春の章 多生之縁 3
さくらは修理に出していた車ができたので、
たまたま修理工場近くで移動動物病院を開設する三世に送迎してもらっていた。
三世は診察が少し遅れるので10年前迄小笠原諸島のある島でお世話になり、現在はS市に動物病院を開院している増長に病院の手伝いを依頼する。
登場人物紹介
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。
10年前、とある島で三世の意識を支配してからは王生家で生活している。
職業は獣医師。移動動物病院を経営している。
烏丸 さくら
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。
苗字の読み方は「からすま」。
藤原 后恵
さくらと同じM.C.H.の学芸員。以前は奈良国立博物館に勤務。剣とは面識がある。
酒豪。
増長 勝
以前は小笠原諸島の小さな島で動物病院を経営していたが、現在はS市で個人動物病院を開院している。
クリスさん
王生家で飼っている毛色の白いアイヌ犬。
ベアドッグ、セラピードッグ、レスキュードッグ。
倉橋 清隆
現在に目覚めた制多迦童子。陰陽師、安倍晴明の血筋。それ故に式神を操れる。
宝と同じ病院に小児科医として勤務している。
折り紙が得意。
野原 南海
天野病院の看護師。宝から絶大な信頼を受けている。
M.C.H.で開催されている特別展の前期展示も中盤に差し掛かり職員たちも少し落ち着いてきた。
時計の表示が17:29から17:30に変わり退社の時間になる。
さくらは忘れ物がないか鞄の中を確認していた。
ワイヤレスイヤホン、ハンドクリーム、目薬…。
そこには剣から授かった桜色の御守りもちゃんと入っていた。
「主査、今日もお休みでしたね。藤原先輩、何か聞いてますか?」
「私も聞いてないのよね。もしかして先日の検査結果が良くなかったのかしら」
列車事故の後遺症?
そう言えば最近、館長が大声で呼んでるのに気が付かない時が結構あったかも…。
最終的には館長に肩を叩かれて気が付いた感じだったし。
それに色付きの眼鏡をずっと掛けたままだったから、きっと傷跡を気にしていたんだと思う。
少し心配…。
「私、明日お休みしても大丈夫ですか?」
「明日は休館日で職員も半分しか出て来ないから大丈夫よ。館長も一週間くらい出張でいないみたいだし、ゆっくり休んで」
「はい。ありがとうございます」
この時、藤原の女の直感が働く。
「明日は彼氏とデートでもするの?」
「何でそうなるんですか?そもそも彼氏いませんから!明日は修理に出していた車を取りに行くだけです」
微妙だな…。いやいやいや。修理工場まで送ってもらうだけ。
お礼の食事の約束って、デートの約束になるのかな?しかも2回。
一度だけ部屋に案内したけど、ケーキ食べただけだし。
──食べただけ…だったよね?
「そう?王生さんの息子さんといい感じだったけどなぁ」
嬉しさが溢れているさくらの顔を見て水を差す。
「もう…藤原先輩ったら。何で彼氏まで特定してるんですか!」
「ごめん、ごめん。私も早く帰って宅飲み♪宅飲み♪」
「一人でですか?」
「あの貴重な日本酒は絶対誰にも飲ませません!」
「藤原先輩、感服いたしました」
S市内 四王天動物病院
診療時間午前9:00~11:30、午後14:00~17:30
休診日 毎週水曜日、日曜日、祝日
木のぬくもりを感じる院内。
待合室も広々として飼い主さんとペットがリラックスできる空間に設計されている。
その待合室からは診察室が見えるようにガラス張りのオープンな造りになっていた。
「さてと、明日は休診だし、大事にとっておいた海底熟成ラムを飲もうかな」
診療を終えた獣医師が両腕を頭の上で組み目一杯真上に伸ばす。
──コキッ、コキッ。
「今日はロックでいこう」
デスクにあるパソコンのディスプレイにはカツオドリのダイブ映像が流れていた。
今、正に垂直ダイビングの瞬間!と同時に
白衣の胸ポケットの中のスマホが振動する。
「ん?このタイミングで電話をしてくるのはただ一人…」
彼にはどうやら電話の相手がわかるようだ。
どうする?出るか?出ないか?
