第4話 家族の影
土曜日の午後。
直哉は、偶然にも街の病院前で和也とその母親の姿を見かけた。
診察を終えたのだろうか。
和也は笑顔で母親に話しかけている。
けれど、その横顔に浮かぶ母親の表情は沈んでいた。
笑顔を作ってはいるが、瞳の奥に影が差している。
(……やっぱり、病気なのか?)
胸の奥で不安が膨らむ。
和也の頭上には『12』の数字。
それはまだ減ってはいなかったが、直哉にはそれが冷たいカウントダウンにしか見えない。
ふと、和也の母が足を止めた。
「和也、ちょっと待っててね」
薬局に入っていく母を見送り、和也はベンチに腰掛けた。
直哉は迷った。
声をかけるべきか。
偶然を装って近づいても、どう説明すればいい?
その時――和也がこちらに気づいた。
「……あれ? 直哉?」
驚いたように立ち上がり、笑顔を向けてくる。
「なんだよ、偶然だな!」
無邪気な声。
だが、その笑顔に隠された真実を、直哉は見逃さなかった。
目の下に薄い影。少し荒い息。
ほんのわずかな異変が、直哉の心を締めつける。
「お前、病院に?」
気づけば問いが口をついて出ていた。
「え? ああ……ちょっと検査だよ。大したことないって」
和也は笑って答える。
その軽さが、逆に恐ろしい。
母の沈んだ表情が、直哉の脳裏に焼きついて離れなかった。
やがて母親が戻ってきた。
彼女は直哉に気づき、少し驚いたように目を見開いた。
だが、すぐに柔らかな笑顔を浮かべる。
「直哉くん、こんにちは。和也と仲良くしてくれて、ありがとうね」
その声色の奥にも、かすかな震えが混じっていた。
気丈に振る舞おうとする母親の姿に、直哉は言葉を失う。
別れ際、和也が手を振った。
「じゃあな、また月曜!」
その明るさに、直哉は笑顔を返すしかなかった。
だが――胸の奥では確信に変わりつつあった。
(和也は、何か大きな病気を抱えてる……。それを本人は、きっと知らない)
夕暮れの街を歩きながら、直哉は重く沈む空を見上げた。
数字が、またひとつ減るのではないか。
その恐怖に、心が押しつぶされそうだった。




