春の章 色即是空 3
さくらは素直になれない自分にもどかしさを感じていた。それは三世も同じだった。
三世の前にやって来た在原は突如何かに取り憑かれたように力説し始める。
それは汰門の予言に通ずるものがあった。
登場人物紹介
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。
10年前、とある島で三世の意識を支配してからは王生家で生活している。職業は獣医師。
烏丸 さくら
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。
それ以来三世に少しづつ惹かれていく。
各務 恵光
M.C.H.の館長。剣とは公私共に面識あり。
彼は現在に目覚めた恵光童子。剣に仕える立場の人物である。
藤原 后恵
さくらと同じM.C.H.の学芸員。以前は奈良国立博物館に勤務。
霊感が強い。
在原 朝臣
さくらの職場の上司。さくらの大学の先輩でもある。実はさくらに想いを寄せている。
悲運なのか不運なのか運命なのか、彼の血筋には代々運ばされている「恨」があった。
その「恨」を糧に大自在天が意識を支配していた。
佐伯 千世
降三世明王が143年前に体を借りていた人物。
優れた能力を持つ陰陽師。
今もなお降三世明王の意識に影響を与えているようだ。
三世とさくらは美桜たち6年生を見送ったあと暫くホールに残っていた。
「帰り際に何を見せてたんですか?美桜ちゃん随分感動していたみたいですけど」
「見てたの?」
「あんなに大きな声出していたら目に留まります」
少しひがんだ言い方に聞こえる。
「迦楼羅の画を見せた」
三世は今までと違うさくらの喋り方に勘付く。
「ひょっとして小学生用のパンフですか?」
「あれ、さくらが描いたんだろ?」
「どうしてわかったんですか?」
「落款」
「えっ?」
「なんだよその反応は」
簡潔な一問一答の繰り返し。
さくらも素っ気ない三世の返事に気付く。
落款印見ただけで、私の絵だってわかってくれたんだ。
本当は嬉しいのに…。
私、どうしちゃったんだろう…。
さくらの目が潤み始めていた。
「すいません」
「何謝ってるんだよ」
冷たい態度とは裏腹に三世はさくらの体を引き寄せ抱きしめる。
身長差のある三世がさくらの頭の上に顔を乗せる。
「あんまり泣くなよ。皮膚が被れるぞ。目の周りは皮膚が薄いしコラーゲンも少ないんだから」
「三世さん…それも医者のお姉さんの受け売りですか?」
「まぁね」
さくらは三世の胸の中で微笑んでいた。
──三世さん、気を遣ってくれてるんだよね。それなのにごめんなさい。ちょっとジェラシー感じてたかも…。
三世は何も言わず乱れていたさくらの前髪を手で梳かし耳にかける。
さくらは手で払うことなくずっとそのままでいた。
──さくら…さくら…桜…。
三世の目には今抱きしめているさくらが急に143年前千世が恋した桜に見えてきた。
はっと我に返り抱きしめている右の手を慌てて見る。
おかしい。星の痣が現れていない。桜を想像させたのは千世の意識じゃない?
「あ、あの落款…何で漢字の“桜”なんだ?」
「あの落款印は小学生のころ図工の時間に彫ったんです。それからずっと愛着があって使ってるんです」
「そうだったんだ」
普通の答えだった。俺、何を期待してたんだろう…。
「よく覚えてないけど平仮名は彫りづらくて漢字にしたような…」
「ハハハ…」
俺、現在でこんなに笑ったことあったっけ?
自分でも信じられないほど感情を表現できてる。
さくらがいるから?