まだ振動している。
「……」
諦めてポケットからスマホを取り出す。
ネックストラップには犬の足跡と"M.Masunaga"と印刷されていた。
「もしもし」
「増長先生お疲れ様です。三世です。今電話大丈夫ですか?」
「丁度最後の診察を終えたところだ。大丈夫だよ」
俺って昔から三世に優しいよなぁ…。
「この前は細菌検査ありがとうございます」
「気にするなよ」
三世は以前、増長にオカメインコのチェリーちゃんの細菌検査を依頼していた。
「先生、明日って休診日ですよね?」
休診日前夜の火曜。しかも診療時間終了後を狙ってかかってくる三世からの電話。この後の展開は既にわかっている。
明日水曜日は西町のコミュニティーセンター駐車場で三世が移動動物病院を開設する日だ。
「またHELP?」
「すいません」
「移動動物病院、忙しそうだな」
「お陰様で」
お前目当てのマダムとギャルで大盛況な地区だもんな…。何か言い方がオジサン臭いな……。まぁあと少しで60になるし仕方ないか…。
「場所はいつものコミュニティーセンターでいいんだな?」
「はい。俺、少し遅れるんで先生には先に受付を終わらせておいて欲しいんです」
「わかった」
「初診票メールで送っておきます。コピーして持ってきてもらっていいですか」
「OK」
「ありがとうございます」
通話を終了する。
「酒はお預けだな。度数高いしロックじゃ二日酔いになってしまう」
パソコンディスプレイにはカツオドリが採餌に成功し満足気に小魚を食べている映像。
「つまみのアーモンド小魚だけは食べたいな」
増長がパソコンの受信メールを確認する。
「おっ、もう来てる。今日はレモンサイダーで我慢するか」
──翌日。
さくらが修理を終えたマイカーを取りに行く日でもあり、
待ちに待った三世に会える日でもある。
三世は約束した9時30分にさくらのマンションに到着。
車から降りて周囲を隈なく確認する。
今日は式神らしき物の気配を感じない。在原も流石に諦めたのか?
「今日は雲一つ無い、いい天気だ」
さくらのスマホにラインが届く。
『今、着いた。正面玄関』
「来たっ」
さくらは待ちきれず10分前からエントランスで待機していた。
十秒も経たずして外扉が開き、さくらが玄関から出てくる。
「早っ」
今日の私服もカーゴパンツにトレーナーか…
お洒落な店でのランチは厳しいな…。
「お待たせしました。今日はよろしくお願いします」
「今日も」
「はははは…。すいません」
冷たい一言も笑って受け流せるようになってしまった。
三世が助手席のドアを開ける。
「少し高いから足元気を付けて」
「はい」
そして優しい時は素直に受け止める。
助手席に座りシートベルトを引っ張る。
「あっ、クリスさんもいるんですね。こんにちは」
後ろにはゲージで寝ているクリスさんがいた。
クリスさんが目を開けてコクッと挨拶する。
「ふふ」
さくらがシートベルトをバックルに差し込む。
三世が装着を音で確認し話かける。
「西町の南にある修理工場だったよな」
「はい。国道沿いの。こっちから行ったら右側ですね」
そこ路線バス走ってるけど…。まいっか。受付は増長先生にお願いしてあるし。
「よかったな直って」
「お気に入りの車なんで長く乗りたいんです」
「そっか」
もう烏は落ちることはないと思うけど…。
「出るぞ」
三世はウィンカーを出し車を発車させる。
修理工場はさくらのマンションから車で15分もかからない距離にあった。
初対面の時の車内は静まり返っていたが、今はたった15分間でも会話が弾んで止まない。
「三世さん。お食事の日を決めたいので、後で休みの日教えてもらっていいですか?」
「あぁ、わかった」
どんなお店がいいかなぁ。
男の人って何食べるんだろう?やっぱりガッツリ系?かつ丼?ハンバーグ?食べ放題?
「約束しただろ?ミルクティー飲めるカフェ探しておくよ」
「は、はい。楽しみにしています」
そうだった…。三世さんには私の思っていることがわかってしまうんだった。
本当は直に私の声を聞いて欲しいな。
「俺…」
「?」
「寿司…食べれないから」
「はい?」
「昔食あたりしてからダメなんだ」
さくら思わずクスッと笑う。
また昔ね…食あたり?小学生くらいのころかな?
「じゃあ2回目のランチは私が決めますね。回転すし以外で」
「頼んだ」
車は修理工場に到着。
時刻は9時45分。かかった時間は丁度15分。
「ありがとうございました。お仕事頑張ってくださいね」
「あぁ」
ハンドルを握っている右手を気にするが、星の痣、五芒星は現れていなかった。
千世の意識が出て来ない…。
「休みの日忘れずに」
「仕事が終わったらスケジュールを確認してみるよ」
さくらが降車し三世に手を振る。
「さっ、早く仕事終わらせよう」
三世は移動動物病院の会場となっているコミュニティーセンターへ向かう。
──最近千世が反応しなくなってきたような気がする。
この前さくらのマンションに行った時も…俺…何をした?
