春の章 色即是空 8
三世とさくらはオカメインコの飼い主、内倉宅を訪れる。
内倉宅は貴重な明治時代に建てられた洋風の邸宅だった。
さくらは一枚の絵が目に留まる。
登場人物紹介
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。
10年前、とある島で三世の意識を支配してからは王生家で生活している。職業は獣医師。
佐伯 千世
降三世明王が143年前に体を借りていた人物。
優れた能力を持つ陰陽師。
今もなお降三世明王の意識に影響を与えているようだ。
烏丸 さくら
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。
それ以来三世に少しづつ惹かれていく。
今日は月曜日。
さくらが三世の依頼で鳥の画を描く約束をした日だ。
「詳しいこと聞かなかったけど、何の鳥描くんだろう?」
ペットだったらセキセイインコかな?昔ウズラ飼ってた友達がいたけど、あのすごく複雑な斑模様は流石に描くの難しいかも…。
「一応色鉛筆持って行こう」
画材バックにスケッチブックと72色の色鉛筆を入れる。
三世は車のナビ通りに教えてもらったさくらの自宅マンションに到着。
「ここか。M.C.H.から近いな」
なるほど徒歩通勤圏内だ。
「着いたら連絡っと」
さくらのスマホの音が鳴る。
『着いた』
「よし。丁度用意もできたし。時間もぴったし」
『今行きます』
返信し颯爽と玄関を出る。
三世は車内からマンションを見上げていた。
「10階建てか…さくらは何階に住んでいるんだろう」
数分後さくらがエントランスから出てくる。
三世は車を降り、小さな白い箱を持って出迎える。
「おまたせしました」
「はい。これ」
「何ですか?」
「新作のチーズケーキ」
箱には"パティスリーNishi"のシールが貼ってあった。
──弟さんのお店…ね。
「ありがとうございます」
弟さんに今日の事言ってないよね?また変な誤解を招いてしまいそう。
「ケーキ、冷蔵庫に入れてきます。ちょっと待っててもらっていいですか」
「ああ」
さくらの私服って山登りとあんまし変わらないんだ。
カーゴパンツにトレーナー…。
俺、何を期待してたんだ?
三世は車の外でずっと待っていた。
マンションの上層を眺めつつ空を見る。
積雲…綿あめみたいな雲だ。時が経てば消えてしまうか、豹変して入道雲になるか…。
「お待たせしました」
さくらが戻って来た。
三世が助手席のドアを開ける。
「乗って」
さくらはもう足の痛みを気にすることなく助手席に座る。
──大丈夫そうだな。
三世がほっとして運転席に乗り込む。
車を発進させて間もなく、今回の対象をさくらに伝える。
「今日はオカメインコを描いてほしんだ」
「オカメインコ…ですか?」
ほっぺたがサクランボみたいに赤くて可愛い鳥だよね?
「高齢で26歳のおじいちゃん」
「26歳…。私と同じですね。長生きとは聞いてましたけど」
「30年以上生きることもある」
こっちがおばあちゃんになりそう…。
「今日は薬を届けるついでに飼っているオカメインコを描いてもらおうと思って」
「どうしてですか?」
「飼い主さんも高齢だしオカメインコも高齢」
車が赤信号で止まる。
「多分飼い主さんは近々入院すると思う」
「どこか病気なんですか?」
「足が悪くてずっと車椅子なんだ。多分、変形性膝関節症。色々薬も飲んでいるみたいだし」
何か専門的でよくわかんない。
上手く話を合わそう。
「そうなんですか。流石に病室にインコはダメですよね」
「どこかに預けるにしても環境が変わればストレスが溜まって他の病気にかかりやすくなる」
「合併症ですか?」
「オカメインコは食欲旺盛なんだ。食べ物が変わって肥満になってしまうと脂肪肝になったりとか…」
「人間だとお酒の飲みすぎとかって聞いたことありますけど」
「非アルコール性脂肪性肝疾患の方かな」
「なるほど」
全然わからないけど多分アルコール以外ってことだよね?
