春の章 乾坤一擲 4
遂に三世と在原が対面する。
お互い腹の内を探り合っているうちにそれぞれの正体に気が付く。
登場人物紹介
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
現在は獣医師をしており、生命に関わる仕事に携わっている。
実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。
在原 朝臣
さくらの職場の上司。さくらの大学の先輩でもある。実はさくらに想いを寄せている。
悲運なのか不運なのか運命なのか、彼の血筋には代々運ばされている「恨」があった。
彼の正体は?
烏丸 さくら
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。
藤原 后恵
さくらと同じM.C.H.の学芸員。以前は奈良国立博物館に勤務。
霊感が強そう。
在原と后恵が展示室Bにやって来た。
心なしか在原の歩みが早いような気がする。
后恵は何も言わず在原の後ろについて歩く。
在原は展示室に入って直ぐに五大明王像の向こうにいる三世とさくらを見つけた。
──やはり、この像の所にいたか…。一緒にいるのは烏丸さん?
何だ?この感覚は…頭に血が上るのがわかる。
私の体はどうなっているんだ?怒りで体も震えてきたみたいだ…。
在原は手を握りしめ必死に堪えていた。
突如、館内がざわつき始める。
「地震?」
観覧していた招待客が僅かな揺れを感じたらしい。
「今、少し揺れましたね」
揺れを感じたのは一人ではなかった。
「展示ケースは揺れてないみたいだけど」
「震度1くらいだからじゃない?」
「何か一瞬でしたね」
中にはスマホで地震速報を確認する者もいたが、
さほどの揺れではなかったので、ほとんどの招待客はそのまま観覧を続ける。
在原と藤原は五大明王像の背後を回り、さくらの目の前にやって来た。
「さくらさん、どうしたの?」
藤原は少し気まずい状況になったと思った。
「烏丸さんの担当はAの展示室ですよね」
珍しく在原が怒っているような口調に聞こえた。
「すいません。ちょっと知り合いがいたものですから。すぐ戻ります」
さくらが慌てて立ち去ろうとする。
「おい!」
三世がと3mほどあった距離をたった数歩で駆け寄り、さくらの右手を掴んで足止めする。
「あ、あの…手を放して下さい。今仕事中です。上司が見ていますから」
「上司?」
三世は初めて在原を目の前にする。
睨むような三世の視線に在原は怯む様子もない。
その時、三世の脳に不思議な現象が起きていた。
記憶の混同?
奴をどこかで見たことがある気がするんだが…。
もしかして借りている体の意識の片隅に残っている?いや、違う。いつの時代だ?どこかで…どこかで間違いなく俺と会っている。
胸元のネームプレートに目をやる。
『M.C.H. 主査 在原 朝臣(ARIHARA TOMOOMI)』
名前だけじゃ思い出せない。
だけど、平安時代に似たような名前の人物がいたっけ。
在原業平朝臣。
ご立派なお名前で…。
年は30位か?若いのに主査の役職に就いているとはね…。奴も出世か?
って、感心してどうする。
さくらが三世にずっと掴まれていた手を振りほどく。
三世は振り返ることなく、在原の前に仁王立ちする。
張り詰めた空気の中、在原の方から声をかける。
「失礼。何か?」
「俺、一応招待客なんですけど」
威圧するような態度とは裏腹に落ち着いて答える。
「そ、そうなんです。彼をご案内ている途中で…」
慌ててさくらが答える。
「そっ。さくらに案内してもらってる」
「そ、そういうことなんです」
だから、名前で呼ばないでよ。勘違いされるじゃないの!
「あの…失礼ですが、烏丸さんとはどういったご関係で?」
在原が目を細めて三世の入場者証を見る。
『王生 三世。
Sanze Ikurumi』
──王生 三世。間違いない。もう一人の息子か…。
「さくらとは古くからの知り合いなんです」
「幼馴染とか?」
「違います!」
さくらが大きな声できっぱりと否定する。
はっ!?助けてもらったのは、つい最近の出来事でしょ!出会いはそこでしょ!そこ!
古くからの知り合いって…何言ってんの?
「さくら、足の痛みは?もう仕事して大丈夫なのか?俺たちが帰ったあとも心配で…」
今その件は喋らなくていいから!ケガのことは恥ずかしいから在原主査に聞かれたくない。
「おかげさまで大分よくなりました」
とりあえず無難な返事で…。
「安心した」
さくらが一瞬ドキッとする。
「だって確認のラインをしても既読スルーされそうだし」
「そ、それって心外なんですけど。でも今は仕事が忙しいからスルーするかもしれません」
「正直だな」
「随分と仲がいいんですね」
仲睦まじい様子を傍から見ていた在原が発した一言から嫉妬しているのがうかがえる。
「か、彼は、本当に知人の一人です。ラインの友達追加で+マークがつくじゃないですか。そんな感じの人です」
私ったら何で主査に釈明してるの?そんな感じってどんな感じ?
