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第3話 命の天秤

 翌朝、目覚ましの音が鳴っても、直哉は布団から出られなかった。

 頭の中では、あの夜の光景が何度も繰り返されている。

 兄の数字が増え、母の数字が減った。

 それは偶然じゃない。

 “命の天秤”が確かに存在している。


 「守りたいのに、壊してる……」


 その呟きは、空気に溶けていった。


 学校に行く気力も出なかったが、スマホの通知が目に入る。

 美咲からのメッセージだった。


『兄ちゃんの数字、どう?』


 しばらく指が止まる。

 正直に言うべきか迷いながらも、


『増えた。でも……母さんの数字が減った』

 とだけ送った。


 返信は少し時間がかかって届いた。


『それ、もしかして誰かの命を分け合ってるんじゃない?』


 “命を分け合う”——その言葉が胸に刺さる。


 放課後、学校の屋上で美咲と向かい合った。

 彼女の表情は真剣そのものだった。


「ねぇ、もし本当にそうなら……誰かが幸せになる代わりに、誰かが苦しむってこと?」

「……そんなの、嫌だ」


 直哉は拳を握りしめた。

 「兄ちゃんを助けたい。でも母さんを失いたくない」

 声が震える。


 美咲はしばらく黙ったあと、静かに言った。

「直哉、私ね。おばあちゃんが亡くなる前、笑ってくれたの。

 痛みで辛いはずなのに、家族の顔を見て笑ってくれた。

 その顔、忘れられないの。

 “生きる時間”より、“どう生きるか”の方が大事なんだって思った」


 その言葉が、直哉の胸の奥に染み込む。


「……でも俺は、まだ“どう生きるか”なんて考えられない。

 “どう死なせないか”で、いっぱいいっぱいなんだ」


 美咲はそっと近づいて、直哉の手を取った。

 「それでも、あなたが誰かを想って苦しんでるなら、きっと意味がある。

  数字はただの運命じゃなくて、“想いの形”かもしれないよ」


 その瞬間、直哉の中で何かが静かに変わった。

 数字は運命じゃない。

 “想い”が動かすもの。

 それなら、自分の想いで“兄も母も”救えるかもしれない。


 直哉は空を見上げた。

 雲の切れ間から、夕日が差し込む。

 その光が、まるで答えのように感じた。


 「ありがとう、美咲」


 風が二人の間を通り抜ける。

 その中で、直哉は小さく微笑んだ。


 ――天秤は、まだ揺れている。

 けれど、もう逃げない。

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