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道中にて

リサ先生との故郷への帰り道。

幌馬車の中は|桃《》色の空気に満たされる……ことはなくリサ先生は泣いていた。というか号泣していた。


「う、へぐぅ……と、尊い」

幌馬車の中は二人の他に同乗者もいる。その全員が何か変なものでも見たかのようにこちらを伺っていた。何しろ出発してからずっとリサ先生は泣いているのだ。


見送りに来てくれたヘンリックが、アルドの事情を話して『どうか』とリサ先生に頭を下げたらしい。流石に共同発見者として名前を、とは頼んでいないようだが、特等が欲しい理由と助けになって欲しい、と頼んだそうだ。

ヘンリックの独断専行ではあるが、それでもアルドは彼の想いやりを余計なお世話などと思うことはできなかった。友人想いの人間なのだ。


とはいえ、どうにかリサ先生には泣き止んでほしいところでもある。


「あ、アルド君。絶対に、すっ、凄い成果を持ち帰ろう、ね」

手で顔を覆いながら、リサ先生は言う。周りからはどんな事情だと推察されているんだろうか。


「ありがとうございます。でも、先生そろそろ」

「ご、ごめんねぇ。でも、もう少し待って。今アルド君の顔見るだけで涙でちゃう」

先生はそう言って、オイオイと泣き続ける。

仕方ないので、アルドは同乗者の人たちに頭を下げた。もはやひきつけを起こしているのではないかと思われるほど痙攣しているリザ先生の背中をさすると、先生の泣き声がさらに大きくなる。


リサ先生は学生の頃から優秀で、駆け抜けるように教育課程を終わらせたらしい。飛び級もしたそうだ。

だがその分、学生の頃は知識を吸収するだけだったことに反省があり、反動からか生徒が悩んだり苦しんだりしながら一生懸命頑張る姿に弱いらしい。アルドとしては気恥ずかしいが、『あんな友情物語みたいなことされたら、もう無理』だそうだ。


道理で散乱した執務室の書籍のなかに青春を扱った戯曲が多かった訳だ、とアルドは嫌な納得をする。正直、自分とヘンドリックがそれらと同列になっているのは恥ずかしい。


「先生。あまり変に気負わないでくださいね。ヘンリックの配慮はありがたいですけど、一番は先生の研究です」

「い、良い子たちすぎるぅ!」

そう叫ぶと先生の泣き声がまだ大きくなる。同乗者たちも、もはや苦笑いしていた。




「すんっ、失礼しました」

まだ鼻をすすりながら、リサ先生は頭を下げる。目も真っ赤だ。

「いえ、落ちついてくれて良かったです」

アルドは苦笑いをする。とはいえ先ほどの話をぶり返してしまったら絶対に元通りになる確信があった。一旦、そこから離れるためにセオンの話題を出しておく。


「あれからゼンメル先生の論文を読みました。自分の故郷の近くにセオンがあったなんて知りませんでしたよ」

僻地にある田舎、という印象しかなかった。ヒューム生活圏の端っこに位置する不便な村なのだ。


「まぁ、文献だけで学ぶと地理範囲までは難しいよね。古代は河川や山を領域の区切りにすることが多かったし境界線は曖昧なことが多いよ。国の移り変わりも激しかったりするし」

ぐずぐず鼻を鳴らしながらも、先ほどよりは落ちついた様子で続ける。

「だから古代って中等教育くらいまでだと『国』じゃなくて『文明』としてまとめて教えられることも多いでしょ」

「確かにそうですね」

「でもセオンは本当に特殊だからどの文明にも属さない。歴史学上でもかなり特異な存在だよ」

そう言ってリサ先生は荷物から白紙の紙束を取り出す。調査用の記録用紙だろう。流石に石版は重かったようだ。そこに手慣れた様子で地図を書き始めた。


「セオンが国と認めづらい理由のひとつに規模の小ささもあるんだ。実際には30くらいの村の集合体に近いね」

地図の上に小さな点を書いていき、それを大きな丸で囲う。

「アルド君はセオンの誕生理由って知ってる?」

「4種族間の戦争がきっかけだと……」

リサ先生が頷くので、あれから自分なりに調べたセオンのことについて語っていく。

「ヒューム、獣人、ドワーフ、エルフ。これらの4つが互いに争うなかで、争うよりは手を取り合うことを良しとした、と書かれていました」

「そうだね。もっと厳密に言うと当時の戦争って長距離移動が難しかったから、どうしても境界線付近での徴兵が今よりも多かったみたい。国同士の対立は続いたけど、それで疲弊した村同士が母国からの動員を退けるために合力した、というのが有力な説だね」

