第2話 数字の秘密
その夜、直哉は兄の病室に向かった。
窓の外では小雨が降り、ガラスを叩く音が静かに響いている。
ベッドの上の兄・和也は、穏やかな寝息を立てていた。
ふと、数字を見上げる。
――【残り 280日】
「……え?」
直哉は思わず息をのむ。
昨日より“増えている”。
ずっと減り続けていたはずの数字が、初めて上がった。
わずか二日ぶりの“回復”だった。
ノートを開き、すぐにメモを取る。
その日の兄の様子を思い出す。
昼間、美咲が病室に来てくれた。
兄と3人で笑いながら話した時間。
あのとき、兄は確かに元気そうだった。
「まさか……笑ったから?」
まるで心に希望の火が灯るように、直哉の胸が熱くなる。
けれど同時に、背筋がゾッとする。
――数字が“変動する”ということは、運命が動かせるということ。
だとしたら、逆もある。
絶望すれば、死期は加速する。
直哉は震える手で兄の手を握った。
「兄ちゃん……絶対に、絶望させないから」
そのとき、病室のドアが静かに開いた。
母が顔を出す。
「直哉、まだ起きてたの?」
「うん……ちょっと、ノートつけてただけ」
母は優しく笑って近づき、兄の髪を撫でる。
その瞬間、直哉は母の頭上の数字を見た。
――【残り 1,853日】
短い。
兄よりも、はるかに。
血の気が引いた。
今まで兄の数字ばかり見ていたせいで、母の変化に気づいていなかった。
急いで昨日の記録を見返す。
――1,865日。
昨日よりも12日減っている。
兄が元気になったその日、母の数字が加速して減っていた。
「……どういうことだ?」
まるで命のバランスが、誰かに引き換えられたような。
兄の数字が増えると、母の数字が減る――そんな恐ろしい法則。
直哉の中に、言葉にできない恐怖が広がる。
もし本当に“命のやり取り”が起きているのだとしたら――
兄を救うことは、誰かを犠牲にすることなのか。
ノートの上でペン先が止まる。
直哉の目に涙がにじんだ。
「守るって、どうすればいいんだよ……」
その声は、誰にも届かない夜に消えていった。




