春の章 多生之縁 4
三世は無事に移動動物病院の診察を終える。
そこにさくらが差し入れを持って訪れる。
二人の仲睦まじい姿を見て増長はさくらと三世の関係に一つの疑問を抱く。
登場人物紹介
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。
10年前、とある島で三世の意識を支配してからは王生家で生活している。
職業は獣医師。車で診察を行う移動動物病院を経営している。
烏丸 さくら
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。
偶然のいたずらなのか三世と会う機会が増え、その度に心惹かれていく。
増長 勝
以前は小笠原諸島の小さな島で動物病院を経営していたが、現在はS市で個人動物病院を開院している。
彼の正体は現在に目覚めた増長天である。
10年前、三世は増長の動物病院に勤務していた経緯がある。
クリスさん
王生家で飼っている毛色の白いアイヌ犬。
ベアドッグ、セラピードッグ、レスキュードッグ、医療アラート犬。
王生 宝
剣と前妻の子供。現在に目覚めた軍荼利明王。143年前は男性として現れるが、現在は女性として現れる。職場は脳神経外科医(脳神経内科兼務)。
名医で海外に派遣されることも多い。性格はかなり奔放。三世とは馬が合わない。
王生 大耶
愛の連れ子。現在に目覚めた金剛夜叉明王。職業は刑事。職業柄常に沈着冷静。無表情。趣味は料理。
時刻は15時を少し過ぎたところ。
増長が手伝いに来てくれたこともあり、三世は来院した全ての患者さんたちを診察時間内に診ることができた。
「増長先生、お疲れ様です」
「お疲れさん。看板片付けちゃうぞ」
「お願いします」
増長が出していた病院の看板を片付けようとした時だった。
「ん!?」
──背後に人の気配。
「すいません。本日の診察は終了しました」
振り向くとそこには一人の女性が立っていた。
ペットらしき動物は連れていないようだが…。一応聞いてみるか。
「診察ですか?」
車内で備品を片付けていた三世が車から降りてくる。
「誰か来たの?」
そこに立っていたのはさくらだった。
「さくら?」
「三世さん、お疲れ様です。これ、差し入れです」
手にはシンプルなデザインの紙袋を持っていた。
「三世の知り合い?」
「あ──、うーん…そ、そう」
何て言ったらいいんだ?
「あの…こちらの方は?」
さくらの視線が増長に移る。
「俺が昔お世話になってた動物病院の増長先生。今も時々検査とかお願いしてる」
昔?って今28ですよね?またまたそれいつの時代の話ですか?
「初めまして。烏丸さくらと申します」
そうよ!感覚の問題かもしれないし、あまり気にしない気にしない。
だって、いつ見ても三世さんってカッコいい…と思うし…。
ふと三世を見る。
「三世、彼女いたんだ。お前さっき恥ずかしくて濁しただろう」
ぐっ…。上手く言い返せない
「せ、先生!本人の前で…そ、そのいきなり彼女って言うのは…」
図星をつかれたような三世の反応を見て念を押す。
「違うの?」
「あ、あの…三世さんにケガしてたところを助けてもらったのがご縁で、仕事の面とか…その…色々お世話になってます」
さくらがフォローする。
「ご縁ね……」
増長が三世の様子を窺う。
ほー。三世が照れてる。珍しいこともあるもんだ。
──烏丸さくらさんか…。
どこか聞き覚えのある名前だな。
「車、元通りになってよかったな」
「はい。今日は送ってもらって助かりました」
「なるほど。それで少し遅れたんだ。理由くらい言ってくれてもいいのに」
──相変わらず他人行儀だな。
「さ、差し入れって?何?」
三世が話題を変える。
「この前はケーキだったんで和菓子にしました」
「この前?お前らそんなに頻繁に会っているのか?」
増長の声が段々と大きくなる。
「週一くらいかな?」
「はぁ!?」
それって交際してるってことじゃないの?増長の素朴な疑問。
……若い世代はよくわからん。俺、既にアラカンだし。
でもまぁ三世が奥手なのはわかる。
それはお前が普通の人間じゃないからだ。
三世は10年前から年を取っていない。少し羨ましいが姿は当時のままだ。
外見は人間で三世の姿、内面は降三世明王の意識。
──内面?今ここにいる三世って…恋をしてるのか?
