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第7章 奇跡の章 ― 手の届く祈り ― 第1話 光の糸

 空はどこまでも青く、季節の境目を知らせる風が頬を撫でた。

 それなのに、直哉の胸の奥は重かった。

 昨日見た数字――【残り4日】。

 それは、ただの数字じゃない。確実に“終わり”へ向かう現実だった。


 「……今日こそ、何か変えよう。」

 登校途中、蓮に声をかける。

 彼は眠たげな表情のまま、ポケットに手を突っ込んで歩いていた。

 「変えようって、簡単に言うなよ。数字は感情で動かない。」

 「でも、もし俺たちの気持ちが届いたら?」

 蓮は答えず、ただ空を見上げた。

 「届くなら――もう誰も死んでないさ。」


 その言葉が、やけに冷たく響いた。


 昼休み、直哉は美咲に声をかけた。

 「佐倉さん、今日一緒に帰らない?」

 「え?」

 少し驚いたように目を瞬かせてから、ふわりと笑った。

 「いいよ。どうしたの? 神崎くんが誘ってくるなんて珍しい。」

 「いや、その……最近、ちょっと元気ないかなって。」

 「バレてたかぁ。」

 彼女は照れくさそうに笑いながら、鞄の紐をいじった。


 放課後、二人は並んで歩いた。

 商店街を抜け、夕焼けの河川敷へ。

 風が吹くたびに、川面がきらきらと光る。

 その横顔に、直哉は思わず見とれた。

 ――この笑顔を、消したくない。


 「神崎くんって、変わってるよね。」

 「そう?」

「なんか、優しいけど、それ以上に“真剣”っていうか。」

 直哉は苦笑いでごまかした。

 “真剣”じゃないと、誰かの命が消えてしまう。

 そんなこと、言えるはずもない。


 「佐倉さん、さ……何か悩んでる?」

 その問いに、美咲の歩みが止まった。

 少しの沈黙。

 やがて、彼女は微笑んだまま、視線を遠くに投げた。


 「ねえ、神崎くん。

  人ってさ、“もう疲れたな”って思うときあるでしょ?」

 「……ある。」

 「私ね、ずっと頑張ってきたつもりなんだ。

  家のこと、バイト、勉強……でも、どれも中途半端で。

  なんかもう、誰も自分を必要としてない気がして。」


 直哉の心臓が締めつけられた。

 蓮の言葉が頭をよぎる。

 ――“自分で終わりを決めてる”


 「そんなことない。必要とされてるよ。

  俺だって、佐倉さんが笑ってくれるだけで救われてる。」

 「……え?」

 美咲の瞳が揺れた。

 その瞬間、直哉の視界の端で、数字が一瞬だけ――光った。


 【残り4日 → 5日】


 ――増えた。


 「嘘……」

 小さくつぶやいた直哉の声は風に溶けた。

 美咲は何も知らず、夕焼けに向かって微笑んでいる。

 その横で、直哉の目に涙がにじんだ。


 蓮に報告すると、彼は黙り込んだ。

 「本当に……増えたのか。」

 「うん。たった1日だけど。」

 蓮の指が震えた。

 「……それが本当に“奇跡”なら、証明しなきゃな。」

 「証明なんかしなくていい! 救えたんだよ、彼女を!」

 「救えてない。数字が増えても、意味が分からなきゃ他の人は助けられない。」


 冷静と激情。

 二人の声が夜の公園に響いた。

 でも、その中で確かに、

 小さな“光の糸”が、誰かの心を結び始めていた。

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