春の章 色即是空 1
三世がM.C.H.で社会見学の案内をする日が来た。
担当するのは色覚異常の大内 美桜ちゃん。
三世は平安時代、明治時代に存在していた時の記憶を参考にして
色彩美を美桜に伝える。
登場人物紹介
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。
10年前、とある島で三世の意識を支配してからは王生家で生活している。職業は獣医師。
烏丸 さくら
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。
それ以来三世に少しづつ惹かれていく。
大内 美桜
D市立小学校の6年生。色覚異常で赤と緑が茶色に見える。
今回の社会見学で三世に色彩美の世界を体感させてもらう。
王生 宝
剣と前妻の子供。現在に目覚めた軍荼利明王。143年前は男性として現れるが、現在は女性として現れる。天野病院で脳神経外科医(脳神経内科兼務)として勤務。
名医で海外に派遣されることも多い。性格はかなり奔放。三世とは馬が合わない。お酒が大好き。
王生 大耶
剣の現在の妻、愛の連れ子。現在に目覚めた金剛夜叉明王。職業は刑事。職業柄常に沈着冷静。無表情。趣味は料理。宝とは幼少の頃より一緒に暮らしている。
今日は金曜日。
三世がM.C.H.に赴きボランティアで案内をする日がやって来た。
宝はリビングで出社前に鞄の中身を確認していた。
「おはよう。ん?三世、朝早くからどーしたの?仕事着じゃなくて…スーツ!?ま、まさかデ、デート?」
珍しくいつものスウェットではなく濃紺のスーツに白いYシャツ、そしてベーシックなグレーのネクタイ。
「違うよ。ボランティア活動だよ」
「は?」
三世はネクタイの結び目を手探りでチエックする。
「気になるなら鏡見ればいいじゃん」
「面倒」
「もう…」
宝が目の前までずかずかとやって来てネクタイを引き締める。
「ゲホッ。絞殺されるかと思った」
「はい、OK」
この時二人は鼻と鼻がつきそうな距離まで接近していた。
「宝、そろそろ出るぞ…」
大耶の視点では二人の唇と唇が触れそうな一歩手前の距離に感じた。
「あ、朝から、な、何やってるんですか?」
大耶にはあまりにも衝撃的な光景で舌が縺れる。
「三世のネクタイ結び方が少し緩かったから…。勘違いしないでよ別に絞めようなんて思ってないから」
「は、早く手を離してください」
宝がネクタイからパッと手を離す。
──解せません。
大耶は心の内を言葉にして出すことは避けた。
宝は大耶の心境を知らずして、思い出したように不思議そうな顔で三世をじっと見つめる。
「な、何だよ」
「ねぇ、三世って兄弟いたっけ?」
「俺に聞くなよ。三世の意識は支配しているけど10年以上前の記憶はわからないんだよ」
「そうだったね」
「剣さんなら知ってるんじゃないか?」
「かもね」
剣さんなら何か知っていてもおかしくない。
恐らく俺が現在で意識を支配する人間に目星をつけていたのだろう。
そして三世は生を享けた時から10年前まで何も知らずに生かされていた……。
「実はこの前の会議で三世とよく似た人物を見たのよ」
「そいつ医者なの?」
「うん。消化器外科だったかな?リモートだったから画面の向こうだったけど、何となく雰囲気が似てたのよね…」
「他人の空似だろ?」
三世が意識的に顔を背ける。
「宝、先行くぞ!」
「今行く!ちょっと大耶、何怒ってるの?」
「怒ってませんよ」
宝と大耶が慌ただしく一緒に出社する。
三世は静かになったリビングで自問していた。
──兄弟?名前は?"世"がついている?星の痣は?
認め難い。三世以外にも生かされている奴がいるのか?
剣は階上から気配を消して三世を見下ろしていた。
宝と大耶の職場は近いので、ほぼ毎日 大耶の車で一緒に通勤している。
暫くは無言だった大耶が天野病院手前の信号待ちで宝にようやく声をかける。
「宝、その医者、そんなに似てたのか?」
「大耶、聞こえてたの?」
「リビングにいたんだから聞こえてます」
前を見たまま無表情で答える。
「眼鏡かけてたし、髪型も違うから何とも言えないけど」
「星の痣はありましたか?」
「リモートだから顔だけしか…」
「名前は?」
「ゴメン、覚えてない」
大耶は大きなため息が出そうになるのを息を止めて堪える。
横断歩道の信号が点滅を始める。
「宝、南海に言伝頼む。羽黒さんは結局 不倫もしてなかった。ディナーも仕事の慰労会を兼ねてと思っただけ。雑誌で調べていたのは家族旅行の行先。何も事件と関係はありませんでした。むしろ亡くなった看護師の方が…」
「在原に操られていた」
宝が先に結論を言う。
「炎が言ってた。レモンの香りがする特殊なフェロモンを放ってたって。粉…鱗粉って言ってたかな?」
「邪術の類ですか…」
「三…千世がいれば…」
「千世ですか……」
車道の信号が青に変わり直ぐに左折。
裏手の天野病院職員玄関に車を着ける。
「南海には詮索しないよう言っておいてくれ」
「分かった」
「この世に証拠がありませんので」
「そうだね」
宝が車を降り大耶に手を振って見送る。
大耶が堪えていた大きなため息をつき、車を発進させる。
──剣さんはまだ何を隠しているんだ?
