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目覚め

初めての執筆活動ということもあり、文章がゲームのテキストぽい書き方になってるんですけど、抵抗がない方はぜひ読んでいって下さい!


漆黒の虚無が広がっていた。

そこには音もなければ、光すら届かない。

時間の概念すら消え去った、時空の狭間——。

意識はある。感覚もある。だが、動くことも喋ることも叶わない。

フライヤの中には、ただひたすら怒りがあった。


フライヤ

(……負けた? 私が?)


認められるはずがない。

手を抜いていたわけでも、油断していたわけでもない。

それなのに このザマ とは——。

あの飄然とした態度、軽蔑の眼差し、思い出すだけで憤懣やるかたない。


フライヤ

(殺す。殺す。殺す。絶対に殺す。)


圧縮された殺意が膨れ上がり、闇の中に亀裂が走った。

微かな光が差し込み、フライヤの瞼に触れる。


パリ……パリパリ……ッ


空間全体が揺れ、砕ける音が響く。

封印の鎖が軋み、音を立てて崩れていく。


フライヤ

「...」


眩い光がフライヤの視界を奪った。

身体が解放されるのを感じる。

重力が彼女を地面へと引き戻す。

その瞬間、大地が震え、雲が裂け、時空が歪むほどの魔力波が天を押し上げた。

放たれた波動は世界全体に伝わり、動植物を怯えさせた。


ドサッ——。


膝をついたフライヤは、静かに息を吐き出した。

震える指先を見つめ、拳を握りしめる。


フライヤ

「絶対に許さねえ。この借りは、倍にして返してやる。」


——フライヴァル城


部屋で読書をしていたフレイは、突然の衝撃に胸を押さえた。


フレイ

「今のは...一体。」


寒気が全身を駆け巡り、鼓動が早くなる。

不安と恐怖が入り混じり瞳を揺らした。


フレイ

「姉さん、今の感じた?」


隣にいたフェイロアも、険しい表情で頷いた。


フェイロア

「感じたっス。こう...殺意や憎悪みたいな不の魔力を。」


フェイロア

「こんな強大な魔力、今まで感じたことないっス...」


フレイは城の外を見つめ、鳥たちが何かに怯えるように空へ舞い上がるのを眺めた。


フレイ

(......一体、何が起こったんだ?)


フレイ

「姉さん、少し調べに行ってくるよ。」


フェイロアは眉をひそめながら言った。


フェイロア

「気を付けるんっスよ。まだ怪我も治ってないんっスから。」


フレイ

「ああ、分かってるよ。」


——魔力波は天界にまで響き渡った。


エヴィレトはその揺らぎを感じ取ると、思わず息をのんだ。


エヴィレト

(今の波動……まさか!? いや、そんなはずはない。あの封印を破ることなど、不可能なはず……)


自らの動揺を振り払うように、頭を振る。だが、胸の奥でざわめく不安が消えることはなかった。


エヴィレト

(……でも、彼女なら……いや、あり得ない話じゃない!)


焦燥に駆られ、エヴィレトは即座に天界を後にする準備を始めた。

今すぐ向かわなければならない。全身を震わせる、この得体の知れない恐怖の正体を確かめるために。

もし彼女が本当に封印を解いたのなら——指輪の破壊だけでは済まない。世界そのものを滅ぼしかねない。

そんな不安が、エヴィレトの胸を締め付けていた。


——深い森の中


フライヤ

「確かここだったはずだが。」


しばらく歩き続けたフライヤは、青い花が一輪だけ咲いている木の前で立ち止まると、手を幹にかざし詠唱を口ずさんだ。

すると、目の前に立っていた木々が消え、長い一本道が現れた。

道の両脇には竜を模った像が並んでいる。

フライヤはその先にある屋敷のみを見つめ、淡々と歩き始めた。


フライヤ

「...」


竜の石像

「Gahhhhhh!!」


突然、石像が咆哮し、フライヤ目掛けて飛びがかかってきた。

しかし、石像はフライヤに触れることなく、次々と両断され、打ち落とされていった。


フライヤ

「...」


フライヤは表情ひとつ変えずに、屋敷に向かって歩いて行く。


ギィ......