「もう…三世さん。笑い過ぎです」
「ごめん」
分かってる。桜とさくらは違う。143年前と現在は違う。
だけど許されるのならこのまま現在に居たい。
この姿のまま現在に居たい…。
三世はさくらを知らず知らず力強く抱きしめていた。
「三世さん?」
「え?あっ痛かった?」
「いいえ」
三世が腕の力を緩める。
「あの画、自信作なんですよ」
さくらが描いた迦楼羅の画に話を戻す。
「何で迦楼羅にしたんだ?何か理由があるのか?」
「別にありませんけど」
変哲もない答えだった。
「そっか」
そりゃそうだ。迦楼羅の姿を借りている大自在天を意識したと思うのは俺だけだ。
「なぁさくら、鳥とかって描ける?」
「まぁ描けと言われれば何でも」
「いつ休み?」
「来週の月曜日ですけど」
「ちょっと付き合って」
「は?」
三世が一息つく間もなく聞いてくる。
話の流れが唐突すぎて三世の目的がわからない さくら。
「勘違いするなよ。デートじゃないからな」
「えっ?」
今の流れだとデートのお誘いだと思うんですけど…。
ま、いっか。また会える約束ができたんだし。
そうだ。私もこの前はぐらかされてちゃんと聞けなかったことがあったんだ。
「三世さん。昔、美桜ちゃんと同じような方と出会ったことがあるって言ってましたけど──」
「あぁ…。またその話?友人。男の友人だよ」
「男の……友人」
私何聞いているんだろう…。
「どうかした?」
「いいえ。だけど、どうやって色彩を感動してもらえるように伝えたんですか?展示されているほとんどの物は色が褪せてますよ」
「超能力」
──昔、千世が下絵を描き、桜が彩色しながら一つ一つ丁寧に説明してくれたんだ。
今でいう色覚異常だった千世の目に色を伝えてくれたんだ。
きっとそれは彼女の不思議な能力だったんだと思う。
「ふざけてます?」
「ふざけてないよ。俺は彼女の秘めている想像力を言葉で伝えて引き出してあげたんだ」
「何か三世さんが言うと説得力ありますね」
三世がジャケットのポケットから折りたたんだパンフを取り出しさくらに見せる。
「例えば迦楼羅のここの色。ベンガラ色は補彩されてるけど本来の色はだな…」
私、男の友人って聞いてホッとしてる。
三世さんが一所懸命に説明してくれてるけど全然頭に入って来ない。
「で、黄色はちょっと緑がかってて女郎花って知ってるか?」
三世さんって何者なんだろう…。獣医師?歴史学者?画家?医者?
違う違う。それは職業。
私にとっての三世さんは…
私をいつも見守ってくれてる人?助けてくれる人?
一緒にいて幸せだと感じさせてくれる人?それって……。
「さくら、聞いてる?」
「あ、はい」
今、心の中読まれてないよね?
だって私…心の中で三世さんの事……。
「「女郎花ふきすぎてくる秋風は目には見えねど香こそしるけれ」和歌では女郎花を女性にたとえられる事が多いんです」
在原が二人の前に現れる。
「凡河内躬恒」
三世が即答する。
「流石、平安時代には詳しいんですね」
「今盗み聞きしただろ?」
「偶然聞こえたんですよ」
「あの監視カメラもアンタか?」
三世が一方的に問いただす。
「何のことですか?」
「しらばっくれやがって」
「私は烏丸さんが席にいなかったので心配して館内を探していたんです。館長がずっとカメラに映っていてびっくりしましたよ」
そうだった!館長直々に監視員交代してくれたんだった。
早く戻らないと。
「すいません直ぐ戻ります」
さくらは後ろ髪を引かれる思いで三世からゆっくりと離れ一瞬だけ目を合わせ戻って行く。
三世はさくらを見守っていた視線をキッと刺すように在原に向ける。
「何躍起になって探してんだよ」
「私は落ち着いて行動しています」
「あっそ」
二人の間に緊迫した空気が漂う。
「不思議ですね…どうやって彼女に伝えたのですか?そうですね…例えば香りで表現したとか」
何となく三世、いや降三世明王に興味本位で聞いているような態度に口調。
「超能力」
気に障った三世が勢いで言い切る。
「…」
在原の眉が吊り上がり、怒りの感情が沸いてきているのがわかる。
「冗談だよ。例えば桜のジェラート。桜の味って?花の匂い?桜の葉の塩漬けの匂い?桜食べたことないのに…想像力だよ。嗅覚や他の五感から想像してるんだよ」
「なるほど。想像力ですか」
「あぁ、想像力」
さくらは二人の様子が気になり何度も振り返りながら展示室Aに戻る。
三世さんと主査、内覧会の時も険悪な雰囲気だったよね…。
「あっ」
「す、すいません」
考え事しながら歩いていたさくらは鑑賞者と接触してしまう。
「大丈夫ですか?」
さくらは申し訳なさそうに声をかける。
「ちょっとかすっただけですから」
「本当にすいませんでした」
さくらは深々と頭を下げ足早に監視員の席に向かう。
「在原さん。俺気づいたんだけどさ」
「何でしょうか?」
「展示室入口のパネル展示。あれは何かの手違い?」
「何がですか?五重塔と満開の桜。素晴らしい写真じゃないですか」
何だよそのリアクション。まるで何かを隠しているみたいだな。
ここは控え目に意見するか。
「展示室Aの方は東寺の五重塔。Bは法隆寺の五重塔。今回展示されている五大明王像は東寺が所蔵しているものだ。BではなくAに展示するのが望ましいと思うんですけど」
「さすがです。気が付きましたか」
「ほとんどの人は疑問を抱かないだろうが、A、B両方の五重塔のパネルには名称が書いていない」
「おっしゃる通りです」
「これって謎解き?クイズ?当てたら景品貰えるとか?」
「残念ながら」
またしても上手くかわされたか…。俺は逆になっている理由を知りたいんだが…。
暫く間をおいて在原が三世にしか聞こえない小さい声で語りだす。
「あれは私なりのメッセージです。そう…この世界は迷妄の世界…」
「!?」
在原が色付き眼鏡の奥から物凄い圧力で三世を睨んでいた。
在原の言葉じゃない。
──これは大自在天だ。
三世が耳を傾ける。
「私がその間違った世界から正しい世界に戻すのです」
正しい?何を言ってるんだ?
