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第6話 和也の夢

 日曜の朝。

 窓から差し込む光が、部屋の中をやさしく照らしていた。

 カーテンの隙間から、風が柔らかく流れ込む。


「おはよう、直哉」

 ベッドの上の兄が、笑顔で手を振った。

 少しやせたけれど、その笑顔は昔と変わらない。


「おはよ。体調は?」

「うん、だいぶいい感じ」


 そう言いながら、和也は手元のスケッチブックをめくる。

 そこには海、青空、並ぶ家――

 まるで絵本のような、あたたかい景色が広がっていた。


「また絵描いてるの?」

「うん。これ、俺の夢なんだ」


 直哉は首をかしげる。

「夢?」


 和也は笑いながら、ページをめくった。

 そこには“未来の自分”が描かれていた。

 海の見える町で、小さな子どもたちに絵を教える自分の姿。


「俺さ、子どもの頃から絵が好きだっただろ?

 だから、大人になったら“子どもに夢を描かせる仕事”がしたいんだ」


 そう言って、少し照れくさそうに笑う。


 ――その頭の上に、淡く光る数字が見えた。

 【残り 310日】


 昨日よりまた、ひとつ減っている。

 なのに、和也の笑顔はあまりにもまぶしくて、

 その現実が、逆に残酷に思えた。


「なあ、直哉。人ってさ、いつか死ぬじゃん?」

 突然、和也がぽつりとつぶやく。

 直哉は言葉を失った。

 心臓の鼓動が一瞬止まる。


「でもさ、生きてる間に“何かを残せたら”、それでいいんじゃないかなって思うんだ」

「何かを残す……?」

「うん。絵とか、人との思い出とか。

 俺がいなくなっても、それが残るなら、ちゃんと生きたってことになる気がするんだ」


 穏やかな声で、まるで未来を見つめるように話す兄。

 直哉は笑顔を作ろうとしたが、うまくできなかった。


「……そんなこと言うなよ」

「はは、別に悲しい話じゃないよ」

 和也は軽く笑い、スケッチブックを閉じた。


「生きるって、きっと“描くこと”と似てるんだ。

 どう描くかで、絵の意味が変わる。

 だから、俺は俺なりに――描いてみたいんだ」


 その言葉が、静かに胸に刺さる。


 数字は減り続けている。

 でも、それは“終わりのカウント”じゃないのかもしれない。

 兄が描く未来を、誰かが引き継げるなら――


 直哉はそっと、兄のスケッチブックに指を伸ばした。

 そこに描かれた青空をなぞるように。


 「……俺も、手伝うよ」

 「え?」

 「兄ちゃんの夢。俺も一緒に描いてみたい」


 和也の笑顔が、少し驚いて、そして嬉しそうにほどけた。

 その笑顔を見て、直哉はようやく思った。


 ――この笑顔を、守るためなら。

 俺は何だってする。

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