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授業

リサ先生の字はひどく汚い。

だから少しでも講義を聞き逃してしまうと板書を読解するのに時間がかかってしまい、結局、進行中の講義からさらに離されてしまう。授業についていこうと思ったら、リサ先生の話に集中するしかないのだ。


これは天然でやっているのか、意図的にやっているのか。

アルドは前者だと思っている。


「セオンを知っていますか?」

先生は教室に尋ねる。とても綺麗な声だ。そして先生自身も美人だ。赤く長い髪が窓からの光に照らされて夕焼けのようになっている。なのに字は汚い。


「古代に存在した『奇跡の国』ですよね」

しばらく誰も返事をしなかったので仕方なくアルドは発言する。恐らく他の生徒は尻込みをしたのではなく、本当に分からなかったのだろう。リサ先生は人気がある、覚えを良くしたい生徒は少なくないはずだ。


「そのとおりです。よく知っていましたね」

アルドの発言に先生はにんまりとする。嬉しかったのだろう。


セオンは歴史学にはあまり登場しない国だ。一代で栄え、一代で衰退した集合国家。一人の英雄が多種多様な種族をまとめあげ、そして英雄が去ったのちに分裂。世界に登場した期間があまりにも短すぎるため、歴史の試験で出ることは、まずない。同じようなことをリサ先生も語る。


「でも、試験で出ないからといって歴史での重要性が軽い、などということはありません。確かにすぐに分裂しましたが、そのセオンから分裂し、生まれたいくつもの流れが新しい国を生み出しました」

リサ先生が板書をする。読みにくい字で。きっとあれはセオンから生まれたいくつかの国名だろう。2か国までは読める。というか推測できる。


「歴史を学ぶというのは、人々の失敗と成功を学ぶことでもあります」

リサ先生は板書を止め、教室に向き直る。


「セオンの存在は、多種多様な種族であっても一つになることが可能だと教えてくれました。そして同時に、それを保つことがどれだけ困難かも」

先生の表情は真剣だった。だが、突然授業終了を知らせる鐘の音がする。途端にシリアスだった雰囲気が一瞬で崩れた。


「え、嘘。もう終わり!? 予定の半分しか進んでない!」

不穏な言葉を口にしてリサ先生は慌てて板書を消し始めた。生徒から、あぁ、という声が聞こえた。どうせ読めないから諦めなさい。アルドは心の中でそう呟く。


「じゃ、じゃあ、次の授業は駆け足で進んでいくので。あ、あとアルド君、昼休みに私のところに来てね」

資料を片付けて急いで教室を後にしようとした先生だったが、思い出したかのように出口の前でアルドに声をかけた。アルドは一部の男性生徒の嫉妬のような視線を感じながら立ち上がり、わかりました、と返事をする。

それを確認するとリサ先生は笑顔を浮かべて手をひらひらして教室から姿を消す。


アルドは、はぁ、とため息をついて席に戻った。

「アルドは気に入られてるよな」

隣席のヘンリックが不満そうにこぼす。コツコツと叩く彼の石版は真っ白なままだ。

「ヘンリックも勉強すれば良いんだよ」

いつものようにアルドは自分の石版を彼に渡した。石版には授業の内容が書かれている。とはいえ完璧なものではなく、読み取れたいくつかの内容が書かれているだけだ。


「あざっす! でも、俺は外務の方に行くつもりだから」

ヘンリックはアルドの石版を受け取ると自分の石版とくっつける。アルドの書いた文字が彼の石版に複写された。


「お前くらい頭が良かったら内務も考えるけど、やっぱり体を動かす方が性に合ってるしな」

「外務でも勉強は必要でしょ。ヘンリックのお父上みたいに」

ヘンリックの父親は軍の参謀だ。高等試験を突破しないとつけない地位のはずである。

「それは弟が頑張ってくれる」

ヘンリックは明るく笑う。彼によると弟は相当に優秀らしい。

「俺は開拓支援がしたいんだ」

「何回も聞いたよ」

アルドはヘンリックから石版を受取りながら答える。


開拓支援。言うなれば冒険者たちの支援だ。

対外的な戦争が長らく発生していないこの国では、軍の業務は国内に向けてのものがほとんどだ。その中でも若者に人気があるのが開拓支援。


様々な場所を進む冒険者たちを組織的に支援するための部隊。冒険者ほど危険はないが、刺激的な業務。そして軍からの給与も保証されている。そして一流の冒険者たちは若者にとっての憧れだ。彼らのようにはなれずとも、憧れの彼らの近くで仕事ができる。人気も倍率も高い部隊である。


