春の章 色即是空 2
美桜は視覚を補うように本人はわからないが他の感覚が優れているようだった。
三世と別れる間際に美桜は通院する病院で似たような人物を見たことがあると言い出す。
登場人物紹介
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。
10年前、とある島で三世の意識を支配してからは王生家で生活している。職業は獣医師。
烏丸 さくら
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。
それ以来三世に少しづつ惹かれていく。
大内 美桜
D市立小学校の6年生。色覚異常で赤と緑が茶色に見える。
今回の社会見学で三世に色彩美の世界を体感させてもらう。
各務 恵光
M.C.H.の館長。剣とは公私共に面識あり。
彼は現在に目覚めた恵光童子。剣に仕える立場の人物である。
鑑賞者は順路に従って進むと、必ずさくらの前を通るのでこれといって特別なわけではない。
しかし、さくらは展示品、鑑賞者の監視をしながら いつ巡ってくるかわからない三世を心待ちにしてしていた。
開館から40分経過。ようやく三世が美桜と一緒にやって来た。
「さくら、お疲れ。足大丈夫か?」
「大丈夫です。特別に椅子を用意してもらったし。心配してくれてありがとう」
美桜が三世の後ろに咄嗟に隠れる。
名前で呼んでる。三世さんの彼女かな?何かすごく心配しているみたい。
「三世さん、その後ろにいるのが案内している生徒さん?」
「後ろ?」
美桜がもぞもぞと恥ずかしがりながら一歩前に出てくる。
「大内 美桜ちゃん。小学校6年生だそうだ。ほら、挨拶」
「……初めまして。大内美桜です」
人見知りしているのか小さい声でさくらを見ようとしない。
「今回俺がこうして美桜ちゃんを案内できたのは、さくらが多田先生の相談にのってくれたおかげなんだぞ」
「えっ!?」
思わず顔を上げさくらを見る。
「学芸員の烏丸さくらです」
本当は来たくなかった。クラスのみんなが楽しそうに見ている中で一人だけ話についていけないのが想像できたから。
だけど多田先生から案内してくれる人がいることを聞いて半信半疑で来てみたけど……想像以上だった!!
私が今日ここに来て色の世界を楽しめたのは烏丸さんのおかげなんだ。
ぐずぐずしないでちゃんとお礼を言わないと。
「美桜ちゃんどうだった?三世さんってすごいでしょ。実はお姉さん、恥ずかしながら以前お客さんの質問に答えられなくて、もじもじしてたら助けてもらっちゃった」
「そうなんですか?M.C.H.の人なのに?」
「ははははは…」
そういえば三世さんの説明を聞きながら展示されているものを見ると不思議とイメージが頭の中に入って来て作品の色彩が見えてきた。
──何もかも明るくなった。私にとっては間違いなくすごい人。
三世さんの話し方に何か特別な秘密でもあるのかな?魔法とか呪文みたいな…。
想像しすぎかな?
「あ、あの…烏丸さん。ありがとうございました。実はさっき赤色がわかったんです。朱華色。朱色に近い少しオレンジが入った うすーい赤」
「朱華色?」
「お姉さん、勉強してください。聖徳太子の上衣ですよ」
「もう…三世さんったら」
やっぱり三世さんの彼女かな…。二人を見ているとそう思った。
「三世さん、早く次行こっ。あと45分しかないよ」
美桜が三世の袖口を引っ張る。
「ごめん。ちょっと待って」
三世が何かから視界を遮るようにさくらの正面に立つ。
「?」
三世はさくらの耳元にそっと顔を近づける。
黒のピアス。今日も着けてる。瑪瑙…魔除け…。
確かに内覧会の時に異形な姿の女性の生霊らしきものは見たが、千世が始末したようだし…。
一方、さくらは自分で心音が聞こえるくらいドキドキしていた。
何?何?ここで何?何するの?ま、まさか…。
「正面のカメラで見張られてるぞ」
耳元で呟く。
「えっ?」
三世の背後には天井に設置された1台の監視カメラ。明らかにさくらの方向を向いている。
「あれは常設しているものですけど」
「じゃあ、さくらがそこに座らされているんだ」
「どういうことですか?」
「カメラがあるならそこに座っていなくてもいいだろ」
「確かに」
「11時15分見学終了だから。ロビーで待ってる」
さくらが唾をのんで頷く。
三世はさくらから離れ監視カメラを睨みつけ舌を出す。
ちょっとガキっぽいかな?