屋敷の前まで来ると、ゆっくりと扉を開け、中に入った。


フライヤ

「ふん。昔と変わらないな。」


懐かしさに浸るフライヤの前に、メイド姿の少女が現れた。


少女

「あなた、どうやってこの屋敷に入って来たの?」


フライヤ

「どうやってって、正面からだよ。」


少女

「...おかしいわね。来客の予定は無いはずだけど?」


フライヤ

「来客だと?こんな十重二十重に結界を張ってあるような館に、来る客なんていねぇだろ。」


少女

「......」


フライヤ

「そんなことより、お前はこの館の従者か?」


少女

「そうよ。私はこの館で従者をしているの。」


フライヤ

「そうか。じゃあ話が早い。イリスに会わせてくれるか?」


少女

(彼女、イリス様の名前を知ってる?一体何者なの...?それにこの魔力...頭が痛い...)


少女

「その前に名前を名乗ったらどう?名前が分からない人を、屋敷に入れるわけないでしょ。」


フライヤ

「フライヤ。そう言ったらわかるか?」


少女

「フライヤ?...黄金の一族の長姉の?」


フライヤ

「ああそうだ。」


少女

「そんなお姫様が、護衛もなしに何の用?」


フライヤ

「顔馴染みに会うのに、護衛を付ける必要があるのか?」


少女

「...信用できないわ。」


フライヤ

「じゃあイリスをここに呼んできてくれよ。それだったら文句ねぇだろ?」


少女

「イリス様は留守よ。伝言があるなら私が代わりに聞くわ。」


フライヤ

「あたしはただ、イリスに会わせてくれと言ってるだけだ。無駄な戦いは望んでない。」


少女

「あら、そんなこと言うわりには、随分派手に暴れてくれたようじゃない。」


フライヤ

「悪いがお前と戦うつもりはない。」


少女

「私と戦うのが怖いのかしら?」


フライヤ

「...あ?」


少女の言葉に、先程まで平常を保っていたフライヤの視線が鋭くなる。

部屋の空気が凍りつき、少女はフライヤの眼光に射抜かれ、動けなくなってしまった。


少女

(何なのこの殺気は?体が、動かない...?)


フライヤ

「今、あたしがお前と戦うのが怖いつったか?」


少女

「...そうよ。違うのかしら?」


フライヤ

「何か勘違いをしてるみたいだから教えてやる。お前じゃあたしの相手にならねぇよ。」


フライヤ

「雑魚の相手をするほど、あたしは暇じゃねぇんだ。分かったらそこを退け。」


少女

「何度も言わせないで。さっさと消えなさい。」


フライヤ

「...はぁ。本当にしつこい奴だな。そこを退かないならお前、殺すぞ?」


少女

「あら、随分乱暴なのね。余計にイリス様に会わせるわけにはいかないわ。」


少女はスカートから鉤爪を取り出した。


フライヤ

「あたしは警告したからな?」


二人の間に沈黙が広がる。

戦端を開いたのフライヤだった。

床を食い破るように飛び出した槍は、少女を串刺しにしようと容赦なく襲いかかる。

突如現れた槍に動揺し、一瞬、少女の体が硬直する。


少女

「っ!」


フライヤ

「それに反応するとは、大口叩いてるだけのことはあるな。でも少し反応が遅れたんじゃないか?」


少女

「...」


フライヤ

「おい、安心してる場合か?これからもっと来るぞ、準備しとけ。」


少女

「なっ...!?」


縦横無尽に襲い掛かる槍に、息つくことも忘れ対応する少女。

その様子を眺めながら、フライヤはふっと笑い、口を開いた。


フライヤ

「へえ、なかなか粘るじゃねえか。それじゃあ、もう少し数を増やして試してみるか。」


少女

(何ですって!?)


少女は懸命に避け続けるが、次第に動きが乱れ、槍の軌道が読めなくなる。


少女

(避けきれない——!)