さくらが紙袋の中からドームの形をした小さな容器を一つ手に取る。
「蒸しパンを半分に割った中に丸めた餡が入ってるんです可愛いでしょ?」
「食べるのもったいないな」
蒸しパンは一つ一つ丁寧に透明な容器に入って餡の種類が手書きのシールで貼ってあった。
「俺、粒あんバター。先生これチャレンジしてみてよ。水色のラムネ餡」
三世が右手で紙袋から自分が選んだ蒸しパンを取り出す。
「おっ、十勝産の小豆じゃん」
増長はその一瞬の動作を見逃さず三世の右手に注目する。
五芒星の痣は出ていない。
一体どういう事だ?
まさか恋愛の感情を抱いているのは三世の姿をした降三世明王の方だというのか?
──あり得ない。
「……」
「はい、先生」
さくらがラムネ餡入りの蒸しパンを増長に手渡す。
「ありがとう。早速いただきます」
増長は蓋を取り不安気にゆっくりと口に持って行く。
三世とさくらが興味津々で増長の反応を待つ。
「先生どうですか?」
さくらがドキドキして尋ねる。
「うん。うまい!さくらちゃんナイスセンスだね」
「ちゃん付けかよ…」
三世はあきれ顔で蒸しパンを一口食べる。
「うん。美味しい。バターは豊富町のを使ってるんだ」
十勝産の粒あんに北海道産バターを溶かしこんだ最高の組み合わせに思わず破顔一笑。
「よかったぁ」
さくらは自分で手に取った うぐいす餡入りの蒸しパンをいただく。
「鶯。春告鳥ですね」
「実際のウグイスは緑がかった茶色だけどね。今時期は毎朝家の外から聞こえてくるよ」
「ホーホケキョですよね?」
「実は季節によって鳴き方が違うんだ。秋から冬にかけては「チャッチャッチャッ」って鳴くんだ」
「聞いたことないかも」
「小さな鳴き声だからな。因みにホーホケキョは雄が雌を呼び込むために発しているんだ」
「雄だけなんですね」
俺の入る余地なし。二人の世界……。傍から見ると恋人同士にしか見えないんだけど。
降三世明王がさくらちゃんを引き寄せたのか?
本人もわかっていると思うが、10年前体を手に入れ意識を支配し
現在に姿を現したのは目的あってのことだ。
我々が居たあの島では未だに異変が続いているという。
火山活動の影響だとは思うが、変色海水に硫黄の臭い…。
一番気になるのは地磁気の異常。強力な何かが磁場を狂わしてる。
「さくらちゃん、もう一個もらってもいいかな」
彼女には笑顔で接しよう。
あれから143年……。降三世明王が彼女を悲しませることのないよう切に願う。
「じゃあ玉露なんてどうですか?」
「いいねぇ」
心配なのは三世の体だ。いつまで耐えることができるのだろうか…。
「また、ちゃん付けかよ…」
時刻は18時を少し過ぎていた。
大耶と宝が一緒に帰宅。
お互いの職場が近いのでペーパードライバーの宝を大耶が送迎している。
「ただいまー。あー今日も疲れたぁ」
家の中から返事がない。
「あれ?父さんは?」
「宝、今日スマホ見てないんですか?」
「忙しくて全然見てない」
「やれやれ…」
大耶が自分のスマホを見せる。
「『急な用事で1週間ほど家を空ける』とのことです」
出張とは言ってないから仕事とは関係なさそう。清隆の件といい、一体父さんは何を調べてるの?
「どうしよう…。「剣さんに」って清隆にお土産持たされたんだけど」
シンプルな紙袋の中には赤い包装紙に包まれた箱が入っていた。
「中身は何ですか?」
「えびせんべい」
「日持ちしますから大丈夫です。玄関なら涼しいので帰って来るまで置いておきましょう」
清隆の実家って京都ですよね?何で えびせんべいなんでしょうか?