M.C.H.警備室では在原と館長の各務がモニター画面を確認していた。
さくらを映していたカメラの映像が一瞬乱れる。
──気づかれましたか…。
「あれは確か…王生学芸員の息子さんですよね?」
一緒に見ていた各務がとぼける。
「そうですね…」
「在原君。ごめん。ちょっと席を外すよ。後は任せた」
「あっ、館長…」
各務がそそくさと警備室を出ていく。
美桜は三世にピッタリくっついて歩いていた。
「三世さん聞いてもいいですか?」
「ん?」
「烏丸さんって彼女ですか?」
いきなりの直球質問。
「はっ!?ち、違うよ」
「だって…ずーっと付き合っているみたいな感じがした」
「あのね…今日で会うの3回目だから」
い、いきなり何を言うかなぁ。今時の小学生っていきなりこういう事聞いてくるもんなの?
「うっそー。だったら何でお互い名前で呼んでるんですか?」
「そ、そうだった?」
「うん」
そういえばさくらも俺のこと名前で呼んでたような…。えっ!?えっ!?いつから?
不覚にもパニクってる。あり得ない。心落ち着け。落ち着け。
「み、美桜ちゃん次、こ、これね」
「これ知ってる。勾玉」
ふぅ……良かった。スムーズに話が進められそう。先生のおかげだな。感謝します。
「これは出雲大社の遺跡から出土した翡翠勾玉」
「三世さん。どんな色してるの?」
三世が顎に手を当てて暫く考える。緑っぽい色か…。
「透明がかった深緑…かな」
「深緑。私、緑があんまりよくわからない」
そうなんだよな…花に例えようにも自然界で翡翠色の花は無いしなぁ…ここはこれしかないか。
「美桜ちゃん目を閉じて」
「どうしてですか?」
「目を閉じて勾玉を手のひらで握っているのを想像してみて」
「大きさはどのくらいかな?」
「そうだな…皮をむいたみかんの中の一袋」
「つぶしちゃいそう」
「はははは…」
「ごめんなさい。真剣にやります。翡翠の色知りたいもん」
三世は美桜の手を両手で優しく握る。
「翡翠は聖なる石。翡翠の石言葉の一つに“幸福”がある」
「幸福…幸せ?」
三世は屈んで美桜の目と自分の目の位置の高さを合わす。
「目は閉じたままで。いいね」
「はい」
「きっとこんな感じだと思う」
三世の瞳が翡翠色になり、美桜を一直線に見つめる。
三世は優しい口調で語りかけながら直接脳にインプットし始める。。
「翡翠の石言葉 安定。そう…心を精神を安定させよう。軽く深呼吸をして。そう、その調子」
美桜の頭の中にはまだ着色はされていない、ぼんやりした色の勾玉が見えていた。
三世は握っていた両手を包み込むようにやんわりと力を入れる。
「見えてきた。見えてきた!うわぁ宝石みたい!これが緑。森林の緑」
「想像力ってすごいだろ?」
「はい」
三世さん、ずっと私を見てるのかな?だめだめ。目を開けちゃだめ。想像、想像…。
どんな目で見ているのかな?さっきのお姉さんを見ているような優しい目?
きっと三世さんの顔が正面にある。そう、この辺りに顔がある。どうしよう…想像したら恥ずかしくなってきたぁ…。
──三世さん…三世さんの顔…どこかで見たことあるような…。
ううんそんなはずないよ。きっと私の想像力がありすぎるんだ。
三世が握ってた手を離し立ち上がると同時に元の琥珀色の目に戻る。
「目を開けていいよ」
そっと目を開け手のひらを見る。勿論そこにみかんも勾玉も無い。
美桜が手の匂いを嗅ぐ。
「みかんの匂いしないね。でもなんか木の香りがする」
「!?」
もしかして美桜ちゃんって視覚が弱いのをカバーするのに他の人より嗅覚の感度が高いのか?
