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第2話 母の心配

 夜の病院は、静寂に包まれていた。

 白い蛍光灯の光が無機質に廊下を照らし、足音だけが響く。


 直哉は、受付で名前を告げると、急いで病室へと向かった。

 息が荒い。胸の鼓動が耳の奥で鳴り響いている。


 カーテンの隙間から漏れる灯り――その中に、和也の母がいた。

 彼女はベッド脇の椅子に座り、じっと息子を見つめていた。

 和也は酸素マスクを外し、穏やかな寝顔をしている。

 けれどその手は少し冷たく、いつもの元気さはどこにもなかった。


「……直哉くん」

 母が気づき、立ち上がる。

 その声には、無理に作られた穏やかさが滲んでいた。


「ごめんなさい、急に呼び出しちゃって」

「いえ……和也、大丈夫なんですか」


 直哉の問いに、母は少しだけ視線を落とした。

「熱が出て、めまいがあったみたい。でも、今は落ち着いてるの。

 ……先生は“検査のために一晩だけ入院”って言ってたけど」


 その言葉の「けど」が、重く響いた。

 心配を隠しきれない母の瞳が、わずかに震えている。


「和也ね、最近よく疲れるって言ってたの。食欲も少し落ちてたし……。

 でも、あの子、全然弱音を吐かないのよ」


 その言葉に、直哉の胸が締めつけられる。

 無邪気に笑っていた和也の姿が頭に浮かぶ。

 いつも、誰かのために笑っていた。

 その笑顔の裏で、本人はずっと無理をしていたのかもしれない。


「……俺、気づいてたのに」

 思わず、声が漏れる。


 母は首を振った。

「いいのよ。あの子、誰にも心配かけたくないって思ってるから」


 優しく微笑むその顔には、母親の強さと悲しみが混ざっていた。

 その瞬間、直哉の視界に、再び数字が浮かぶ。

 和也の頭上に――『8』。


 一気に血の気が引いた。

 昨日が『10』、今朝が『9』。そして、今は『8』。

 一日どころか、半日も経たないうちに、また減っている。


(なんで……どうして、こんなに早く……!)


 鼓動が早まる。

 母の言葉が遠くに霞んでいく。

 「見える」力が憎い。この現実を知らなければ、どれほど楽だっただろう。


「直哉くん?」

 母の声に我に返る。

「……すみません、ちょっと顔、洗ってきます」

「ええ……でも無理しないでね」


 直哉は頭を下げ、病室を出た。

 廊下の壁にもたれかかり、深呼吸を繰り返す。

 胸の奥で、誰かが叫んでいる。


(助けなきゃ……でも、どうすれば……?)


 そのとき、ポケットのスマホが震えた。

 画面には美咲からのメッセージ。


『今、病院の前にいる。少しだけ話せる?』


 直哉は迷わず返信した。


『うん。今行く』


 立ち上がる足に、力がこもる。

 廊下の窓の外では、秋の夜風が木々を揺らしていた。

 冷たい風の中で、直哉の心だけが熱を帯びていた。

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