「生者必滅。命あるものは必ず死を迎える。最悪の事態も想定しないと」
「……」
分かってる。でも…私は三世さんのように言葉に出せない。
「だからオカメインコの画を持たせようと思って」
「三世さんだって絵上手じゃないですか」
絵が上手なのは千世の方なんだよなぁ。しかも千世が都合よくここで意識が現れても色覚異常でデッサンしか描けないし…。
「そんなことないよ」
うん。今の俺じゃ無理。
車は街中から少し離れた一軒家に到着した。
「ここ…ですか?」
さくらはあまり見慣れない昔風の洋風なお家に感動する。
丸い窓枠とか、門扉もアンティーク調でおしゃれだなぁ。
飼い主さんってどんな人なんだろう。ちょっとドキドキする。
「降りるぞ」
三世は車から降り、さくらと一緒に玄関に向かう。
初めて会った時は一人でスタスタ行っちゃったのに。三世さん少し変わった。
三世がインターホンを押す。
「内倉さんこんにちは。GOアニマルクリニックです。この前の検査結果と抗生剤持ってきました」
門扉が自動で開く。
二人は揃って敷地内に入る。
さくらは入って一歩目でアプローチに感動する。
おしゃれなインターロッキング。
ベージュ系とオレンジ系の色の組み合わせ方がクラシックな感じで配色されてる。
「こんにちは先生」
装飾ガラス入りの玄関ドアが開く。
「今日はアシスタントもいるんですけど、いいですか?」
えっ?アシスタント?私?
「ええ構わないわよ。大歓迎」
この人が飼い主さん。玄関に車椅子用のスロープ設置してる。お客さん来る度に土間に降りるのも大変だもんね。
「初めまして。えっと…アシスタント?の烏丸さくらです」
いつも学芸員って肩書だから言いづらかった…。
「彼女、絵が上手なんでちょっとチェリーちゃんにモデルになってもらおうと思って」
「あら、嬉しい」
三世が自宅とは違い礼儀正しく玄関に上がる。
真っ直ぐ前を向いて靴を脱ぎ淑やかに上がり框に一歩上がる。
靴を揃えて下座へ置く。
「お邪魔します」
さくらも見よう見まねで玄関に上がる。
──何かすごく礼儀正しくなかった?何かお寺とかに入る感じ。
赤い絨毯の廊下を通りリビングに通される。
さくらは入って直ぐ 壁に掛けてある1枚の絵が目に留まる。
桜と小さな社殿?随分古そうな絵。部屋の中とは言え紫外線が燦燦と入るから色が褪せてしまってる。本当はこの桜、桃色だったのかな…。
「それ?多分近所の神宮の桜じゃないかしら?明治時代には神社があったそうだから」
「神明造っぽいから伊勢神宮と関りが深いんじゃないか?」
三世さんの博識にはただただ驚く。年は聞いたことないけど多分私より少し上かな?
完全に学芸員として負けてる…。
「あなたのお名前も“桜”なのね」
「私は平仮名なんですけどね」
チェリーちゃんは大きなケージの中の一番下の止まり木でじっとしていた。
早速さくらが画材バックから道具一式を出す。
「ごめん。ちょっと待って。先に薬の飲ませ方教えるから」
「そうでしたね」
そうだった。今日は大事なお薬持って来たんだった。
「内倉さん、ミトンありますか?」
「ミトンならレンジの横に掛けてあるけど」
「ちょっと借りますね」
三世がキッチンにミトンを取りに行く。
ミトンって鍋つかみだよね?一体何に使うんだろう?
さくらが不思議そうに三世を見る。
三世はミトンを左手にはめてケージの中のチェリーちゃんを包み込むように掴む。
「お利口さんだね」
チェリーちゃんはおとなしく三世の手の中に収まる。
そのままそっとケージから出して縦に抱く。
「そしたら嘴の端っこから、このスポイトで一滴づつ。こんな感じ。できます?」
「26年もパートナーなのよ。大丈夫よ」
「頑張ってください」
三世が微笑みかける。
「お薬、ちゃんと飲むんだぞ」
チェリーちゃんに言い聞かせて優しくケージに戻す。
「じゃあ、さくら。後はよろしく」
「さくらさん。よろしくね」
「はい!」
さくらはスケッチブックを広げ下描きを始める。
三世はその間、広い室内を見回していた。
「内倉さん何かやってほしいことありますか?」
それとなく問いかけてみる。
「あらぁいいの?じゃぁ玄関にお米があるんだけど、キッチンに運んで米びつに移してもらえないかしら?5キロとはいえ私じゃとても…」
「OKです。あと、そこの観葉植物伸びたから芯止めしましょうか?天井に着いちゃってますよ」
「気にはなってたのよ。お願いしてもいいかしら」
へぇこんな事もやってあげるんだ。関心関心。
さくらは描きながら三世の方をチラチラ見ていた。
「スロープをつけてくれたのも先生なのよ。計算されたような傾斜でスムーズに降りれるの」
あれ三世さんが?本当に気遣いができる人だよね…。A型なのかな?