少女

「ぐあっ!」


少女は、斜めから突き上げる槍を避けきれなかった。鋭い刃が左肩を貫く。

激痛が全身を駆け巡り、少女の膝が折れた。床に崩れ落ちると同時に、槍は静かに霧散する。

少女は荒い息をつきながら傷口を押さえ、鋭い視線をフライヤに向けた。

そして、血を滴らせながら、ゆっくりと立ち上がった。


フライヤ

「なんだ、もう終わりか? あたしはまだ動いてもないぞ。」


少女

「ガハ、ガハ、ハァ...ハァ...」


少女の赤い瞳の奥に、炎のように燃え上がる殺意が揺らめいていた。


フライヤ

「ガン飛ばすくらいの余裕はあるんだな。じゃあ、次はルールを変えてやるよ。」


フライヤ

「今からあたしは一歩も動かない。少しでも動かせたらお前の勝ち。その前に殺せたら、あたしの勝ちだ。どうだ?」


少女

「......受けて立つわ。」


フライヤ

「ふん。それじゃあ——」


フライヤの言葉を待たず、少女が先制した。

彼女は一直線に突進し、一瞬で懐へと潜り込む。

切先がフライヤの喉元を貫かんとした瞬間、

少女の体は天井へと激しく叩き付けられた。


少女

「が......はっ......!」


フライヤ

「おいおい、話の途中だろうが。そんなに死に急ぎたいのか?」


少女

「今ので...反応されるなんて...」


フライヤ

「その程度であたしの隙を突いたつもりか?

随分と舐められたもんだな。

それとも、お前、本物の馬鹿か?」


少女は震える足で必死に立ち上がった。


少女

「なんと言われようと......この先へ行かせるわけにはいかないのよ。」


少女の手に魔力が集まり、やがて剣を形作った。


少女

「はあああ!!」


青白い刃が、風を切ってフライヤの首元を狙った。


フライヤ

「お前、魔術も使えんのか。でも残念だな、そんな荒削りの魔術じゃあ、あたしには届かねえよ。」


ドゴォン!!

空間が歪むような凄まじい魔力の波動が、少女の身体を真正面から据えた。

爆風のような衝撃に、少女は無惨に吹き飛ばされる。


フライヤ

「無為無策に突っ込んで来る馬鹿は、一人いりゃあ十分なんだよ。」


ガシャァンッ!!


少女は壁を砕き、床を転がる。

身体中を鈍い痛みが走った。

肺が押しつぶされたかのように、呼吸が乱れ、視界が揺れる。それでも、倒れるわけにはいかなかった。

少女は震える腕に必死に力を入れ、再び起き上がった。


少女

「……っ、まだ……終わりじゃない……!」


フライヤ

「へえ、まだ生きてんのか。」


少女

「当たり前よ……! 私は、イリス様の従者で、守護者なんだから……!」


フライヤ

「はっ」


少女

「......何が...おかしいの?」


フライヤ

「何がおかしい?お前こそ自分の言ってる事が分かってんのか?」


フライヤ

「イリスはな、幾星霜を超え、世界で唯一、全ての魔術を極めた魔法使いなんだぞ?」


フライヤ

「そんな大魔法使い様が、お前みたいな雑魚の助けを必要とするわけねえだろうが。」


フライヤ

「つまり、お前の言ってることは、ただの大言壮語だってことだよ。」


少女

「......。」


フライヤ

「イリスがなんでお前をそばに置いてると思う?

優しいあいつに代わって、あたしが教えてやるよ。」


フライヤ

「お前が惨めで、哀れで、救いようのない負け犬だから、同情で置いてやってんだよ。さっさと気付けよ、雌狗。」


少女

「...そんなこと......あるわけ——。」


少女は震えた声を絞り出すように言ったが、その言葉には力がこもらない。それが彼女自身を一番苦しめていた。


フライヤ

「あるわけない?だったら、これまでを思い返してみろよ。心当たりがあるんじゃねえのか?」


少女

「......っ」


フライヤ

「ほらな。やっぱり心当たりがあるんだろ?

