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春の章 乾坤一擲 7

 在原(大自在天)と三世(降三世明王)の腹の探り合い。

その後、在原の中に存在する三つの人格が明らかになる。

さくらにも心境の変化が…。


登場人物紹介


王生 三世さんぜ

降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。

実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。

10年前、意識を支配してからは王生家で生活している。職業は獣医師。



クリスさん

王生家で飼っているアイヌ犬。

ベアドック。セラピードック。



在原 朝臣ともおみ

さくらの職場の上司。さくらの大学の先輩でもある。実はさくらに想いを寄せている。

悲運なのか不運なのか運命なのか、彼の血筋には代々運ばされている「恨」があった。

彼の正体は?



烏丸からすま さくら

MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。



藤原 后恵きみえ

さくらと同じM.C.H.の学芸員。以前は奈良国立博物館に勤務。

霊感が強そう。


 三世とクリスさんは内倉宅で飼われているオカメインコの診察に来ていた。

三世が診察している間、クリスさんは車椅子に座っている内倉さんの膝元に伏せて、顔の表情や目の動きを細かく観察していた。

「多分細菌性鼻炎ですね。最近クシャミとかしてました?」

「していたような気もするけど…」

内倉さんの目がキョロキョロしてる。

思い出そうとしているのか、何かを探しているのか少し精神的に不安定のように見える。

クリスさんはキッチンワゴンの上にある薬の袋に目が留まる。

「原因菌を特定するのに検査に出しますので結果がでるのに数日かかります。それから病原菌に合った薬を投与しますね」

「先生いつもありがとうございます」

三世がクリスさんの心の中を読み取る。

「内倉さん、最近膝は痛みますか?」

「そうねぇ。夜寝ている時も少し痛い時があるわ」

三世が膝を透視する。

関節間隔が大分狭くなってきてるな。あの大量の薬は痛み止めと睡眠導入剤か…。

なるほど、自分のことでいっぱいいっぱいか。

「次、病院行くのはいつですか?」

三世が壁に掛けてあるカレンダーの前で書き込まれた予定を確認する。

「来週の木曜日よ」

「その時にMRI検査の予約も入れといた方がいいかも」

「MRIね。先生にお願いしてみるわ」

「じゃあここに書き加えておきますね」

クリスさんが車椅子の傍から離れ、尻尾を右に振りながら三世の元へ寄っていく。

「検査結果が出たらまた来ます。クリスさん帰るぞ」

クリスさんは三世と同じ所作で

頭を軽く下げ礼をし内倉宅を後にする。


二人が玄関を出ると夜空には丸い赤い月が浮かんでいた。

「この時季にブラッドムーンなんて珍しいな。皆既月食…死と再生か…」

鳥の羽音とは異なる音がどこからか聞こえてくる。

夜空を飛翔している黒い生物。

「あっ、コウモリ。ヤマコウモリか?」

運転席のドアを開けたまま直ぐには座らず暫くコウモリを観察する。

クリスさんは自らケージの中に入りうつぶせになり帰宅までおやすみモード。

「よし、帰るか」

三世も車に乗り込みエンジンをかける。

カーナビのモニターに表示された時刻は17時45分。

「帰り道にはM.C.H.がある。丁度さくらの仕事が終わってる時間かも」

ナビで確認すると直線距離で約2キロの一本道。

「よし。出発」


車を走らせること数分。

右前方にライトに照らされたM.C.H.の外観が見えてきた。

「何で一緒にいるんだよ!」

三世の視界には前庭で立ち話している在原とさくらが飛び込んできた。

「クリスさん。一つお願いがあるんだけど」

真剣な三世の表情。

「?」

ゲージの中でお休み中のクリスさんが目を開ける。



「烏丸さん今日はお疲れ様でした」

「はい。何とか無事に終わって少しほっとしてます」

全然無事じゃなかったけど。

招待客の質問に答えられず、あたふたして三世さんに説明してもらい、困ってた私を見て社会見学のボランティアまで引き受けてもらっちゃうし。

私の勉強不足、経験不足なのは認めます。

いや、彼の知識が豊富すぎるんです。本当に獣医さんなのかな?何か只者ではないような…。

──三世さん。来週の金曜日に来るんだよね。

いたずらでもいい。また何か偶然が起きないかな……。

「どうかしましたか?」

「あっ、何でもないです。今日は表にタクシーを呼んでいるんですか?」

「実は見せたいものがあるんです」

在原が夜空をスッと指さす。

「赤い月…ですか?」

さくらが初めて見る赤い月に驚く。

「皆既月食。五月に見れるのは珍しいんですよ」

「感動です!」

()()()さん。一つ聞きたいことがあるんですが…」

「何でしょうか?」

【こんなに側にいるのに、どうして私の虜になってくれないのですか?】

在原はさくらをじっと見つめているだけで口元が動いていない。

このレモンの香り…主査の香水?段々きつくなってくる……。

目の前に何かが降ってきた…星?

