プロローグ④ ―数字の意味、僕の意味―
医師と看護師が部屋を出て行き、病室に静けさが戻った。
母は椅子に腰を下ろし、まだ直哉の手を握ったまま、安堵したように微笑んでいる。
けれど、直哉にはその笑顔の奥に浮かぶ数字がどうしても見えてしまう。
――『12428』。
確かに減っている。
一秒ごとに、確実に。
冷たい汗が背筋を伝った。
母は優しく笑っているのに、その頭上には「終わり」へと近づく数字が突きつけられている。
(なんで……なんで、僕だけがこんなものを見なくちゃいけないんだ)
事故で生き残った代わりに背負わされた罰のようにも思えた。
こんなもの、知らなければよかった。
気づかなければ、ただ「大切な人と笑って過ごす時間」を疑いなく信じられたのに。
目をぎゅっと閉じる。
でも、開ければやはり数字はそこにあった。
「直哉、大丈夫? 顔色が少し悪いわ」
母の声がやわらかく降りてくる。
不安そうに見つめるその瞳。
その瞳を見て、直哉ははっとした。
――数字が見えるからこそ、母を大切にできるんじゃないか。
限られた時間を知っているから、後悔しないように生きられるんじゃないか。
恐怖と共に、そんな思いが胸の奥で芽生えた。
「……うん、大丈夫」
直哉は精一杯の笑みを浮かべ、母の手を握り返した。
その手は温かく、現実に生きている証そのものだった。
数字は減り続ける。
でも、今この瞬間は確かにここにある。
――この力が呪いなのか、贈り物なのか。
答えはまだ出ない。
けれど直哉は、もう逃げないと心に決めた。
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次回から本編です。