「実技だけが選考基準じゃないって聞いてるけど、大丈夫なの?」

「いや、別に俺は頭悪い訳じゃないぞ」

ヘンリックは少し嫌そうな表情をする。

「知ってるよ。でも勉強は嫌いだろ」

アルドが指摘すると、むぅ、と唸った。

「必要な分は流石にするよ」


それこそリサ先生が言ったような試験のための勉強だ。アルドは苦笑する。

「それじゃ、リサ先生のお気に入りにはなれないね」

「この野郎!」

ヘンリックがアルドの脇腹をくすぐる。

「おい! やめろ! 石版が割れる!」

そう言うとヘンリックの手がピタリと止まる。彼にとってもアルドの石版は重要なアイテムだ。


「はぁ、いいなぁ。俺も先生に呼ばれて二人っきりになりてぇ」

「いや、研究室だからな。他の研究生もいるよ」

「だいたい、なんで呼ばれるだよ。前にも呼び出されただろ」

アルドのツッコミは無視してヘンリックが尋ねる。少し周りが聞き耳を立てている気配も感じたのでアルドは少し大きめの声で答えることにした。


「多分、さっきの発言の補足でしょ。前はジョックストン2世の回答したときに、彼を魔法使いって僕は言ったけど、実は錬金術師でもあって……みたいな解説をされた」

「他にも授業中に回答した奴はいるだろ」

ヘンリックがそう言うと、うんうん、というような周りの声が聞こえてきそうだった。アルドは少し困りながら説明を続ける。

「ほら、僕は、皆が答えられない時だけ回答するから」

「生意気な発言!!」

「最後まで聞けよ。授業の本題とズレたところだから、わざわざ授業中に補足できないんだって。でも、あの先生だから……」

「補足せずにはいられない、と」

授業が常に脱線してはいくリサ先生を思い浮かべてヘンリックも納得したように頷く。細かい部分まで拾っていては際限がなくなる。でも放置もしたくない。そんな絶妙な部分をアルドが受け持つ場面が多いのだ。


「じゃあ俺は一生、先生と二人っきりになれないんだ!」

ヘンリックが絶望したふりをして机に突っ伏す。

「だから研究室だって言ってるだろ!」

「わからんぞ! 先生の執務室に呼ばれて、生徒と教師の禁断のっ……!」

「もう相手しないよ」

妄想が加速するヘンリックを放置してため息をつく。周りも納得してくれたのか、それとも暴走するヘンリックを見て逆に落ちついたのか、こちらを伺う視線はなくなった。


リサ先生は確かに人気の教師だ。女性教師は他にもいるのだが、全員が学者肌でどこか隙がない。先生のように愛嬌のある人というのは少ないと思う。生徒に慕われやすいのも頷ける。


だが、その分どこか子供らしいところがあり、あの先生と色っぽい雰囲気になることは、アルドには全く想像つかなかった。


そう。天地神明に誓って、一切想像していなかったのだ。


だからこそアルドは大混乱している。


昼休みにあのリサ先生が頬を赤く染め、息を激しくし、アルドに迫ってくる。

しかも研究生がいる研究室でなく、先生の執務室でだ。


ヘンリックの想像した通り二人っきりだ。


「アルド君……」

「あ、あの……、先生?」


高揚した様子で、リサ先生が近づいてくる。


そして、妄想たくましいヘンリックさえ想像していなかっただろう言葉を口にした。


「私と一緒に国を作りましょう!」

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