第2話 最初の救い
週明けの教室。
朝の光がカーテン越しに差し込み、白い埃がふわふわと舞っていた。
いつもと変わらないざわめきの中で、直哉は気づいてしまった。
――ひとり、数字が“異様に小さい”女子生徒がいる。
クラスメイトの 佐倉 美咲。
黒髪のロングヘアを耳の後ろで結び、笑うとえくぼができる、明るい子。
けれど、彼女の頭上には小さく淡く――
【残り 7日】
その数字が浮かんでいた。
直哉の胸が一瞬で冷たくなった。
昼休み、蓮と屋上で会った。
風が冷たく、フェンスの隙間から街の音が小さく聞こえる。
「……見つけた。残り“7日”の子。」
直哉の声に、蓮はすぐ顔を上げた。
「誰?」
「クラスの佐倉さん。普段は明るいし、病気って感じでもない。」
「……7日か。」
蓮はスマホを取り出して、どこかのメモアプリを開いた。
“観測記録 No.112:佐倉 美咲”
彼は何年も前から、見える数字をデータとして残していた。
「7日って、短すぎる。事故か、突発的な何かかもしれない。」
「助けられるのかな、俺たちに。」
直哉の声は震えていた。
蓮はしばらく黙り、空を見上げた。
「分からない。でも、もし数字が“気持ち”で変わるなら……試す価値はある。」
その言葉に、直哉の胸の奥で何かが光った。
あの日、母の涙で自分の数字が増えたあの感覚。
あれが本当に“想い”の力なら――。
「よし、やろう。」
二人は視線を合わせた。
その瞬間、校庭を吹き抜けた風が髪を揺らした。
まるで世界が、静かに何かを見守っているかのように。
放課後、彼らは美咲の後をつけた。
彼女は下校途中、商店街の角にある小さなパン屋でアルバイトをしている。
店のガラス越しに見える彼女の笑顔は、まるで太陽のように温かかった。
けれど、直哉の目にはその上に浮かぶ“7”が消えることなく残っている。
「……どうして、あんなに笑っていられるんだろう。」
「知らないんだよ、自分の“残り”を。」
蓮の声は静かだった。
だが、その横顔には確かな決意があった。
「俺たちは、彼女の“日常”を変えるんだ。」
その夜、二人はノートを広げて作戦を立てた。
美咲の行動パターン、家族構成、通学ルート――
全てを細かく書き出しながら、どうすれば“数字が増える”のかを考え続けた。
「……もし、俺たちの感情や行動で数字が変わるなら、
“誰かの想い”を動かすしかないんじゃないか?」
「想いを?」
「彼女に気づかせるんだ。――自分が“生きている”ことを。」
夜の部屋に、蓮のペンの音だけが響いた。
希望と恐れ、その両方が胸に渦巻いている。
翌朝、教室のドアを開けたとき、美咲が直哉に気づいて笑った。
「おはよう、神崎くん!」
その笑顔に、直哉の心臓が跳ねた。
数字は――【残り 6日】に減っていた。
「……減った、のか。」
息をのむ直哉の隣で、蓮の表情が固まる。
「時間は進んでる。迷ってる暇はない。」
「……ああ。」
二人の視線が交わった瞬間、
静かな戦いが始まった。