描かれた円に大して矢印が向かい、対抗するように☓印がつけられていく。これは動員の圧力にセオンが抵抗していることを表しているのだろう。


字は壊滅的に汚いけど、絵はそこまで酷くないんだな、とアルドは失礼な感想を持つ。


「それで必要に迫られて生まれた利益集団、と思っていたんだけど、ゼンメル先生が最新の研究で戦争以前から他種族間での交流があった証拠を発表したの! もうその論文は読んだ?」

「はい。ヒュームの領域からエルフ圏の素材が見つかった、と。略奪したものではないみたいですね」

「そうだね。しかもドワーフの技術も使われているらしい、って書いてあった。可能なら実物を見せてもらいたいね!」

先ほどの号泣はどこへやら、リサ先生は子供のように目を輝かせている。


「セオン設立前から交流があったことって、そこまで重要なんですか?」

論文を読みながら疑問に思ったことだ。

「大事だよ! 戦いのための共同戦線というだけじゃなくて、経済的な結びつきもあったってだけで、組織はより複雑なものになる! 当時は敵国同士だった訳だから、村々が支配者の意図を無視する傾向が独立前からあったことの証拠にもなるし!」

リサ先生の口調がどんどん早くなっていく。鼻息も荒い。

「そうなれば脅威がなくなってもセオンが継続した理由にもなる! 動員しない、と母国が約束したら解散してしまう以上の利益があったってことでしょ!?」


「先生。落ちついて!」

アルドはどうどう、と先生を宥める。まるで幌馬車内に二人しかいないような大声になっていく。


「し、失礼しました……」

リサ先生は自分の興奮に気がつくと、恥ずかしそうに車内へ頭を下げた。


「それでね。セオン内部の結びつきが想定以上に強いとするなら、より社会的な組織だったってことになるの。でも、今度は経済的なつながりが強固だったのなら、より紛争は発生しやすかったと予測できちゃうんだけど……」

先生は声を小さくして話を続ける。


セオンが国として認められるには裁判の記録など、制定された法律が実行力を持っていたことの証明が必要だ。だが紛争の痕跡は見つかっていない。


「先生は、セオンを国だと思っているんですよね?」

あの時、執務室でリサ先生は『国をつくろう』と言っていた。つまり、先生はセオンを国だと定義できる理由があると考えているのだろう。


「そうだね。でも多分、アルド君が考えるような理由からじゃないけど」

え、とアルドから声が漏れる。アルドはてっきり裁判記録の存在などを予測しているのだと思っていた。そういうことではないのだろうか。


「私はあの時代に多種族の集団があった、ってことが信じられないの。色々な種族社会を見てきたからね。現代の感覚でいると実感がないだろうけど、古代人にとって異種族って獣と変わらない存在だよ」

発言に気分を悪くする同乗者がいるかもしれないからか、他の人の耳に入らないようリサ先生はアルドの耳元でささやく。吐息がくすぐったい。


「アルド君は、馬と契約しようと思う? 馬の法律に従おうと思う?」

そう言ってリザ先生は元の位置に戻り、にんまりと楽しそうに笑う。生徒を考えさせようと疑問を投げかけたときの笑みだ。


「思いませんね」

「でしょ? だから私は別の理由だと推測してるの。今回はその調査」

「別の理由って?」

そう尋ねると、リサ先生は少し不満な表情を浮かべる。


「答えだけをすぐに求めちゃ駄目だよ。よく考えて。時間はたっぷりあるんだから」

そう言って理由を告げようとはしなかった。


アルドは小さくため息を吐く。

夏季休暇という名前の野外授業がこの先も続いていく予感がした。

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