思わず唇を噛みしめる。
三世は修理工場から三丁離れたコミュニティーセンターに到着。
「増長先生。遅くなりました」
早速借りている駐車スペースに車を駐めて診察の用意を始める。
「大丈夫。初診票は配ってあるから。看板出しておくよ」
何度か手伝わされている増長は要領を得ている。
「すいません」
「圧倒的に女性ばかりだな。羨ましい」
「あのね動物を診るんですよ。飼い主さんじゃありません。ついでに手伝ってくださいよ。今日は早く終わらせたいんで」
「何か急ぎの用事でも?」
「まぁ…ね」
カフェ探さないと…。俺、行ったことなんて一度もないし。
スケジュールも確認して早く連絡したほうがいいかな。
天野病院3階東病棟 ナースステーション
「おはようございます」
倉橋は帰省先の京都から戻ってきて、今日から出勤。
「倉橋先生、おかえりなさい」
入口近くにいた南海が一番先に声をかける。
「はい、お土産です。皆さんで食べてください」
「えびせんべい?実家って京都ですよね?」
南海が疑問ありありの顔で受け取る。
「これはお隣の滋賀県のお土産です。とある人物に頼まれまして…」
「私 京都のわらび餅がよかったなぁ」
「いっぱい数が入っているんで いいチョイスだと思うけど」
流石、お土産センス抜群の宝。
「王生先生、これは剣さんに」
「何で?」
やっぱり父さんに何か頼まれたんだ。そうでなきゃ いきなり京都に帰省なんてしないよね。
「まぁ色々と頼まれまして」
倉橋が早速パソコンの電源を入れる。
「………」
目の前のパソコンの異変に気が付く。
「誰ですか!僕のパソコンに丸い折り紙を張ったの?」
そこには一対の鯱の間にまーるく切り取られた折り紙が貼ってあった。
「これイルカのショーに見えませんか?」
「野原さん。どう見ても鯱でしょう!金ですよ金!」
倉橋がベリっと勢いよくボールと思われる丸い折り紙を剝がす。
「あっ、そうだ倉橋先生。出向辞令でてますよ。直ぐにメール見てください」
「はい?」
「出向先はT市の総合病院です」
「何で急に?」
宝がお土産のえびせんべいの包装を音を立てて破き始める。
「この前の会議でここの先生が出席者にお願いしていたんだよね。小児科の医師が産休に入るから何とかして欲しいって」
──もう少し丁寧に開けれませんか?あーそんなガサツにゴミ箱に入れないで下さいよ。
「王生先生が推したんですか?」
疑い深い目で宝を見る。
「NO!」
もしかして僕にしかできない仕事ってこのこと?って言うか、あれから詳しい事何も教えてもらってないんですけど…。ひょっとして剣さん約束忘れてる?
「その破き方、捨て方…性格が出てますね」
「別にいいじゃん。早速1枚もらうね」
宝が一袋手に取り拳で割る。
「よし。見事に八等分」
砕けたせんべいを一欠片ずつ食べる。
「それにしても流石 剣さん。抜かりなく行動しろという事でしょうか」
「そう?家では結構いい加減だよ」
──宝さんもだと思いますが…。
「まさかぁ」
「大耶とか三世の服着てたり」
「単なる間違いでは?皆さん同じくらいの身長ですし」
「伝説はまだまだあるよ。父さんの出張中に大耶が掃除しようと思って部屋に入ったら、デスクの上に一週間放置されたと思われるカピカピ?カビカビ?のコーヒーカップがあったらしい」
「大耶さんの雷落ちそうですね」
「──その日は自宅上空に暗雲が垂れ込めた…」
宝の小声でゆっくりと鳥肌が立つような声。
「怖っ」
カツオドリ……小笠原諸島ではポピュラーな海鳥。
海底熟成ラム、レモンサイダー…どちらも増長が小笠原にいた時こよなく愛していた一品。
読んでいただきありがとうございます。
今回は少し進展した三世とさくらの関係。
新しい登場人物、増長 勝(春の章 色即是空 7でチラッと出てきています)の紹介。
T市総合病院への伏線を書きました。
四王天動物病院ではありませんが、恐らく幼稚園くらいまで?
かなり前に閉院してますが、四王天内科小児科さんにお世話になっていました。インパクトあるお名前なので記憶に残っています。