だったら、さっさとイリスの前から消えろよ!」


フライヤ

「死んじまえよ。邪魔なだけの足手纏いでしかないんだから。」


少女

「わ、私は.......」


フライヤ

「安心しろ。死ねば楽になれる。もう誰にも悪く言われることはない。」


少女

「そう...ね......」


少女は、震える手で鉤爪を喉元へと向け、自らの命を断とうとした。


フライヤ

「そうだ、もう少し。そのまま喉を貫いちまえ。」


イリス

「——そこまでじゃ!!」


少女が切先を喉に押し付けた瞬間、床に大きな魔法陣が浮かび上がり、彼女の動きが止まった。


フライヤ

「...この魔法は。」


少女

「あ...あぁ......。」


力が抜け、倒れそうになった少女をイリスは支え、ゆっくりと座らせた。


フライヤ

「よおイリス、久しぶりだな。」


イリス

「少し屋敷を留守にしただけで、なんじゃこの有様は?!」


フライヤ

「んなに怒んなよ。ちょっと遊んでただけじゃねえか。」


イリス

「お遊びにしてはやり過ぎじゃ!」


アルス

「イリス様...私を...ないで...下さい...」


イリス

「アルス、大丈夫か!?しっかりせんか!......まさかこれは——」


イリス

「フライヤ、お前、アルスの精神を弄んだのか?」


フライヤ

「さあな。何のことだ?」


イリス

「あれほどむやみに使うなと言ったはずじゃろうが!!人によっては、二度とまともに生きられん可能性もあるんじゃぞ!」


フライヤ

「だから何だよ? あたしからしたら、こいつの命なんてどうでもいいね。」


イリス

「お前というやつは!」


イリス

「大丈夫じゃ、アルス。今、楽にしてやるからのう。」


イリスはそっと手を伸ばし、アルスの瞼を手で優しく閉じた。


フライヤ

「少し頭を弄ったくらいで、大袈裟に騒ぐじゃねえよ。」


イリス

「アルスはこう見えても繊細な子なんじゃ!

強気な態度を取っておるが、中身は年相応の少女なんじゃぞ。」


イリス

「そんな年端もいかぬ子供相手に、幻想映写(プロイェクシオン)を使うとは!」


アルスの震えは次第に収まり、やがて静かに眠りへと落ちていった。


イリス

「ひとまず術は解いたが、お前には言いたいことがある。」


イリス

「しかし話は後じゃ。まずはアルスを、わしの書斎へ運ぶんじゃ。」


フライヤ

「はぁ?なんであたしが、コイツを運ばなきゃなんねぇんだよ?」


イリス

「お前がこの子をこんな状態にしたんじゃろうが!よいから黙って運ばんか!」


フライヤは忌々しげにイリスを睨み付けながら、渋々アルスを担ぎ上げた。


イリス

「なぜ頭を下にして担ぐんじゃ!危なかろうが!」


フライヤ

「あー、うっせぇなぁ!この方が運びやすいんだよ。」


フライヤ

「さっさと運んで寝かせりゃ問題ねぇだろ?いちいち命令すんな!」


イリス

(...まったく、世話の焼ける奴じゃ......)


——イリスの書斎


フライヤ

「ここも相変わらずだな。」


古い魔導書の香りが漂う静かな部屋の中、フライヤは長椅子にアルスを雑に寝かせると、天窓を見つめた。


イリス

「……空の色が気になるか?」


フライヤ

「ああ。いつからこんな色になった?」


イリス

「……フラインが逝った時からじゃ。」


フライヤ

「そうか。親父、死んだのか。」


イリス

「驚かんのか?」


フライヤ

「魔力量も減ってたしな。長くはもたねえだろうとは思ってた。」


フライヤ

「それに——あたしには『悲しい』って感情がない。知ってるだろ?」


イリス

「……そうじゃったな。」


(少しの沈黙)


イリス

「……で? ここへ来た目的は何じゃ?」


イリス

「まさか、そんなことを聞きにわざわざわしの屋敷に来たわけではあるまい?」


フライヤ

「あたしが封印されてた間に、何があった?」


イリス

「——お前が封印された後、世界からお前の記録が書き換えられたんじゃ。」


フライヤ

「……あのクソ天使の仕業か。」


イリス

「おそらくな。だが、それだけじゃない。今、フライヴァル城には『フライヤ』を名乗る偽物がおる。」


フライヤ

「あたしの名を騙る偽物だと?」


イリス

「ああ。どうやら、その偽物が指輪に選ばれたらしいのじゃ。」


フライヤ

「だったら、なんで結界が破られてねえんだ?