俺に付いている微かな香…白檀の香りがわかるなんて…。
「さっ、時間が無くなってきた。早くBに行こうか」
──あまり気が乗らないけど。
展示室Bのメイン展示。
【東寺の五大明王像 839年 平安時代 国宝】
「五大明王像。中心が不動明王、東側が降三世明王…西側が大威徳明王…南側が」
美桜が三世を見上げる。
「どうかした?」
「この仏像と名前が似てるなぁって思って」
「父が仏像に係る仕事としているから、それで名付けたらしい」
──本当は違うけど。
「私は"美しい"に"桜"って書いて“みお”。生まれた5月9日の誕生花が桜なんだって。そこからパパとママがつけたみたい」
「美桜ちゃんは5月9日生まれなんだ」
北海道では桜が丁度見ごろか…。ご両親が付けた素敵な名前だ。
「ちょっと前に12歳になりました」
「おめでとう」
「ありがとう」
美桜のはにかんだ表情は気のせいか少しお姉さんっぽく見えた。
「そうだ美桜ちゃんアプリを入れてきたんで、音声ガイダンスを聞きながら見てみようか」
三世はスマホを取り出し美桜に持たせ、耳にイヤホンをつける。
「聞こえる?」
「うん」
──ふぅ…意外と疲れた。アプリ入れてきて正解だった…。
三世の本音。
「五大明王は忿怒の表情即ち怒りの表情……」
美桜はガイダンスを聞きながら五大明王像の回りをゆっくり一周しだす。
「踏まれてる…」
降三世明王像の前で立ち止まる。
「牛に乗ってる…」
大威徳明王像の前で立ち止まる。
「蛇が巻き付いている…」
軍荼利明王像の前で立ち止まる。
「目が五つある…」
金剛夜叉明王像の前で立ち止まる。
「全然平気。美桜は怖がりじゃないもん」
三世は対峙している大自在天像を隈なく見ていた。
右目は先日と変わらず。
中の胎内仏は?内覧会ではそんな時間なかったからな。
中身が無い?胎内仏はあるがその中身の魂が無い。只の彫刻。転倒した時に封印が解けたのか?
修復中に抜けたのか?ということは現在どこかに烏摩妃の魂は存在している…。
ひょっとしてあの時、俺の体を飲み込もうとした幽体か?
目線を足元に落とし目を凝らす。
──結界が張ってあるようじゃ戻れないか…。
そこには三世しか見えない結界が張ってあった。
「烏丸さんお疲れ様。交代しようか。もう少しで社会見学の生徒さんたちが帰られますよ」
「館長、お疲れ様です」
「ちゃんと先生にご挨拶しないと」
「でも交代まであと10分ありますし…」
本当は今すぐここを離れたいけど。
「大丈夫。私が座ってますから」
「館長がですか?」
館長の各務が気を遣って交代を申し出る。
「別にいいじゃないですか。ほら、行っておいで」
「ありがとうございます」
さくらは立ち上がり颯爽とホールに向かう。
「ふぅ…」
──ここに監視員は要らないよな。明日から烏丸さんの配置を変えよう。
各務はどっしりと座り監視カメラを見つめていた。
午前11時10分。
間もなく美桜たちの見学時間が終了する。
「美桜ちゃんどうだった?」
「今までに感じたことのない素敵な体験でした」
満面の笑みを三世に向ける。
「良かった」
三世も笑みで返す。
「最後に俺から美桜ちゃんにプレゼント」
それは小学生用のパンフレットだった。
「これ?」
「いいから手に持って」
美桜の手にしっかりと持たせる。
三世は再び気付かれないよう、そっと背後から肩に手をのせる。
「先ず目を閉じて、深呼吸。心を安定させよう」
「何だろう。ドキドキする」
さっきと同じ。軽く深呼吸して、心を安定させる。
うん。できる。
「1.2.3。はい。目を開けて」
美桜がワクワクしながら目を開ける。
「手に持ったパンフを見てごらん。今までで一番色彩豊かに見えるはずだよ」
美桜の目に飛び込んできたのは極彩色の鳥頭人身の迦楼羅だった。
「うわぁぁ超感動!」
美桜にとっては人生で初めてみた色、明るさ、輝きだった。
「これは迦楼羅。極彩色の極みだよ」
色彩豊かな鳥の顔をした八部衆の一員、迦楼羅…。大自在天が衆生を救うために姿を借りているとも言う…。
在原が迦楼羅だったら…いや鳥の顔じゃなくて……。
「三世さんありがとう!」
思わず三世に抱き着く。
「ちょ、ちょっと…美桜ちゃん?」
照れながらも拒みはしなかった。
「ほら、ホールにみんな集まってるぞ。早く行かないと」
「えーまだ見たいな」
美桜は頬を膨らませ すねた顔をしながら三世から離れる。
