春の章 合縁奇縁 8
ラッキーワードは“会いたい人に会える”
さくらと三世が出会う直前のエピソード。
午前8時30分
さくらは札幌市内の実家に来ていた。
「お母さん突然来てごめんね。今日何か用事あった?」
「さくら、この前送ったメール見てないの?お母さん今日から絵画サークルの仲間たちと温泉旅行よ。9時に会館で待ち合わせだから、もう出かけないと」
「あっ…ごめん。見てなかったかも」
そういえばメール来てたかも…。
開いたかどうかも疲れててうろ覚え。
ちょっと話聞いて欲しかったけど…今日は諦めるか。
久々の母の手料理も期待していたのに、残念。
本当に今日の1位は牡羊座?
会いたい人は母ではなかったということか…。
「リュックなんて持ってきて、どこか行くの?」
「今日は朝から天気もいいし気分転換に森林浴&滝でも見てマイナスイオンをいっぱい浴びようかなぁと思って」
「気分転換?もしかして仕事忙しいの?ストレス溜まってるの?」
母が心配そうな表情でさくらを見る。
「仕事は忙しいけど楽しいし大丈夫。ちゃんと熟せてるし。頭の中いっぱいいっぱいだから本当に気分転換したかっただけだから」
明らかに口角だけがあがってる。
作り笑顔だってばれそう。
思わず母から顔を逸らす。
本当の事言うと今回の特別展の仕事は思ってたより大変。扱うものが国宝や重要文化財ばかりだし、その美術工芸品について勉強することもいっぱいあって、コツコツとストレスをため込んでいる気がする。
日本史苦手だったんだよね…。平安時代長すぎ!
そして、昨日の事故にあったと思われる在原主査と連絡が取れないのもすごく気になっている。
「さくら、この前の回覧板で熊の目撃情報が載ってたから、気を付けてね。昔から滝の上は熊の通り道だからね」
「目撃なんてここら辺じゃ毎年あるあるだよ。お母さんも気を付けて行ってらっしゃい。ほら、遅れるよ」
「ごめんね。じゃあ行ってくるわ」
「楽しんできてね。あっ、お土産よろしく」
「そうそう冷凍庫にご飯あるから豚丼の具と一緒にチンして食べてね」
「わかった」
「冷凍ごはん持ってっていいからね。まとめて炊いて小分けにしてあるから」
「ありがと」
期待していた母の手料理からかなり遠のいてしまった。
「今度こそ行ってきます」
母が慌ただしく家を出る。
「はぁ…相変わらずだな。忙しないのは昔からだけど」
時々会話のスピードについていけないこともある。
もっと頭の中でまとめてから話してほしいんだけど。
「絶対私は母に似てないと思う」
さくらは持ってきたリュックの中身を改めて確認する。
アウトドアでも普段でも使えるようにチョイスしたディパック。
ジッパー付ポケットやスリーブポケットあり、収納が充実してとても使いやすい。
多少奮発しただけはある。
「水筒、モバイルバッテリー、飴、タオル、レインウェア…。あっ、クマよけの鈴忘れた…」
一瞬体が硬直する。
「大丈夫。そんな簡単に遭遇するわけないって」
一人考え込む。
「一応唐辛子持って行こう。確か調味料はキッチンラックに全部そろっていたはず」
胡椒、コンソメ、ほんだし、塩、砂糖…唐辛子はどこだ?
「あった。けど期限切れてる…」
不安要素はあるが、さくらはリュックを背負って実家を出る。
鍵を閉めたか再確認。
「滝の入口までサイクリングロードを歩いて行くか」
午前8時45分
「あ──っ!!」
王生家に宝の叫ぶ声が響き渡る。
「やられた…」
王生家の共有マイカーが車庫から消えていた。
「朝食の時 大耶がドライブ行くって言ってたの聞いてなかったのかよ。まだ時差ぼけしてんじゃねーの?」
三世は白のハイエースに熊追いに使う猟銃を丁度積み込みしているところだった。
「荷物あるのに、どうすんのよ!」
足元には何故かキャリーケースが置いてあった。
「ほぼペーパーなんだから、新車傷つけたら大耶怒るぞ」
宝が凄い剣幕で三世を見る。
「俺は無理っすよ。9時に待ち合わせなんで。じゃっ行ってきます」
宝に捕まる予感がしてそそくさと車に乗り出発する。
「三世!!ちょい待ち!」
蛇革のピンヒールで石を蹴り飛ばすが、
三世の車に当たる事はなく、無残に道路に転がる。
「大耶に三世め…慈悲というもんがないんかい!」
1.2.3.4.5.6。収まれ…静まれ…。
心の中でゆっくり数える。
「仕方ない。バスで行くか。こんなとこまでタクシー呼ぶのも悪いし」
宝は渋々王生家から徒歩5分ほどのバス停へと向かう。
「郊外に居を構えているとはいえ徒歩圏内にバス停があるのはありがたいわ。やっぱすぐそこに登山道や滝があるからかな…」
読んでいただきありがとうございます。
次は三世の猟友会でのお仕事を少し書きます。そしてこの仕事の最中に前書きにあった
ラッキーワードと結びつけようかなぁと思っています。
今日は珍しく土曜日に更新。
プロ野球日ハム戦気にしながら書きました。