そいつの目的は、神を地上に降ろすことじゃねえのか?」


イリス

「これは憶測じゃが、敵勢力を欺瞞するためじゃと考えておる。」


フライヤ

「つまり、まだ指輪は偽物の手には渡ってないと?」


イリス

「それどころか、妹弟の誰一人として指輪に選ばれなかった、と考えるべきじゃろう。」


フライヤ

「おいおい、マジかよ。どこまでも無能な連中だな。」


イリス

「妹弟たちも洗脳を受けている可能性がある。

そう考えると、まだ誰にも指輪が渡っていないというのは僥倖じゃ。」


イリス

「それに、指輪を狙っておるのは偽物だけではない。」


イリス

「今この世界は、己が欲望を叶えようと、大勢が争っておる。内にも外にも敵だらけじゃ。」


フライヤ

「……くだらねえ。」


フライヤ

「何が『万能の願望機』だ。そんなもんに縋らなきゃ叶えられねえ願いなんて、最初から無価値だろ。」


フライヤ

「親父には悪いけどな、指輪の力で作った世界なんざ、砂上の楼閣みたいなもんだ。いずれ崩れる運命さ。」


イリス

「……じゃが、今はその『砂上の楼閣』を巡って、世界が揺れておる。お前はどうするつもりじゃ?」


フライヤ

「どうするつもりか? おいおい、イリス。ついにボケ始めたのか? あんたなら、あたしがどういう奴か知ってんだろ。」


フライヤ

「あたしがこの世で最も嫌いなのは神だぜ?あいつらが作ったもんも、当然気に入らねぇ。」


フライヤ

「じゃあ、どうするか? 決まってんだろ。ぶっ壊すまでさ。」


フライヤ

「そもそも、あたしを差し置いて『万能』を語るなんざ、ふざけた話だ。そんなもん、この世に存在しちゃいけねえ。」


フライヤ

「指輪を狙う奴らも、同じく片っ端からぶっ殺してやるまでさ。」


フライヤ

「それに……あのクソ天使には、きっちり借りを返さねぇといけねえしな。」


イリス

「......まぁお前ならそう言うと思っておった。」


イリス

「ならば、お前に返しておく物がある。」


そう言うと、イリスはゆっくりと本棚の前へ歩み寄った。

指先が迷うことなく、一冊の古い革表紙の書物に触れる。

カチリ——

微かな音とともに、本がわずかに沈む。

すると、周囲の本棚全体が軋みながら震え、まるで生き物のように動き始める。

ゴゴゴゴ……!