さくらの意識が徐々に遠のいていく。

ふらふらして落ちていく感覚…。

空には月……赤い月が見える……。

私まだ自分の足で立っているよね?

「痛っ!」

目が覚めるような痛みが耳に走る。

最近忙しくてお掃除サボってたからピアスホールに傷でもついたのかな。

「!?」

さくらが背後から誰かにズボンの裾を引っ張られる。

「ウーグルルルル……ワン!」

さくらがはっと我に返る。

「クリスさん?」

クリスさんが威嚇するような唸り声と低い声で吠え、さくらを在原から引き離しにかかる。

「ちょっ、ちょっと。クリスさん?」

さくらは挨拶する余裕もなく、引っ張られるがまま在原の元から去っていく。

「さ、さ…くらさん」

前庭を突き進み、敷地から出て横断歩道を渡り、二人はあっという間に見えなくなった。

「何だ?あの犬は?」

在原は呆然と立ち尽くしていた。



この時、三世は前庭の茂みに潜んでいた。

目を閉じたまま胸の前で手を交差させ印相を結ぶ。

いつの間にか何かに導かれるように群れを成したコウモリがブラッドムーンを背に夜空を埋め尽くしていた。

そして一気に急降下する。

在原は突如コウモリの大群に襲われ、M.C.H.前庭の人口池に落ちてしまう。

池の水深は30センチほどと浅く、膝から下が濡れた程度で大事には至らなかった。

「一体何が起きたんだ?」

立ち上がった直後、今度は勢いよく背中を何かに押される。

今度は顔面から倒れこみ、その拍子に眼鏡が落ちてしまう。

「うっ…」

在原は全身ずぶ濡れになりながらもめげずに立ち上がる。

「邪魔だ!あっちへ行け!」

両手を振り回してコウモリを必死に追い払う。

「S市は日本一のコウモリ都市なんですよ。知ってました?」

三世が背後から偶然を装ったように声をかける。

その声…王生いくるみ 三世さんぜ。中身は現在の降三世明王。早速ご挨拶ですか…。

「ダメですよ追い払ったら。彼らがケガをしたら大変です。これはヤマコウモリ。絶滅危惧種なんだから。大切にしないと」

「さすがは獣医さん。動物には詳しいんですね」

在原は水が滴る髪を気にもせず背後を振り返り三世を睨む。

三世が印相を解きブラッドムーンの光を浴びるように天を仰ぐ。

「気持ちいいですよ。心と魂が浄化されるようだ」

見開いた三世の瞳は月と同じ赤い色をしていた。

在原は目の前の降三世明王に対し歯を食いしばって必死に耐えていた。

「あの島にいるオオコウモリも確か絶滅危惧種でしたよね」

「な、何のことでしょうか?」

「まぁいいや」

「あーあ、びしょ濡れじゃないですか。今の気温は10度くらい。風邪ひきますよ」

「……」

「ところで犬見ませんでした?白い北海道犬なんですが…」

彼女を引っ張っていった犬のことか?

奴の飼い犬だったのか。

「それならさっき…」

三世が在原の返事を待たずに真顔で詠む。

「「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」平安時代の歌人、在原業平朝臣が詠んだ歌です」

「古今和歌集に収められている有名な歌ですね」

「もし、世の中に桜がなかったら…」

三世が問う。

「さくら…彼女は私の部下ですから。今、彼女がいなくなったら困りますよ」

仮面を被るなよ。裏表がありすぎて虫唾が走る。

「そうですよね。特別展、楽しかったんでまた行きますよ」

「お待ちしております」

「そうそう、背中痛くありませんか?」

──貴様が押したのか!