少しでも一緒にいたい美桜はわざとゆっくり歩いてホールに向かう。
今まで歩調を合わせていた三世が、いつの間にか美桜を追い越していた。
「………」
「D市立有珠山小学校6年生の皆さま。もう間もなくバスが到着致します」
館内アナウンスが流れる。
集合時間の11時15分。
ホールには既に生徒が集合していた。
ようやく多田の元に二人が到着する。
「王生さん本日はお忙しい中ありがとうございました」
多田が先に声をかける。
「いえ。美桜ちゃんには喜んでいただけたかと…思っています」
両手を前に組んで自信ありげな表情で伝える。
「もちろん!」
期待していた通りの美桜の返事。
「来て良かったわね」
「うん。最高だった!」
「あっ、すいません。通ります。すいません」
良かった…まだ間に合った。
「多田先生!」
さくらが前髪を乱しながら人混みの中をかき分けて三人の元にやって来る。
「はぁはぁ」
「何息切れしてるんだよ」
「か、帰る、ま、前に挨拶、挨拶しようと思って」
「先ずは呼吸を整えろ。何言ってるかわからない。失礼だぞ」
「えっ?あっ、はい」
三世は肩が上がっているさくらの肩に両手を添え抑える。
「鼻から吸って…ゆっくりと口から吐いて。もう一回。鼻から吸って…ゆっくりと口から吐いて」
さくらは三世の言う通りに呼吸を整える。
──よし。大丈夫。
「本日は遠方から来ていただきありがとうございます。また何か勉学に役に立つような展示が開催されましたら是非お越しください」
「はい。喜んで」
良かった。失礼なく最後は自然な笑顔で挨拶できた。
三世もホッとする。
「本日はお越し頂きありがとうございます。D市立有珠山小学校6年生の皆さま。バスが到着しました」
「それではバスが来たようなので失礼します」
「先生、これもご縁です。また何かあったら差し上げた名刺の連絡先までお電話ください」
「はい。ありがとうございます」
運命の出会いも、もうすぐお別れ。
「三世さんまたね!」
「また?」
「あのね三世さんに会うの初めてじゃない気がしたの」
「えっ?」
三世が一瞬戸惑う。
「さっき目を閉じたときに三世さんの顔を想像してたら似た人を思い出したの」
「似た人?凄い想像力だね」
何で俺の顔を想像してたんだ?まぁ何となく恋愛系だとは察しが付くが…。
美桜が目一杯背伸びをしてじーっと三世の顔をを見る。
「何?」
三世が一歩後退りする。
「あっ!思い出した。通院している病院の先生。眼科の隣の先生。いつも朝イチに予約しているから診察室に入る時、毎回廊下で見かけるんだよね」
そういえば宝も似ている医師の話していたっけ。これはマジでそっくりさんがいそうだな。
「そうなんだ。どっちがカッコイイかな?」
「でもその先生いつも色付きの眼鏡してるから、ちょっとわかんないな」
ブルーライトカット?まさかとは思うが虹彩の色を隠してる?いかん。想像しすぎだ。
「美桜ちゃんはどこの病院に通っているの?」
「T市の総合病院。ママがいつも車で連れていってくれる」
「大内さん、バスが出るわよ。最後のご挨拶して」
名残惜しく一瞬下を向くが、思い切って顔を上げ挨拶する。
「三世さん。ありがとう。またねー!」
三世は左手を軽く振ってサヨナラをする。
──またね…か。
美桜がクラスに合流する。
「美桜、あの人誰?」
「めっちゃカッコイイじゃん」
「モデルさんみたい」
「動物のお医者さんって言ってた」
「?」
「?」
「?」
美桜が最後に振り返りバスに乗り込む。
気が付いた三世が手を小刻みに数回振る。
"D市立有珠山小学校 六年生御一行様"とステッカーに書かれたバスに全員乗車。
M.C.H.を出発する。
美桜は前から2番目。多田の真後ろの席に座っていた。
椅子の隙間からそっと話しかける。
「先生、私絵を描きたい。鮮やかな絵具で」
「いいわね芸術に目覚めた?」
「三世さんのおかげかな」
次の目的地は羊ヶ丘展望台。昼食はジンギスカン。
白檀の香り…浄化作用がある
読んでいただきありがとうございます。
恐らく尾骶骨を二週間前から骨折していると思われます。(自己診断。二度目なので…)
北海道多分あるある。
昼食は羊ヶ丘展望でジンギスカン…ウチの子供もそうだった。
我が家はなぜか鶏ジンギスカン。地元のビール園で初めて鶏ジンギスカンなるものを知りました。
今日のおやつはT市の銘菓、「よいとまけ」です。