個人的には阿闍梨餅が良かったんですが…。
粒餡が入っているから宝も大好きなのに……。
「ただいま」
三世が帰ってきた。
「おかえり。遅かったですね」
「ちょっと話し込んじゃって」
玄関で三人が居合わせているのに宝は何故か無言。
「まだ三世と喧嘩中なんですか?平穏な日々は続きませんね」
大耶が二人の対応に迷う。
「三世のせいで在原に首絞められたのよ!扼殺されるかと思ったんだから!」
「もうその話は嫌というほど聞きました…」
大耶があからさまに嫌気がさした顔をする。
「まだ首に痕残ってない?ほら、ここ」
「はぁ……見せて下さい」
大耶は痕が自分に見えるように宝の頬を手で押し、向こうを向かせる。
向いた先には三世が超不機嫌そうに立っていた。
「何イチャイチャしてんの?おかえりなさいくらい言えよ」
クリスさんが三世の後ろで硬直していた。
「言った。心の中で。聞こえなかった?」
大耶とクリスさんが同時に大きなため息をつく。
「宝、おすそ分け」
「何よ」
「さくらから。差し入れの蒸しパン」
「さくらさんから?」
三世が紙袋からひとつ取り出す。
宝が横目で取り出した蒸しパンを見る。
ケースに貼られた手書きのシールには
“こしあんバター”
「三世…ありがと」
「疲れた時は甘いもの」
大耶とクリスさんが同時に胸をなでおろす。
「喧嘩は?」
大耶の問いに宝はあっさりと答える。
「してない、してない。無視してただけ」
「……」
「大耶、ほうじ茶の餡でいい?」
「あぁ。さくらさんのセンスって渋いんですね…」
「そう?ほうじ茶には抗酸化作用があるのよ。美容、美肌にいいんだから。食べないなら私がもらうよ」
「いえ。いただきます」
三世が靴箱の上に置かれた似たような紙袋を見つける。
「こっちの紙袋は?」
「清隆から剣さんへのお土産だそうです」
「そういえば清隆、来週から週2で出向なんだって。何か大変そう」
「へぇー。市内?」
宝と三世の会話は通常に戻っていた。
「ううん。T市の総合病院。ほら、例の三世のそっくりさんがいる病院」
「!?」
大耶は冷静だった。
先日チラッと宝が三世と話していた人物か?タイミングが良すぎるな…。もしかして剣さんが?
クリスさんが三世をじっと見つめている。
「クリスさん、どうした?」
「何かを感知したんですか?」
大耶が心配そうに三世を見る。
「不吉なこと言うなよ」
「精神的不調……。さくらさんの事で頭いっぱいだからさ」
「は?」
「さくら、さくら、やよいの空は…」
「宝、そっちは古い方です」
大耶が無表情で指摘する。
「間違えた。さくら、さくら野山も里も…」
「宝って音痴だったんだ…」
「三世、何か言った?」
「いや。音の感覚が鈍いんじゃない?」
──三世と同じ条件を満たす人間が現在でもう一人存在する?
似ているのは顔だけか?星の痣、名前には「世」が入っているのか?
まさか降三世明王が意識を支配する人物を間違えたってことはないよな…。
「はぁ!?大脳の先天的音楽機能不全とでも?」
「言ってないよ!!」
それよりも喧嘩の兆候が…。
平穏な日々はいつ来るんだ?こっちが気を遣って逆に疲れる…。
「二人共、早く着替えて来てください!すぐ夕飯の支度しますから」
「はーい」
「はーい」
「こういう時だけ揃わなくていいです!」
今日は疲れたからパスタにしよう。茹でてソースを温めるだけでいいし。
冷蔵庫に豊富町産のチーズがあったから三世にグレーターで削ってもらいますか。
読んでいただきありがとうございます。
お手頃価格で買えるチーズ蒸しパンが大好きです。今日お店で買いました。
北海道の会社さんが考案したはずです。
工場も北海道にあります。
春になると毎朝スズメの鳴き声で目が覚める。我が家はスズメが春告鳥…。
そして秋まで鳴き続ける。冬まで6時前に起きてしまうのが日常になる辛い日々。




