春の章 乾坤一擲 5
在原の本性が少しずつ見えてきた。
そして王生家の存在に疑問を抱き始める。
三世にも千世の陰がちらほら見えてくる。
登場人物紹介
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。
10年前、意識を支配してからは王生家で生活している。職業は獣医師。
在原 朝臣
さくらの職場の上司。さくらの大学の先輩でもある。実はさくらに想いを寄せている。
悲運なのか不運なのか運命なのか、彼の血筋には代々運ばされている「恨」があった。
彼の正体は?
烏丸 さくら
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。
王生 煌徳
剣と愛の実子。現在に目覚めた大威徳明王。現在酪農大学の学生で三世の跡を継ごうと獣医師を目指している。愛くるしい顔をしているが怒ると家族の中では一番怖い。
優れた視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚、霊感を持ち合わせている。
佐伯 千世
降三世明王が143年前に体を借りていた人物。
優れた能力を持つ陰陽師。
今もなお降三世明王の意識に影響を与えているようだ。
剣と煌徳は不退寺の展示スペースの列に並んで『聖観音菩薩立像』を拝観していた。
「何か背中がぞわぞわするんだけど…まさか三世?」
煌徳が真っ先に三世の異変を感じ取り、思わず胸の前で両腕を組む。
「煌徳、どうした?」
「僕、ちょっと三世の様子見てきます」
「あ、あぁ頼む」
三世に何かあったのか?
剣も少し不安になる。
「すいません。ちょっと失礼します。すいません」
煌徳は列を抜けて急いで三世の元へ向かう。
剣は粛々と目の前の像を見続けていた。
『聖観音菩薩立像 在原業平作』
「こちらは異常なしと…」
──煌徳を連れて来てよかった…。
剣は胸をなでおろし、順に次の展示へ進む。
煌徳は目を閉じ、肩を大きく上下させて大きな深呼吸をする。
──集中、集中、集中。
「見つけた」
三世の居場所を特定し展示室Bの大自在天像前に一目散に駆け寄る。
煌徳が目にした光景は、憤激寸前の三世、顔色ひとつ変えない在原、そして霊体と思われる女性の三人。
僕には はっきり見えてるんだけど、彼女は誰?
三世の前に立ちはだかっているようにも見えるし、
在原さんを護っているようにも見えるし…。
三世には霊感無いから、すぐ目の前にいるけど多分見えてないよね。
あーぁ…目が真っ赤じゃん。どんだけ興奮してるんだよ。
とにかく何かやらかす前に早く連れ戻さないと。
この時、三世の体に異変が起き始めていた。
右手に星の痣が薄っすらと現れる。
何だ?すっげぇ頭がズキズキする。
力いっぱい目を瞑って開いた瞬間だった。
目の前には敵意剝き出しの形相で自分を睨みつけている女性の顔があった。
驚きを隠せず瞳孔が大きくなる。
「だ、誰だ?」
その女性は口を大きく開け異形な姿となり今にも三世を飲み込もうとしていた。
「オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バザラ・ウンパッタ…」
瞬きする間もなく、三世が無意識の内に唇を微かに開けて唱え始める。
「あれ…本当に三世…なの?」
煌徳が驚くのも無理はない。今の三世は明らかに別人のようだった。
人間には聞こえないけど、これって降三世明王の真言だよね…。
あの真言…。火…炎…。ここで使っちゃ絶対駄目だよ。
ひとまず彼女を退散させよう。
煌徳が刀印を結び、意識を全集中して睨みを利かすと女性の霊体は怯んで何処かに消え失せた。
「ふっ。あっさり撃退」
煌徳が三世の肩を叩き、しれっと声をかける。
「三世!探したよ。僕、午後からバイトあるんだから、ちゃっちゃと回るよ。ほら、早く!行くよ」
顎をくいくい動かして何かを伝えようとしている。
目!目!!目!!!
煌徳は目を大きくしてヒントを与える。
「目?」
三世が何度か瞬きをすると虹彩は普段の琥珀色に戻った。
「すいません。急いでいるので失礼します」
煌徳がそそくさと三世の腕を引っ張って失敬する。
「煌徳、引っ張んなって!痛い」
「8本あるから大丈夫でしょ」
「何怒ってるんだよ」
「三世、在原さんと何話してたの?」
「……」
返事がない。
「僕に言えないこと?」
「……」
ちょっと待ってよ。よーく思い出せ。さっき見たのは三世だった?降三世明王だった?