「あぁ、もしかして君が烏丸さんを助けてくれた王生さんの息子さん?ありがとうございます。こんなに直ぐに復帰できるとは思っていませんでした」
あぁ主査、フォローありがとうございます。
「あ、あの…私仕事に戻ります」
「急いでさくらさん。不退寺の展示の前が混みあってきたわ。ベルトパーテーション使っていいから整列して見れるようにご案内して」
「はい。わかりました」
さくらは展示室Aに夢中で歩き出す。
「良かったな。ちゃんと歩けてるじゃん。そうだ、またジェラート食べに行こうか。あそこのお店ケーキも美味しいんだ」
振り向いて返事はしなかったが、さくらの顔は少し嬉しそうだった。
「弟さんのお店ね…何か行きづらい」
在原は胸中穏やかではなかった。
確か代々降三世明王が現在に降臨する時、いつも体を借りる人間の名前には「世」の一文字が入ってた。
世正、泰世、千世、そして三世ですか…古きは良世もそうでしたね。
他人のことは言えたもんじゃないが、私が支配しているこの体も彼女を相当好いているようですね。
さっきから自制が効かなくなっている。
これからが面白くなりそうですね。
さくらがいなくなったのを見て三世がとある行動をとる。
音が出るほどの勢いで何かを踏む。
「ん?」
在原が不自然な行動を疑問に思う。
「あっ、すいませーん。今、蟻を踏みつけちゃったみたいで。回収しておいてくれます?」
三世は在原の前で、わざと館内に響くような声で喋る。
「えっ!?」
后恵が慌てて足元を確認する。
在原は少しも動じなかった。
三世はハンカチで蟻をつまんだように見せる。
「あれ?これってヒアリかも。だとしたら超危険ですよ」
后恵が怖気づく。
「おや?でもよーく見るとエゾアカヤマアリだ。よく似てるんだよねー。だけど…
館内には虫一匹たりとも入れないようにしないとね。貴重な美術品ばかりだし。ほとんどが国宝級ですからね」
在原に挑発的な視線を送る。
「申し訳ございません」
在原は謝罪を口にするが、
心の中では怒りが沸々と湧いていた。
「ここは私が対処しますので」
気の利く藤原が速やかに鎮静を図る。
「よろしくお願いします」
在原がこの場を藤原に一任する。
「こちらに渡していただけますか?」
藤原が三世からエゾアカヤマアリを直接受け取り、常備していた袋に入れる。
その時、間近で接する三世から漂う香りを敏感に感じ取る。
僅かだけどこの香り…。デオドラントとも違う。珍しいわね、お香かしら?森林…新緑…木の匂い?
「この蟻は大きな塚を作る。前庭を調査した方がいいよ」
「わ、わかりました」
三世が藤原にそっと伝えると、
大自在天像を目指し一歩一歩近づいていく。
像を前にして一歩踏み出し、一歩戻る。
「結界?一体誰が?」
──これが剣さんの言ってた右目か。確かに新しい。年季が入ってない。あの艶はつい最近研磨された感じだ。
書いてある解説を目で追って読む
『5年前の転倒事故で右眼が破損し現在入れらているのは義眼です。』
右目が義眼?人間じゃなくて仏像だけど…。コンタクトよりはマシか。
「先程からずっとこの大自在天像を見てらっしゃいますね。興味がおありですか?」
在原が背後から音を立てず三世に近づき声を掛ける
「何処からでも目が合うはずの玉眼。だけどなんか俺とは目を合わせてくれないんだよね。嫌われてるのかな?」
奴の反応は?
「かも…しれませんね」
在原は戸惑いつつも上手に受け流す。
三世が矢継ぎ早に指摘する。
「この右眼って硝子でしょ?義眼って書くより本物の眼のように見えるとか…そういう書き方の方がしっくりくる。
一応偉大な神、大自在天。ヒンドゥー教のシヴァ神。すごい神様なんだから」
「そうですね。ご指摘ありがとうございます」
またしても上手くかわされたか…。
「それにしても三世さんはお若いのに仏像に詳しいんですね。もしかして、お父様と同じ学芸員なんですか?」
「いいえ。獣医師です」
「意外でした。あと何かお気づきの点がありますでしょうか」
三世が目線を対峙する五大明王像に移す。
「一見怒眼で牙をむいて怖そうな明王だけど、辿るとインドの原住民の神の化身だ。
南に配する軍荼利明王の古代インド名は“クンダリー”不死の霊薬を入れる瓶の訳だ。
なぁ、その薬、欲しいとは思わないか?この世が支配されても永久に生き続けられるんだ。手にしたいだろ?だけど、それは欲、欲望…そう…貪欲」
「何を仰りたいのですか?」
「別に。それより敬語使わなくていいよ。気に障る」
「………」
少し言い過ぎたか?
黙り込んでいた在原が何か言いたげな表情で喉を鳴らす。
「この五大明王像の東に配する降三世明王はその貪欲を滅ぼし、解放してくれると聞いたことがあります」
今までとは違う別人のような口調だ。それに額に随分と汗をかいている。
もしかして俺の正体を知っていて助けを求めてる?
「あんた、苦悩してるのか?」
急に不敵な笑みを浮かべる在原。
「古代インド名はソバニ。訳すと降三世…」
凄みがきいた在原の声。
「どうやら初対面ではなさそうだね」
三世は自分の正体を間接的な表現に留める。
「そのようですね」
それでも在原は三世の正体が分かったようだった。
三世と在原の間を分断するように急に冷たい空気が流れ込む。
「冷たっ…」
三世が頬で感じる。
「ここで火花を散らすのはやめましょう。火事になったら大変ですよ」
在原は余裕の表情だった。
「それは過去の話だ」
──気になる。
一度だけ見せた人間らしい表情は何だったんだ?
さっき奴の意識に巣くう魂が二体見えた。その内の一体か?
「もう一度聞きます。烏丸さんとはどういったご関係で?」
三世の虹彩が一瞬で血紅色に変わる。
「共に生きてゆく…未来も」
「その目…どうやら本気のようですね」
「近い将来、その右目が慈悲深い眼差しかどうか、拝まさせてもらうよ。在原さん」
不退寺……奈良県にあるお寺。業平寺とも呼ばれている。
読んでいただきありがとうございます。
しばらくなかった北海道あるある。
エゾアカヤマアリ。毒針はないようですが攻撃的らしいです。
スーパーが5%オフの日は投稿が遅くなる…。