それに宝の口から"千世"が出てきた…。
「宝先生、おはようございます」
「南海、おはよう&ナイスタイミング」
宝と南海が玄関で一緒になる。
「何がですか?」
「先日の事件。大耶がこれ以上詮索しないようにって」
「それだけ?」
「それだけ」
南海があからさまに嫌悪感を顔に出す。
「看護師の勘。いえ、永年仕えている私の勘。彼女は…」
宝がスッと南海の唇に人差し指で口止めする。
「それ以上は口外しない」
「ふぁふぁりまひた(わかりました)」
「さっ、コーヒー、コーヒー。ポリフェノール摂って抗酸化力を高めよう」
軽い足取りで3階へと向かう。
「宝先生、朝からテンション高っ」
間もなく午前10時。M.C.H.開館。
正面玄関前には多田が引率する小学校の生徒たちが整列して待っていた。
その頃、三世は時間を気にしながら前庭の歩道を小走りで駆けていた。
「おっ、ちょうど10時だ」
三世からは順に館内へと入って行く生徒たちの姿が見えた。
「あの中にいるのかな?」
三世も頃合いを見計らって館内に入る。
ロビーには先日会った多田と一人の生徒が待っていた。
三世は軽く会釈をし入場券を即購入する。
「一般1名」
「あっ!」
内覧会の時に受付をしていた彼女が思わず発する。
「何か?」
「いえ」
照れくさそうに下を向く。
三世は券を手に多田の元へ駆け寄る。
「王生さん。今日はありがとうございます」
「いえ」
「初めまして。6年2組 大内美桜です。今日はよろしくお願いします」
美桜はお姫様風にサイドの髪をみつあみにして後ろでまとめた可愛い女の子だった。
「案内させて頂きます、王生 三世と言います」
小柄な美桜からしたら見上げた位置に顔がある背が高くすらっとした三世はまるで異世界からやって来たキャラクターのようだった。
目を輝かせて三世をじっと見ている。
視線を気にしつつも今日の自分の役目は美桜に色彩美を伝えることだけだと割り切っていた。
「多田先生、早速美桜ちゃんと行って来ます。何時まで大丈夫ですか?」
「11時15分ここに集合です」
「わかりました」
「王生さん。よろしくお願いします」
頷いて返事をする。
「行こうか」
三世は気を遣って美桜に歩調を合わす。
今回の特別展では左右にある展示室A、Bそれぞれの入り口に五重塔と桜がコラボレーションしている写真が展示されている。
「五重塔だぁぁ。有名な法隆寺かな?」
「残念。こっちは東寺の五重塔。反対側の展示室Bの方が法隆寺だよ」
「王生さん…」
「三世でいいよ」
優しい口調で応じる。
「さ、三世さん。すごーい。何で分かったの?」
好奇心旺盛な美桜。
「東寺は京都。この五重塔の高さは55m。木造の建造物では日本一。残念ながら中は見れないんだけどね。極彩色…鮮やかで色味が強い。うーん派手な密教の空間が広がっているのにな…」
「え───」
美桜ちゃんは小学6年生だった。分かりやすい言葉を使わないと。
「法隆寺は奈良。五重塔の高さはおよそ32m。一番上の屋根を見て、小さいだろ?塔身…塔の中心部分の下は太いけど段々上に行くと細くなってる。つまり、がっしりとしているんだ」
「本当だ。よく見ると屋根の大きさが違う」
「日本は地震多いからな。地震の揺れを建物に直接伝わるのを防ぐ建築方法の最先端だったのかも。かなり昔の話だけど」
「三世さんって教授みたい」
「本業は動物のお医者さんだけどね」
「うっそ」
美桜はあんぐりと口を開けて驚く。
「ち、父が学芸員をしてるんでその影響かな…。で、どっちから見る?」
実際、平安時代に存在してました…と言っても信じてもらえるはずがないし。今どきの子は転生したの?とかマジで言ってきそう…。
「順番にAから」
「OK」
三世はAの入口で入場券を係に渡す。
因みに小学生以下は無料。
また来るから半券は大事にしまっておこう。リピーター割引を利用せねば。
「ねぇ三世さん、結構古そうだけどこっちの五重塔はいつ頃できたの?」
「東寺の一番最初の五重塔は平安時代に創られたんだ。794ウグイス平安京で覚えてるだろ?因みにBの法隆寺は聖徳太子が建てたと言われている。二つ前の飛鳥時代だよ」
「この前社会でちょうど聖徳太子について勉強しました」
「そうだったんだ」
社会見学の前に予習してきたんだ。流石、多田先生。
「話を戻そう。東寺の五重塔は何回も火事で焼失しているんだ。その写真は江戸時代に再建されたものだよ」
「そうなんだ」
明治時代まで存在してました…と言っても信じてもらえるはずがないか。
それにしても何故展示室Bに法隆寺のパネルが展示されているんだ?五大明王像は本来なら東寺の五重塔を展示しているAの方だろう?誰も疑問に思わないのか?そもそも寺の名称が書かれていない。謎解き?当てたら景品貰えるとか?
