第1章 第1話 教室のざわめき
事故から三週間。
まだ体の節々に鈍い痛みは残っていたけれど、医師から「登校しても大丈夫」と許可が出た。
久しぶりの校舎は、懐かしい匂いがした。
黒板のチョークの粉、廊下に漂うワックスのにおい、どこか埃っぽい空気。
そのすべてが、事故の前と同じはずなのに――もう以前と同じようには感じられなかった。
教室のドアを開けた瞬間、ざわめきが広がる。
「直哉!」
「おい、戻ってきたぞ!」
クラスメイトたちの視線が一斉に集まった。
その頭上に――数字が浮かぶ。
『12483』『20394』『6751』……。
目を逸らしても、やはり見えてしまう。
寿命の残り時間。
母や医師で確かめたあの現実が、今ここでも繰り返されていた。
「直哉、大丈夫なの? ほんとに平気?」
駆け寄ってきたのは、美咲だった。
事故の前からずっと隣の席で、何かと世話を焼いてくれるクラスメイト。
心配そうな瞳で見つめられると、胸が少し軽くなる。
けれど、彼女の頭上にも数字はあった。
――『9132』。
その数字が意味するものを思うと、笑顔を返すのも難しかった。
「……うん、もう大丈夫。ありがとう」
声が少し震えた。
でも美咲は安心したように笑ってくれる。
教室のざわめきの中、直哉は改めて痛感した。
――自分の日常は、もう二度と“普通”には戻らない。
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