第十五話 Shall we dance?
午後は皆で舞踏のレッスン。
聖ロマネス学園では、毎年秋に舞踏会が開かれる。夏休みに舞踏の稽古を入れていたのは、元々ダンスをやりたいと思っていたのもあるのだが、この舞踏会に向けての特訓でもあった。普段は、ルシアスパパのいとこのハイジさんに稽古をつけてもらっているのだが、その練習の成果を試してみたく、今日皆にも付き合ってもらうことにしたのだ。このことをルシアスパパに相談したときは予想通り難色を示されたが、「上手くなってパパと踊るときにびっくりさせたくて……」と伝えたところ、誰かひとりと一曲丸々は踊らないという条件付きで許してもらえた。
(123、123……)
ドレスの裾を踏んづけないようにしながらステップを踏むのは結構難しい。それに、今日は男性のノエル先生もお呼びしているからだろう、いつもより緊張している。……右と左がどちらか分からなくなるくらいには。ペアのお相手の足だけは何とか踏まないようにしたい。
「では一組ずつ、曲に合わせて踊ってみましょう」
最初はナディア・ハリーペア。ナディアは想像していた通りとても上手で、指先までしなやかで綺麗。そしてお相手のハリーもなかなか様になっている。いつも女性と距離を置いていたから、ダンスはからっきしかと思っていたけれど、やっぱり聖ロマネス王国の貴族の嗜みとして、ダンスでのエスコートは造作ないようだ。
次は、カトリーヌ・ミカペア。「ドレスなんて動きづらい服は御免だ」と言っていたカトリーヌだったが、軽やかに踊れている。くるりと回る度にスカートがふわっと広がって、見ていて楽しい。お相手のミカも、さすがは第一王子。スマートにカトリーヌをエスコートしている。
続いて、カイトとハイジさんのペア。同じ舞踏でも、ゼルニア国式と聖ロマネス王国式とでは型が異なるらしく、最初は少しぎこちなかったが、ハイジさんと踊りながらどんどんコツを掴んで上達している。やっぱりカイトって器用なんだな。
そして最後は、私とノエル先生のペア。緊張で顔がこわばっているのが分かる。
「俺の足はいくら踏んでも構わないから。リラックス、リラックス」
と先生が囁く。余計に緊張するからやめてほしい。
ほとんどリードしてもらい、何とか踊る。踊るというか操られているに近い。必死にステップを踏み、曲の終わり際まで辿りつく。
「あの……すみません、父から一曲丸々は踊らないようにと言われておりまして……!」
「そうだったね、名残惜しいけれど今日はここまでにしておこうか」
……何小節か残して、ペアダンス終了。
「皆さん、お疲れさまでした! 少し休憩しましょう」
「いやー、やっぱドレスって重いな! もう今すぐ脱ぎたい」
「聖ロマネス王国式のステップって難しいのなー」
「……暑い」
私は、わいわいと話す皆と離れ、ひとり休む先生に話しかける。
「ノエル先生、さっきはペアを組んでいただいてありがとうございました。私が皆のダンスについていけないから、ペアに選んでくださったんですよね?お気遣いありがとうございました……!」
「いや? 俺が一緒に踊りたくて選んだんだ。楽しかった、ありがとうね」
ノエル先生……。今世では初めましてだが、私は彼をよく知っている。――そう、彼もロマプリの攻略対象なのだ。
フローレス公爵ノエル。ミカのいとこであり、公爵家のご子息にもかかわらず、好きなことをしたらいいという家庭方針で育ち、舞踏好きが高じて王室・公爵家御用達の舞踏レッスンの講師をしている。ただし、講師は今年で辞めてしまい、来年には王国内で最も人気のある劇団に入り、その中ですぐにエースに上りつめる。その劇団は学園の劇場でも定期公演をしており、彼が出現する条件として、「夏休み前までの休日に、ひとりで劇場公演を観にいく」というものがある。
そして舞踏会前の秋口、初めてノエルが登場する。ヒロインがひとりでダンスの練習をしているところに偶然通りかかるのだ。これは攻略キャラクターの中で一番遅い登場だ。
ヒロインは彼に、舞踏会には男女ペアで出席しなければならないが、自分は誰からも誘われていないため、ダンスがしっかり踊れるようになってから誰かを誘おうと考えているのだと話す。かわいい女の子を放っておけないノエルは、ヒロインにダンスレッスンの講師役を申し出る。ノエルの歳がヒロインの4個上ということもあり、彼は「先生」と呼ばれ、ふたりはダンスの稽古に勤しむのであった。レッスンを重ねるうちにノエルはヒロインに他の女子とは違う特別な感情を抱くようになり、舞踏会の前日、いつもの稽古場にタキシードを着て向かい、明日の舞踏会で一緒に踊ってほしいと彼女に伝える。
もしそれまでにヒロインが他の攻略者とペアになる約束をしていなかった場合は、ノエルとヒロインは共に舞踏会に参加しそのままカップル成立。他の攻略者と約束をしていた場合は、舞踏会前日に最後のダンスを踊り、それ以降ノエルとはもう会うこともない……という筋書きだ。
学園ものということで先生キャラを入れたかったのだが、どうにも教師が生徒を好きになるという展開が描けず、「ノエル先生」として彼を登場させることにしたのだった。
「あの……ノエル先生、また、来てくれますか……?」
「もちろん、俺はかわいい女の子の願いは必ず聞く主義なんだ」
「ふふふ! 約束ですよ? 私ノエル先生が来るまでたくさん練習して、次はきっとうまく踊りますから……!」
「頑張りすぎると疲れちゃうよ? またすぐ来るからね」
「はい! 待ってます」
……プロデューサーを務めていたとき、どのキャラも等しく愛そうと思っていたのだが……私の最推しはノエル先生だった。まさか今日会えるとは思わずずっとふわふわしている。まさか二次元の推しに認知される日が来るとは……。
「ノエルくん、久しぶりだね」
私が夢見心地になっている間に、ミカがこちらに来ていたようだ。
「久しぶり、ミカ。元気にしてた?」
「……今日、ノエルくんがここに来るとは思ってなかったよ」
「うん?」
「リアン嬢には、手を出さないでね」
「この子はミカのフィアンセなの?」
「……違うけど、でもノエルくんが軽く扱っていいひとじゃない」
「ふうん。でも、ミカは俺のこともこの子のことも、縛ることはできないよ?」
「っ……」
「はーい、皆さん、そろそろ練習再開しますよ~」
その後のレッスンではミカが片時も離れてくれず、ノエル先生とは話せずにレッスンは終わってしまった。でも、ノエル先生は帰るとき、私の目を見てにこっと笑い、声に出さずに「またね」って口元を動かして手を振ってくれたから、それだけでもう幸せ。今度会えるときまでにもっとダンスが上達するよう、引き続きお稽古頑張らないと……!