──謎解きか……。
在原が何か仕組んでいるのか?何か伝えようとしているのか?
二人が展示室Aに一歩踏み入れる。
順路の一番最初の展示物は不退寺の『聖観音菩薩立像』。
三世は目もくれず通り過ぎる。
「あ、あの三世さん。ここは見ないんですか?」
「時間が無いからパス」
「あ、はい」
二人は次の展示スペースへと進む。
『聖徳太子二王子像、日本最古の肖像画(複製)』
「教科書で見たことあるだろ?本物は流石に御物…あー皇室が持っている物なので展示できないんだけどね」
「見たことあるある!すごいなぁ」
三世は夢中になっている美桜の肩にさりげなく手を置き肖像画を指さす。
すると美桜が自分の目で見た肖像画に見る見る鮮やかな色が付いてくる。
「うわぁぁぁぁ感動」
「でも、この画には結構謎が多くてね。描かれたのが太子が亡くなった100年後らしいんだ。つまり回想して描いたのではないかと…」
「回想で?」
「そっ。思い出しながらね。着ている服に注目!これは袍と呼ばれる上着。色は朱華色と言われる朱色に近く、少しオレンジが入った うすーい赤」
美桜は目の前の感動と三世の明瞭な解説にすっかり夢中でどのようにして鮮明に色が見えているか考える由もなかった。
「聖徳太子という名も本名じゃないしね。後になって呼ばれた名前なんだ」
「芸名みたいな?」
小学生らしい質問に三世が思わずほっこりする。
「本名は厩戸豊聡耳皇子。言える?」
「早口言葉みたい」
美桜が戸惑った顔でクスッと笑う。
「ほら、ここにちゃんと書いてある」
三世が説明が書かれたパネルを指で辿る。
「厩・戸・豊・聡・耳・皇・子。漢字七文字もある」
三世さんの説明聞きながらだと不思議と色彩が伝わってくる。それにめっちゃ楽しい。そしてそしてカッコイイ!
「さっ次は…」
壁に突如鹿の映像が映し出される。
「鹿のプロジェクションマッピングだ」
自分たちが鹿に囲まれて公園の中にいるような感覚になる。
「ここは興福寺の展示だな。有名な阿修羅像知ってる?」
「何か赤っぽい肌のほっそりとした…」
「ごめんごめん。残念ながら今回は展示されていないけどね」
美桜ちゃんは赤と緑が全体的に茶色に見えるんだった。
「見たかったな…」
「今回はアメリカのボストン美術館から弥勒菩薩立像が一時帰宅してる」
「アメリカから?」
説明には廃仏毀釈について書かれていた。
「はい。漢字四文字」
お互い目が合って沈黙の後、思わず吹き出す。
「三世さんお願いしまーす!」
甘えてしまう美桜に嫌な顔せず答える三世。
「明治時代に仏教に関する物は捨てられたり破壊されたりしたんだ」
「どうしてですか?そんなことしたらバチがあたっちゃう」
「はははは。分かり易く言うと仏教の廃止運動。この興福寺だって売られそうになったんだから」
「信じられない」
「奈良のシカも廃仏毀釈の標的だったんだ。シカを絶滅寸前になるまで狩って、すき焼きにして食べてたなんてこともあったらしい」
「何かもう無茶苦茶」
「だよなぁ」
三世と美桜が楽しそうに笑い出す。
「因みに昨日の我が家の夕飯はすき焼きでした。豚肉だったけど」
「豚…肉…」
「三世さんどうかしました?」
「いや、何ともない」
展示室A監視員のさくらは順路後半の持ち場でじっと座っていた。
さくらのインカムにコール音が鳴る。
「烏丸さん!彼氏来たよ。ちょっと前にそっちに入っていった」
受付からだった。
「あのね…彼氏じゃないから」
否定はしたものの、さくらは視野を目一杯広げて三世を探していた。
「来た、三世さん」
読んでいただきありがとうございます。
新たに色即是空に入りました。
ここでは美桜を通じて143年前に降三世明王が意識を支配していたと思われる千世がどのような人物だったか書ければと思っています。
行き当たりばったりなのでそうなるかは自信ありません…。
北海道あるある。
すき焼きは豚肉。牛肉も食べますが豚肉もありです。
私は大根おろしで食べます。生卵ダメなので…。




