プロローグ③ ―他人にも浮かぶ数字―
ドアがノックされ、白衣の医師が入ってきた。後ろには看護師もついている。
母は涙をぬぐい、安心したように席を立った。
「直哉くん、目を覚ましたね。意識もはっきりしているようだ。よかった」
医師が微笑んだ瞬間――直哉は息をのんだ。
その頭上に、また数字が浮かんでいたのだ。
――『7624』。
母と同じ。
いや、母の数字とは違う。だが確かに、そこにある。
看護師の頭にも、別の数字が淡く光っていた。
――『18403』。
幻覚じゃない。母だけじゃない。
誰にでも見える。いや、自分にだけ見えている。
「直哉くん、どこか痛みはあるかな?」
医師の問いかけに返事が遅れる。
口を開きかけて、言葉が喉につかえた。
――この数字が寿命だなんて、どうやって説明できる?
看護師がメモを取りながら笑顔を向けてくる。
その頭上の数字が、わずかに減ったように見えた。
ドクン、と心臓が跳ねる。
あの数字は「残り時間」。
止まらず、刻々と失われていく時間の証。
「……だ、大丈夫です」
かろうじて声を絞り出す。
母が安堵の笑みを浮かべ、そっと頭を撫でてくれた。
その優しさに胸が熱くなりながらも、直哉の視線はやはり、母の頭上に浮かぶ数字へと吸い寄せられていた。
――寿命が、僕には見えている。
その現実から、もう逃げられなかった。