「えぇ。なんともありませんよ」

三世が透視する。

そう長くはなさそうだ…。体の寿命はあと三年位。背中の痛みはまだ出てきてなさそうだが、恐らく膵臓癌。

やはり癌家系か…。

遅かれ早かれ現在で決着がつきそうだ。

「ひとつ忠告してもいいですか?」

「何でしょうか」

「右目どうしたんですか?ありませんよ」

在原は足元の水面に映る自分の顔を見て咄嗟に手で右眼を隠す。



藤原はM.C.H.二階のロビーから前庭を見ていた。

「彼は…一体何者?」

コウモリの誘導。

恐らく人間には聞こえない超音波。

大自在天像の結界にも気が付いていたようだし。

何かの術使い?

まさか現在の陰陽師?

蘆屋あしやの残党?安倍氏の末裔?




在原は池の底から何かを拾い上げ、右目に無理矢理はめ込む。

「少しずれたかな?」

「痛い!!やめろ!!」

違う人格が現れ拒絶する。

「私に楯突くつもりか?この体と意識は我、大自在天のものなり」

流石は九条の血筋。まだ完全に意識を制圧できていないようだ。

「ここはお前にも協力してほしい。在五ざいごよ」

「……」

「だってそうだろう?この男の体は遡るとお前の血筋でもあるのだから」

「……」

無言を貫く在五ざいごと呼ばれるもう一人の人格。

「平安時代からお前の「恨」を私が運んで来てやってるんだ。恐らく現在には五大明王が目覚めている。お前の母の仇も…。この世は楽しめそうだぞ」

「……」

その時、在五ではない人格が意識を制圧している大自在天に哀願する。

「体を…心を返してくれ!私は普通の人生を送りたい…。普通に彼女と話したい…普通に…普通に恋愛をしたい……」

左目から大粒の涙が流れる。

これが本来の在原朝臣の姿。

「九条道隆もそんな事を言ってたな…悲しい性だ」

「お願いします…お願いします……」

「しかしそれは無理だ。お前は戒めを犯したのだから」

大自在天が在原朝臣に放った意味深な台詞。

「つゆにゆく 道とはかねて聞きしかど昨日今日とは 思はざりしを」

在五と呼ばれる人物がようやく現れる。

「在五よ。協力しないつもりか?お前だって女が好きだろ?」

「……」

一つの体に何人もの人格が交互に現れる不思議な現象。

主は大自在天、もう一人は平安時代に意識を乗っ取られた在五ざいご、そして現在の在原朝臣。




M.C.H.の正面の道路には在原が呼んだタクシーが待っていた。

「今日は何で正面入口なんだろう…しかも20分は待たされてるんだけど」

ん?あれは在原さんじゃないか?どうしたんだろう背中を痛そうにして歩いている。しかもずぶ濡れじゃないか。

あれ?今日は一人?

とりあえず運転席の窓を開けるが心の中で葛藤が始まる。

声をかけるべきか…でも、何か理由わけありっぽいしな…それにシートも濡れる…。

道路運送法第13条に該当するかな?不潔な服装…。

「どうする、どうする、どうする?」

!?よーく見ると霊魂のようなものが心臓の辺りを何度も出入りしているように見えるんだけど…。幻か?

目を擦って、再び在原の姿を見る。

ひとつ…ふたつ…。やっぱり見える。

──色々背負っていて重そうだな。

道路運送法第13条。相当重病だよ彼…。

「ご愁傷様です。さてどうする、どうする、どうする?」

悩みながら空を仰ぐ。

「あっ、月…しかも赤い」

運転手は帽子を取り手品師のように中から小さな光源を空に放つ。

Twinkle, twinkle, little star,

きらめく、きらめく、小さな星よ

How I wonder what you are!

あなたは一体何者なの?

「少し音程ずれたかな?」

ブラッドムーンの周りに粒子のような星が煌めき始める。

「剣さん気が付いてくれたかな?」

-... . -.-. .- .-. . ..-. ..- .-..

Be careful(要注意)

「歳月人を待たず。もう少し稼がないと」

表示板を迎車から空車に切り替え発進する。




つゆにゆく 道とはかねて聞きしかど昨日今日とは 思はざりしを

在原業平 古今和歌集より

在五ざいご……在原業平

道路運送法第13条……運送引受拒否について



読んでいただきありがとうございました。

最初は70行くらいが気がつけば150行くらい?になってしまいました。

在原朝臣の中 ①大自在天②在原業平であろう人物(平安時代)③在原(九条)朝臣 で構成されています。


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