第十六話 たき火を囲んでお喋りを
夜。ルシアスパパも一緒に、7人で食卓を囲む。
そうそう、ルシアスパパは急に出かけたと思ったら、大きい花束を持って帰ってきた。マーガレットにブーゲンビリア、そしてスターチスで構成された花束はかわいらしくて、とっても嬉しかった。特にスターチスは、小さな花々がスターという言葉の通り本当にお星さまみたいで、子どもの頃一番好きな花だった。もっとも、スターチスの名前の由来は、ギリシャ語で止めるという意味を持つ「Statizo」から来ていて、古代ギリシャでは下痢止めの薬草として使われていたと知ったときは、何だか残念だったのだけれど。
ルシアスパパは言わなかったけれど、マーガレット、ブーゲンビリア、スターチスのそれぞれの花言葉は、真実の愛、あなたしか見えない、永遠に変わらない愛……と全て愛の意味を持つ。以前、植物図鑑で花を調べていたのを見たことがあるから、きっとこの花々は意味を知っての上でのチョイスだと思う。元々の設定ではルシアスパパは花には詳しくなかったから、私自身の影響なのかなと思うとニマニマしてしまう。
ミカのくれたヒマワリと一緒に生けようとも思ったけれど、ふたりとも嫌な顔をするのが想像できたから、別々の花瓶に入れて部屋に飾ることにした。
「アニー? さっきカイトくんから聞いたんだが、皆で学園の外の湖に行ったんだってね。楽しかったかい?」
「うん! 湖の水面がキラキラしていて綺麗だったわ」
「それはこの6人で行ったのかい?」
「ええ、そうよ」
「………………この6人だけで? 護衛もつけずに?」
「……あのね、パパ? 私たちが行った湖畔は学園の敷地外ではあるけれど、聖ロマネス学園の所有地なの。だから湖畔の周りには警備員さんもいるし、部外者は入れないようになっているから安心よ?」
「…………そうなのかい?」
「それに、道中も所々に警備の方が立っていて、学園の周辺はとても安全な場所なのよ?」
「……そうか、それならよかった! もしアニーが一般市民もいるような場所に護衛もつけずに連れていかれたのだとしたら……と、花屋から帰る道すがらにふと思ってしまってね、安心したよ。……君たちも、まさかそんな馬鹿な真似はしないものね?」
何度も首を縦に振るカイトに、胸に手を当てて頭を垂れているミカ、そして全く動じずにごはんをもぐもぐと食べているハリー……。三者三様である。
「そうだ、さっき街でマシュマロというお菓子を買ってきたんだ。火であぶって食べるとおいしいらしいから、この後庭でたき火でもするといい。アニーも燃やしたいものがあれば持っていきなさい。……例えば誰かさんからもらった手紙とか」
「捨てられる手紙なんてないわ! パパからもらったお手紙もエマからのお手紙も、私にとってはどれも宝物よ? それとも、パパは私の送った手紙を燃やしてしまうの……?」
「――! そんなわけないだろう、アニー。額に入れて飾るこそすれ、アニーからの手紙を捨てるだなんて言語道断だ。パパからの手紙ではなくて、ほら……学園で変な虫でもついていないかなと思ってね?」
「もう、パパったら。学園に虫なんて出たことないわよ? 心配性なんだから」
「アニーが気づいていないだけさ。でも大丈夫、アニーに近づこうものなら、パパがその前にしっかり駆除するからね。……ああ、私としたことが、食事中に虫の話だなんて品のないことをしてしまった。すまないね、ナディア嬢、カトリーヌ嬢」
「あ、いえ! 全然! それで言うと、アタシたちもアニーに変な虫が近づいてきたら、ぶっ飛ばす気概でいますので!」
「カトリーヌはハンティングが得意で、狙った獲物は確実に仕留めるんですよ~」
「おお! それは心強い。改めていい友達を持ったね、アニー」
「? ええ、そうね! ……あら? カイトとミカはもういいの?」