「何もかもこの世界のありとあらゆるものを逆転させるのです。そう、私が支配する世は苦しくても楽しく、不浄なものは浄らかなもの。まさに楽園」
確信した。奴が現在に現れたのは、性懲りもなくこの世を支配することなんだと…。
「もし、さくらさんの相手があなたではなく私だったら?桜の相手が九条ではなく佐伯千世だったら?」
「おい、何を言ってるんだ?」
桜の相手が千世?どういう意味だ?143年前、俺が去った後一体何があったんだ?
「恨めしいですよ」
駄目だ…怒りの感情がコントロールできない…。
「──顚倒」
それは降三世明王が導き出した言葉。
「本当にあなたはお詳しい。年を重ねただけはありますね」
「失礼だな。俺は28歳だ」
在原が鼻で笑う。
「あなたは10年前から時が止まってます。鏡を見たことないんですか?」
やはり三世は10年前に大自在天が意識を支配した在原と会っている。恐らく俺が意識を支配する前だ。
癪に障るのは、そっちが知っていてもこっちに当時の記憶がないことだ。
「イケメンはちゃんとお手入れしてるんだよ」
「確かにモデルのような顔立ちですよね」
「それはどうも」
三世がこの会話を最後に在原の前から去る。
控え目なつもりだったが興奮してしまった。
鏡を見るまでもなく在原と対峙していた時の俺は血紅色の目をしていた思う。
──無常。
人間は年をとり面影を残しつつも老いていく。
──常住。
特別な存在の俺は10年経っても変わらない。
三世がM.C.H.を後にする。
「交代の時間過ぎちゃった」
さくらが席に戻ってきた。
「館長、すいません。もしかしてずっと立って監視したてんですか?」
「あぁ。こっちの方が見やすいからね」
「そ、そうですね」
さくらが立って室内を見回す。
「烏丸さん、ここはいいから展示室Bの方へ応援お願いします」
「どうしてですか?」
「ここはカメラがあるから大丈夫」
各務がカメラを指す。
「わかりました」
「Bには藤原君がいるから指示に従って」
「はい」
さくらは直ぐに展示室Bへ向かう。
「やれやれ。一応報告しておくか」
展示室B
藤原は大自在天像前に立って何故か床を見続けていた。
──結界に誰か触った形跡がある。
きっと彼だわ。
王生 三世。
徐に顔を上げ後ろを振り返る。
いえ、犯人は降三世明王…あなたですか?
三世は車に戻りスマホで何かを検索していた。
「T市の総合病院。ママがいつも車で連れていってくれる」
総合病院……総合病院。ここか。
流石に医者の写真は載ってないか…。
その時、スマホの画面に緊急地震速報が入る。
「びっくりしたぁ」
震源地は…あの島の近海だな。
海底火山の爆発?
何百年に一度の天変地妖か…。
汰門の予言……。当たったようだな。
一体、十年前に俺が三世と出会ったあの島にはどんな秘密があるんだ?
きっと三世なら何かを知ってる。三世の過去の記憶を探りたい。
あの挑発的な在原の…いや大自在天の態度は絶対に降三世明王に対するものだ。
スマホをホルダーに置きエンジンをかける。
時刻は11時58分。
「もうすぐ昼か…。色々あって腹減った…」
さくら、ランチちゃんとおごってくれるかな?
落款印……絵画などに押す印章
顚倒……ひっくり返ること。真実に反すること。
読んでいただきありがとうございます。
昨日から大雪です。今日二回も除雪。
夜も除雪しないと…。体も心もボロボロです。
次のエピソードでは三世の記憶を書きたいと思っています。