本棚の一角がスライドし、暗闇へと続く階段が露わになる。

地下から吹き上がる冷たい空気に、かすかに魔力が混じっていた。


フライヤ

「......まだそこを隠し部屋として使ってんのか?」


イリス

「いや、今はただの物置じゃ。」


イリスはそう言うと、迷いなく暗闇の中へ足を踏み入れた。

フライヤもその後に続く。


イリス

「開けっ放しでも構わんのじゃが、アルスは魔力波に弱くての。」


イリス

「僅かでも魔力を感じると頭痛を起こしてしまう。だから、普段は閉じておるのじゃ。」


フライヤ

「ふーん。」


沈黙が落ちる。

やがて、フライヤがぽつりと口を開いた。


フライヤ

「そういや、空の亀裂を塞いでんのは、あんただろ?」


イリス

「そうじゃ。魔術で一時的に塞いではおるが、いつまで保つか分からん。」


イリスは階段を下りながら、ふっと息をつく。


イリス

「それこそ......完全に指輪の力が消えれば、いくらわしでも手に負えん。」


ゴツゴツとした石造りの階段を降りるたび、足音が冷えた空気に吸い込まれていく。

灯された魔導灯が、仄かに地下室を照らし、並べられた古びた魔術道具が影を落とす。


フライヤ

「……相変わらず、ガラクタだらけだな。」


イリス

「ほう? これらはどれも貴重な品々じゃぞ。」


棚に無造作に置かれた魔導書、乾いた血がこびりついた古びた魔道具、封印術の施された瓶——。

イリスは躊躇うことなく奥の壁へ向かうと、そこに掛けられた布を払った。


イリス

「……お前に返しておくものじゃ。」


そこにあったのは、一振りの剣。

かつて数多の敵を屠り、血と勝利に染まったフライヤの愛剣。


フライヤ

「あたしの剣じゃねえか!どこでこれを......」


驚きと懐かしさが入り混じった声。

フライヤは思わず剣を掴んだ。

手にした瞬間、驚くほどしっくりと馴染んだ。


イリス

「お前が封印された後、戦場漁りが持ち去ったらしい。」


フライヤ

「……なに?」


そっと鞘から抜けば、鋭い光を帯びた刃が、魔導灯の下で輝く。

フライヤはその刃に映る自分の顔を見た。


イリス

「お前の剣は、多少の刃毀れはあれど、状態が良くてな。遺物として、一部の貴族やコレクターの間で取引されておった。」


フライヤの眉がピクリと動く。


フライヤ

「……で、それをどうやって?」


イリス

「金で買ったんじゃ。」


フライヤ

「……は?」


イリス

「競りに出ていたのを見つけてな。わしが買い取ったんじゃ。」


イリス

「その後、刃毀れを直そうとしたが、完全には修復できなかった。」


イリス

「こんな傷を付けられるのは神器だけじゃ。お前を封じた天使は、相当な人物じゃな。」


フライヤ

「思い出させるんじゃねえよ、イリス。怒りでこの屋敷ごと灰燼にしちまいそうだ。」


イリス

「...悪かった。頼むから、それだけはやめてくれ。」


フライヤ

「ったく。」


フライヤは鞘に収め、ベルトをきつく締めると、剣を腰に吊るした。


フライヤ

「それじゃ、あたしは行くぞ。」


イリス

「——待つんじゃ!」


フライヤ

「なんだよ、まだ何かあんのか?」


イリス

「アルスも連れて行ってやってくれ。」


フライヤ

「はぁ?なんであいつを連れてかなきゃいけねぇんだよ。」


フライヤは忌々しげに舌打ちしながら、イリスを睨みつける。


フライヤ

「あたし一人で十分だ。余計な足手纏いは要らねぇ。」


イリスはため息をつき、ゆっくりとフライヤの視線を受け止める。


イリス

「……あの子は、故郷を吸血鬼に襲われ、家族も友人も皆殺しにされた。」


イリス

「そのせいで心を閉ざし、笑うこともできなくなったんじゃ。」


イリス

「わしはあの子に、過去を乗り越えてほしい。」


イリス

「そして、世界の美しさを知ってもらいたいんじゃ。」


イリス

「この世界は、痛みや悲しみも多いが、それ以上に、美しさや楽しさに満ちていると……。」


フライヤ

「事情は分かった……でも嫌だね。そんなことしなくても、あんたお得意の魔術で、その記憶だけ消しちまえば済む話じゃねえか。」


イリス

「お前は、それがどれほど残酷なことか、分かって......おらんよな。」


フライヤ

「ああ、分からねえよ。」


フライヤは迷いなく言い切った。


イリス

「頼む……フライヤ。」


フライヤ

「しつこいぞ、イリス。何を言われようが、あいつを連れて行くつもりはない。」


イリスはフライヤの圧に臆する事なく、じっと見つめ返す。

その力強い眼差しが、言葉以上の思いを語っていた。


フライヤ「......ああークソ、分かったよ。」


フライヤ

「あんたがそんなに懇願するなんて、滅多にないからな。」


フライヤ

「だが、今回だけだぞ。次はないからな。」


イリス

「……分かっておる。それと、このことはアルスには伏せておいてくれ。」


フライヤ

「はいはい。」