右目は赤かったけど、左は…緑っぽかったような…。
緑…緑…翡翠…真言……。
まさか千世?どういうこと?意味わかんない。
でも思い当たる人物は143年前確かに存在していた彼しかいない。
超越的な力を持った陰陽師。佐伯千世……。
そもそも三世の素性を僕たち兄弟はあまり知らないんだよね。
父さんが10年前にいきなり連れて来て、それから自然とひとつ屋根の下で過ごしている。
現在、降三世明王が意識を支配しているはずの三世って元々はどんな人物だったんだろう。
宿命通で今度こっそり調べてみよう。
在原は三世と煌徳をずっと目で追っていた。
王生家が四人。あと一人いれば五人。
もう一人の息子の正体。分かった気がする。
徐に五大明王像の西に配する大威徳明王像を眺める。
展示されていたのは水牛に乗った六面六臂六脚の明王像。
在原の右頬に口づけするように冷たい空気がそっと当たる。
「お前は一度あの島の洞窟へ戻れ。ここまで来て降伏するわけにはいかない」
今度は抱擁しているように体全体が冷たい空気に包まれる。
「私なら大丈夫。うまくこの人間の意識を調教してやるよ」
何かを企んでいるような在原の不敵の笑みだった。
さくらは担当の展示室Aに戻ろうとしたが、受付の前で足止めされていた。
事の発端は少し前に遡る。
「どうしたんだろう」
受付の二人が猛アピールして手招きしてるんだけど…。
そこには小学生用のパンフを持っている女性が何やら困った様子で受付の職員と話していた。
「学校の先生かな?」
さくらが見て見ぬ振りできず受付にやって来る。
「何かありましたか?」
「烏丸さん。よかったぁ気が付いてくれて」
あんなに大腕振られたら誰だって気が付きますって…。
「実は来週、社会見学に来られるそうなんですが、色覚異常の生徒さんに音声ガイダンス以外に色彩を分かりやすく伝えられる方法がないかと相談を受けまして」
色覚異常?色の見え方が違うとか?
「M.C.H.学芸員の烏丸と申します」
「小学校で教諭をしています多田と申します。難しい事だとは思ってはいるんですが、一応聞いてみようかと」
「具体的にどんな症状なんですか?」
「日常生活には余り支障はないのですが赤と緑が鮮やかに見えないらしくて」
茶色っぽく見えるってことかな?
難しい案件かも。持ち帰って主査に相談してみようかな。
「そうですか。曼荼羅や仏像画は色彩豊かな作品ですからね…」
「本人は芸術に興味があって絵も好きで、すごく楽しみにしているんです」
切に願う先生の言葉に戸惑ってしまう。
「ん!?」
三世が困っているさくらの姿を見つけるや否や
先にホールで待ち構えている煌徳の元へは行かずに足の向きを90度変えて、さくらの元へ走る。
あの女性が持っているのは、さっき俺が見た社会見学用のパンフ。(表紙は さくらが描いた迦楼羅王)
「どうかしたのか?深刻な顔して」
「社会見学で来館する生徒さんに色覚異常の方がいらっしゃるみたいで、相談を受けていたところなんです」
「ふーん」
「って、いつの間に。あなた部外者でしょ」
「今は関係者だ。一応招待客」
堂々と首元の入場者証を手に持って見せる。
さくらが顔をしかめる。
「音声ガイダンスがあるだろ?」
「作品紹介がメインなので、色彩に関しての説明はありません」
「はぁ…使えねー」
三世の呟きにさくらの口元がピクピクする。
「今何か言いました?」
「何も」
ピクピク止まれ、止まれ、止まれ。口が悪いのは百も承知。
「で、どの色ですか?」
「本人曰く、赤と緑が全体的に茶色に見えるそうです」
やっぱり茶色に見えるんだ。でも、三世さん何で症状に詳しいんだろ?すぐにどの色ですか?って聞いてたし。
「なるほど。で、見学はいつですか?」
いやいや。何で勝手に話進めてるの?