「ねぇねぇ。さくらさんってアシスタントさんじゃなくてもしかして彼女なんじゃないの?」
「えっ?」
「だって、さっきから何度も先生見てるわよ」
「ち、違いますよ。一日アシスタントです。内倉さん、剪定バサミはどこですか?」
三世がすぐさま反応する。
「窓の植木鉢のところよ」
内倉がクスッと笑う。
「じゃあどうして先生は彼女を名前で呼んでるの?」
「えっ?」
「う、内倉さんすてきなお家ですね。なんか洋館みたいで…」
さくらが話を逸らす。
「私の父も祖父も曾祖父も大学の先生でね。曾祖父の時代からずっとここに住んでいるのよ」
笑いを堪えながら内倉が答える。
「歴史あるお家なんですね」
「多分明治時代じゃないかしら?そのあと何度も修繕はしてるけど」
確かに窓枠とか独特の曲線で趣がある。
そういえばヨーロッパの方の家って築100年以上のものがいっぱいあるって聞いたことがある。
洋風の家って長持ちする造りなのかな?
「さくらさん。今度は先生を描いてみたら?カッコいいし。今で言うイケメンじゃない」
「は、恥ずかしいです。ずっと見ているの無理ですよ」
「でもね、私思うのよ。以前の先生は淡々としていたのに最近は表情がとても明るいのよ。照れた顔なんて初めてみたわ」
三世、思わず枝を切る手に力が入る。
「あっ…」
切った枝が床に落ちる。
「きっとあなたが傍にいるからね」
「いやいや、まだ会ってえーっと今日で4回目?ですから」
「うそでしょ?」
内倉はとても信じられないという顔だった。
三世は枝を拾い上げ、さくらの後ろから画を覗く。
チェリーちゃんの下描きが終わり、さくらは色鉛筆の蓋を開け、色選びに入ろうとしていた。
「ここのシュッとしたトサカはライトイエローとクリームとホワイトかな?」
「冠羽。オカメインコはインコじゃなくオウムの仲間だ」
「うっ…」
「オウムとインコの区別は冠羽の有無。名前にインコがついているけどオウム目に属してる」
オカメインコがオウムだとは知らなかった…。
三世さんのツッコミにもすっかり慣れてしまった。私って順応するの早っ。
「ここ良く見てよ。鼻孔の色」
「鼻孔?」
「鼻の孔。桜色なんだよ」
さくらはチェリーちゃんを凝視する。
「鼻ほじってますけど…」
「掃除してるだけ」
「可愛いー」
「おじいちゃんだけどな」
先生とさくらさん。二人仲良く寄り添って、とても幸せそうに見えるわ。
──いい夫婦になれそうね。
「お茶とお菓子持って来るわね」
「ありがとうございます」
二人が声を揃えて返事をする。
「できました。どうでしょうか?」
さくらは完成した画をドキドキしながら披露する。
「流石、さくら。細かい部分の表現、色使いも綺麗だよ。やっぱり頼んでよかった」
「ありがとうございます」
「素晴らしい画だわ。羽もこんなに細かく描いて」
内倉も口に手をあてて感動する。
「ありがとうございます」
「やっぱり今度先生を描いてみたら?」
「いやいやいや無理ですよ」
私の頬、きっとチェリーちゃんのほっぺみたいに真っ赤になってる。
薬を渡し、画も描き終わり、二人は内倉家を出た。
「ありがとな」
「喜んでもらえたみたいで良かったです」
画を褒めてもらって、心から感動してもらったことなんて小学校の動物園の写生会で象の花子を描いて以来だと思う。
あの時は表彰されて飼育員さんと一緒にリンゴをあげたの覚えてる。
彼女はご長寿さんだったんだけどな…。チェリーちゃんも頑張れ!
「送ってくよ」
「三世さんこの後予定ってありますか?」
「今日は電話が鳴らない限りないけど」
「せっかくだからウチに寄って行きませんか?」
「は?」
三世、突然のお招きに目を丸くして驚く。
「ケーキ何個買ってきたんですか?」
「2個」
「じゃあ一緒に食べましょう」
どういう反応したらいいんだ?何て返事すればいい?喜んで?お言葉に甘えて?って、ケーキ買って来たのは俺だよな?
「どうかしました?」
「な、何でもない。く、車に乗って」
あっロックボタン二度押しした…。
読んでいただきありがとうございます。
ドアノブのロックボタン二度押すと閉まっちゃいますよね…。
某有名お菓子屋さんのガトーフロマージュ。超大好きです。
安価なのに凄く美味しいです。
来週末買いに行こうかな…。