「えへへ、何だかちょっとおなかがいっぱいでねー、味はすごくおいしかったんだけどー……」
「そっかぁ……ミカもごちそうさま?」
「はい、ちょっとあの、胸がいっぱいといいますか……。残してしまって申し訳ないです」
「ううん、無理して食べる必要はないから気にしないで。じゃあ、少し休憩したらたき火をしましょ!」
夕食後、パパは仕事をしに書斎に戻り、アマリリスの6人でたき火を囲んでお喋りをする。
「……うまい」
「マシュマロってこんなにおいしいのね~! 前におうちで食べたときは、そのままだったからあまりおいしさが分からなかったのだけれど~」
「な! とろっとした食感と甘さがたまんないよ! ……あちち」
「あーあー、カトリーヌ、それ焼きすぎ。もう真っ黒になってるじゃんかー」
「ふん! いいんだよ、これくらいが!」
「いいからいいから、オレのお手本をよく見とけよー? ………………はい!ここ!」
「焦げてんじゃん」
「……いいんだよ、これくらいがっ!」
「あの……女神、少しふたりで話せますか?」
ミカが私に、小声でそっと言う。
「いいよ、じゃあそこの東屋にちょっと行こうか」
「女神、ノエルくんは女神の作った物語の中にも出てきましたか」
「……どうして?」
「今日ノエルくんと話している女神を見て、何だか初めて会ったようには見えなかったので……気になってしまって」
「……うん、そう。ミカの言う通り、ノエル先生は物語の登場人物だよ」
「……そうですか。…………ノエルくんは、女神にどう映っていますか」
「……」
「言いたくなければ無理に聞きません。ただ、僕は女神に、ノエルくんにはあまり近づいてほしくないと思っています」
「……それはどうしてか、聞いてもいい?」
「……ノエルくんは、女神もご存じでしょうけど、僕のいとこにあたります。小さい頃はよく一緒に遊んでいて、勉強だけでなく、剣術でもバイオリンでも舞踏でも、何でもできてしまうノエルくんに、僕は憧れていました。ノエルくんに追いつきたい一心で、幼少期の頃から努力を重ねていました。でも、ノエルくんは聖ロマネス学園に通いだしてから変わってしまった。勉強も剣術も音楽も何でも一番だったのに、ずるずると成績を下げていったんです。学校もさぼりがちになり、女性関係のよくない噂も立つようになって、2年生の後期には学園を中退してしまいました。その後しばらくはふらふらしていたようですが、父の口添えもあり、ようやく最近舞踏講師として働くようになりました。ただ、それも本気でやっているようには見えませんが。……こんな何事にも中途半端な男は、女神にふさわしくありません」
「……そっか。まずは、心配してくれてありがとう。それと、ごめんね」
「……女神?」
「私はね、ミカが思っているような素敵なひとじゃないの」
「え?そんなことはありません、女神はいつも頑張っていて……」
「人間は頑張らないといけないものなのかな……?」
「え……」
「頑張りたいと思えたら頑張ればいいし、頑張りたいと思えないのなら、そのときは立ち止まってもいいんじゃないかな? 立ち止まって自分の心が安らかなのであれば、そこに居続けたって私はいいと思う。人間いつかは死ぬんだから、先のことを考えて不安になりすぎるより、今を楽しんだ方がいいでしょ?」
「…………」
「女性関係の噂は、ノエル先生は女性を傷つけるようなことはしていないはず……物語が変わっていなければだけど。まぁそこは、これから仲良くなって、本人から直接聞けたらいいなとは思ってるかなぁ」
「…………僕には、わからない」
「ミカ?」
「ごめんなさい、出過ぎた真似を。頭を冷やしてきます。皆には先に部屋に戻ったと伝えていただけますか? ……せっかくのお泊まりなのに、ごめんなさい」
その後私は皆と合流し、他愛もない話をしながら焼きマシュマロを食べた。
……私には、それが甘いかどうかも分からなかった。