さくらが三世をキッと見る。
「来週の金曜日の午前です」
「ちょっと待ってくださいね」
三世がスマホで診察予約のスケジュールを確認する。
「えっと…金曜なら大丈夫です。丁度午前中は空いているので僕が彼女を案内しますよ」
「ちょ、ちょっと勝手に話を進めないでよ。一応主査に聞かないと」
「ボランティアだ。問題ないだろう?」
「ま、まぁそれなら…」
さくらが渋々承知する。
「以前同じような方と出会ったことがあって、説明の仕方は何となくわかります」
以前同じような方と?元彼女がそうだったの?そういうことだったんだ…。
は!?私ったら何勝手に想像して落ち込んでいるの?
三世が見せたことのない慈悲深い目をして語りだす。
「先生、古色蒼然という言葉をご存じですか?
時を経て古くなってもその独特の色合いが趣を感じさせます。
たとえ色褪せてしまってもそれはそれで一つの魅力だと僕は思います。
多分満足してもらえる鑑賞ができると思います」
「ありがとうございます。彼女とても楽しみにしていたのでどうしようか悩んでいたんです。相談してみてよかったです」
多田は笑顔で深々と礼をする。
「じゃぁ当日、ここのロビーで待ってます。その生徒さんによろしく伝えて下さい」
「はい。あの…お名前聞いてもよろしいですか」
「あ、名刺を渡しておきます。何か聞きたいことがあったらここに連絡ください」
三世が名刺を渡す。
「実は僕も絵が好きなんです」
名刺にはクリスさんのイラスト。
「お上手ですね」
「ありがとうございます」
あの名刺のイラストはやっぱり三世さんが描いたんだ。
でも初めて会った時、絵とかあんまり好きじゃないって言ってたよね?
「じゃあ金曜日に」
「はい。よろしくお願いいたします」
先生、すごく喜んでる。
良かった…三世さんがいて。
だけど不思議…。三世さんは呼んでもいないのに駆け付けて私を助けてくれる。
これを偶然で済ませていいのかな?
「さくら、早く戻れよ。あの上司に見つかるぞ」
「あっ、そうだった」
さくらが慌てて展示室Aに向かう。
「慌てるなよ。また転ぶぞ」
「わかってるわよ」
何故か三世も同じ方向へ歩き出す。
「今度昼飯くらいおごれよ」
「ボランティアでしょ?」
「飯ぐらい いいだろ」
これって誘ってるわけじゃないよね?
「後ついてこないでよ」
「喉が渇いたから、そこの自販機で何か買おうと思ったんだよ」
結局二人は言い争いながら自販機のある廊下までやって来た。
三世が自販機の前に立って何を買うか悩んでいると、
さくらが天然水のボタンを迷わず押す。
「三世さん。はい」
さくらは取り出し口から天然水のペットボトルを手に取り三世に恥ずかしそうに渡す。
「いつもありがとう」
さくらは照れながら担当の展示室Aに戻った。
俺、コーヒー飲みたかったのに…。礼を言われても俺の金だし。
「ま、いっか」
その頃 受付の二人は勝手に色々な憶測をしていた。
「さっきの人、烏丸さんの彼氏かな?」
「超カッコイイよね」
「随分と親しそうに話してたし、羨ましい」
「でも、烏丸さんって在原主査に憧れていたんじゃ?」
「憧れと好きは別物よ」
「招待客だから、後で名簿見てみようか」
「『王生 三世 Ikurumi Sanze』 って書いてあった」
「えー!?ちゃっかりチエックしてたの?」
「確か王生さんには入場者証3枚渡した記憶があるのよね」
「じゃあ、あと二人もイケメンかな?」
「恐らくイケオジ一人とイケメン一人」
剣と煌徳が同時にくしゃみをする。
「花粉症?」
「まだ飛散してないと思うけど」
宿命通……前世を知る力
降三世明王には手が8本あります。
読んでいただきありがとうございます。
少しづつ登場人物紹介の紹介を変えていこうと思っています。
千世の苗字も判明しましたし…。
苗字に秘密ありです。
最後の受付嬢のオマケ、書くか書かないか迷いました。
三世と在原の立場を少しはっきりさせたくて結局書いてしまいました。
多田先生。小学校1.2年生の担任。恩師です。