——二人が階段を上がり、地下室から戻ると、長椅子には目を覚ましたアルスの姿があった。

アルスはイリスを見つけるなり立ち上がり、こちらへ歩み寄る。しかし、その足取りはまだおぼつかず、ふらついていた。


イリス

「アルス!大丈夫か?無理するな。まだ意識が朦朧としておるのじゃろう?」


アルス

「...大丈夫です。」


イリス

「急に立ち上がったりするな。傷口が開いたら困る。」


アルス

「......申し訳ありません。」


イリス

「謝らんでもよい。はぁ......とりあえず、お前が死ななくて良かった...」


アルス:「......はい。」


イリス

「さあ、こっちに来て座りなさい。少し話があるんじゃ。」


イリスは、ゆっくりとアルスを座らせた。


フライヤ

「あたしは先に行ってるぞ。早くしろよ。」


イリスは無言で頷いた。


アルス

「......話とは、何でしょう。」


イリス

「唐突ですまんが……フライヤと一緒に旅をしてくれんか?」


アルス

「...え?」


アルス

「それは……どういう……?」


イリス

「お前には話していなかったが——」


それからしばらくの間、イリスは静かに語り続けた。

指輪のこと。

フライヤが封印されていたこと。

指輪の力が完全に消える前に、それを手に入れようとしていること。

イリスの口から語られる事実を、アルスは一言も漏らさずに聞いていた。


アルス

「……つまり、私に彼女と一緒に旅をし、指輪を破壊する手助けをしてほしいと?」


イリス

「そうじゃ。」


アルス

「しかし...私は......」


イリス

「足手纏いになると?」


アルス

「...はい。彼女は私より遥かに強い、私に出来ることなんてありません...。」


イリス

「お前は、強さとは何かを勘違いしておるな。」


イリスはアルスの手を優しく握り、穏やかな目で彼女を見つめた。


イリス

「強さとは、剣の腕や魔術の力だけを言うのではない。」


イリス

「お前は昔から、誰よりも人の痛みや悲しみを理解し、寄り添うことができる子じゃ。それが、フライヤにはないお前の強さなんじゃ。」


「それに、お前は『何もできない』と嘆くより、どうすれば役に立てるかを考える子じゃろう?」


アルス

「...!!」


アルスはハッとしたように顔を上げると、イリスの目を見つめ返した。

アルスはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。


アルス

「……わかりました。私、行きます。」


イリス

「ありがとう。」


イリスは満足そうに微笑んだ。


——イリスの屋敷、玄関前。


アルス:「それでは行って参ります。」


イリス:「ああ、気をつけるんじゃぞ。

...フライヤ、アルスをよろしく頼む。」


フライヤ

「ッチ」


イリスの言葉を無視し、フライヤは無言で歩き出した。

来る途中で破壊したはずの石像は、何事もなかったかのように元の姿で並んでいる。

イリスは、二人が結界を抜けるまで静かに見送った。

アルスはもう一度イリスに深く頭を下げると、フライヤの後を追い、結界を越える。

——その瞬間、二人の間に張り詰めた殺意が流れた。


フライヤ

「イリスがいなくなったから言うが、あたしはお前を助けるつもりはない。お前がどうなろうが、あたしにはどうでもいい。」


フライヤ

「動けなくなったら置いていく。それが嫌なら、自分の身は自分で守れ。」


アルス

「言われなくても、そのつもりよ。」


アルス

「それに……イリス様に言われたから仕方なくついて来てるけど、私だってあなたと一緒に旅なんかしたくないわ。」


互いに鋭い視線を交わし、重い沈黙が落ちる。

——しばらく歩き続けた後、フライヤがふと口を開いた。


フライヤ

「おい。あたしから離れて歩け。」


アルス

「なぜ?」


フライヤ

「お前から獣臭え匂いがしてるからだ。」


アルス

「私から......獣臭い匂いが?」


アルスは手の甲を鼻に近づけ、そっと自分の匂いを確かめる。


フライヤ

「そうだ、だからあたしに近づくな。その匂いを嗅いでると、反吐が出そうになる。」


アルス

「...」


フライヤ

「なんだよその目は?まだやられ足りないのか?今はイリスがいねぇからな、今度こそお前を殺せるぞ?」


アルス

「......」


フライヤ

「分かったなら、さっさとあたしから離れろ。

その匂いが服に付いたら困るからな。」


そう吐き捨てると、フライヤは何事もなかったかのようにまた歩き出した。

長い封印から目覚めたフライヤは、メイドの少女アルスと共に、指輪を破壊する旅に出る。近くにいるだけで一触即発の二人だが、無事指輪を破壊する事はできるのか?

第一話からかなり長くなってしまいました。この反省を活かして、次回からはもう少し短くしようと思いますので、よろしくお願いします。

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