこと言うからだろうが」


お互い、どちらともなく笑ってしまった。


「おやすみなさい」

「あぁ。……おやすみ」


何だか感慨深そうなユーリスは鉄格子に背を預けて私が魔法で作った毛布を被り眠りについた。

私もそれに倣って、ユーリスが持たれている鉄格子に背を預け、毛布を被って目を閉じた。

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