春の章 乾坤一擲 3
M.C.H.で開催されている内覧会で
さくらは煌徳と初めて顔を合わせる。
そして三世とさくらは久々に再会する。
登場人物紹介
王生 剣
王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。
職業は仏像学芸員。
王生 煌徳
剣と愛の実子。現在に目覚めた大威徳明王。現在酪農大学の学生で三世の跡を継ごうと獣医師を目指している。愛くるしい顔をしているが怒ると家族の中では一番怖い。
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
現在は獣医師をしており、生命に関わる仕事に携わっている。
各務 恵光
M.C.H.の館長。剣とは公私共に面識あり。
現在に目覚めた恵光童子。
在原 朝臣
さくらの職場の上司。さくらの大学の先輩でもある。実はさくらに想いを寄せている。
列車事故で右目を負傷している。
烏丸 さくら
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。
M.C.H.では【仏教美術の世界 特別展 MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(M.C.H.)】関係者だけの内覧会が開催されていた。
さくらは担当する展示室Aで招待客を案内していた。
招待されているのは、ほとんどが有識者の方だよね…。
美術品を見る知的な眼差し。品がある服装。
どうか話し掛けられませんように。
そういえば名簿に王生さんの名前も載ってた。数少ない仏像学芸員だもんね。
何故か追加で三世さんとあと一人。難しい字で読めなかったけど三人で来館しているはず。
そもそも、これだけたくさん展示されている重要文化財の説明を短期間で憶えるなんて私の記憶力の許容範囲を完全に超えてるんですけど。
さくらは展示されている仏画や書跡を目の前にして音を上げる。
特別展以外に気になることもあって全然頭に入ってこないし…。
ん?気になること?
何気にテーピングされている右足に目が行く。
何もない、何もない。
目を瞑り大きく一回深呼吸をする。
よし、頭を切り替えよう。
目を開けた瞬間、ホールで在原と会話している剣に目に留まる。
「あっ、王生さんだ」
主査と何話しているんだろう。でも、お父さんの隣にいるのは三世さん…じゃない…。
「王生さん!」
あっ、咄嗟に呼んでしまった。
「!?」
剣が名前を呼ばれて思わず振り向く。
「さ…烏丸さん?」
「おや?烏丸とお知り合いですか?」
各務も思わぬ関係に少し驚く。
「え、えぇ…まぁ」
驚きを隠せず口を少し開けたまま、近づいてくるさくらを見つめる。
おいおい彼女がM.C.H.にいるなんて三世は一言も言ってなかったぞ。
さては知ってて私に黙っていたな。
なるほど。一緒に来たのはそういう事か。
ようやく さくらが足の痛みをこらえながら剣たちの元にやって来た。
「王生さん、先日はありがとうございました。名前もお伝えせずあたふたしてしまって」
「あ、あの…烏丸さん。少し落ち着きましょうか。息切れしてますよ」
やっぱり怪我のせいか少し早歩きしただけなのに息が上がってる。
「えっ!?あ、す、すいません」
剣が包み込むような温かい表情で迎える。
さくらは少し照れ臭そうに髪の毛を手で整え、呼吸を整える。
「改めまして。私、ここで学芸員を勤めております烏丸さくらと申します」
「あの後、三世からいきさつを聞きました。名前も存じ上げてますよ」
さくらを見つめる剣の優しい眼差し。
しかし、動揺しているさくらには、そうは見えなかった。
お父さんボーっと私を見てる。まさかの放心状態?
いきなり自己紹介って変だったかな?
どうしよう…。早く何か言わないと。
「あの…蕗の金平とてもおいしかったです」
私ったら唐突に何言ってるの?気が動転してるぅ。
「ははは。ありがとうございます。こちらこそいきなり男二人で押しかけてしまって、驚いたでしょう。その後お怪我の方は?」
普通に返事が返ってきた。良かった…。
「は、はい。まだ少し痛みはありますけど、三世さんに応急処置してもらって病院にも連れて行って頂いたので治りも早いみたいです」
「そうですか。安心しました」
──安心しました。か…。
お父さん思いやりのある温かい人だな…。
剣はさくらがさっきから自分の背後をチラチラ見ているのに気が付く。
「もしかして三世?さっきまで一緒にいたんだけど、慌ただしくBの方に行ったよ」
展示室Bは五大明王像と大自在天像…仏像メインの展示だけど。
「でも仏像や曼荼羅には興味無いって言ってましたよ」
「そんな事ないですよ、一応僕の息子ですから多少なりとも…」
「父さん、誰?」
煌徳が二人の会話に入って来る。
「こちら、烏丸さくらさん。ほら、三世が話していただろ?この前 熊追いの最中に山で怪我した人を助けたって」
煌徳の冷ややかな視線がさくらに注いでいるのがわかる。
ここからは煌徳の想像の域。
この人が三世が来店した時、助手席に乗っていた人か…そしてジェラートを仲良く食べた人。現在の彼女か。三世は何でここにいること黙ってたんだ?
まっ、どうでもいいけど。勘繰るなって言われてるし。
だけど“烏丸さくら”ってどこかで聞いたような名前……。
──桜、桜。
あー!思い出した!これは偶然?運命?執着心?
やっぱり凄く気になるなぁ…。でも、ここは我慢。
「一応三世の弟の煌徳です」
えっ?何なの?単に大きいだけじゃない、彼の威圧するような目…。やだ、私震えてる?何怯えてるんだろう。
取り敢えず失礼のないように。
「烏丸さくらと申します。お兄さんには色々とお世話になりました」
「いえ」
三世さんにも増して冷ややかな態度…そして喋り方。しかも一言だけ。さすが兄弟。
ヤバい。またしても不機嫌なのが顔に出てるかも。平常心、平常心。
「失礼。烏丸さんって王生さんとお知り合いなんですか?」
在原が興味津々で尋ねてくる。
「あっ、その…たまたま王生さんの息子さんに怪我したところを助けられまして」
「彼に?」
「い、いえ…彼じゃなくて…」
足のケガが普通に歩いてて転んだの嘘だってばれたかな?確かに転んだのは道は道でもアスファルトじゃない山の道。でも、道で転んだのは間違いない。
別にやましいことじゃないし…。
「兄の三世と一緒にジェラートとクロワッサン、仲良く車の中で食べてましたよね。フレーバーの味どうでしたか?」
煌徳の遠慮のない突っ込み。
その大きな瞳で問い詰めないでよ。目力に押されて返事に詰まるじゃない。
「あ、あれはその…ジェラートはいただきました。とても美味しかったです。けど、仲良くは食べてないです」
クロワッサンは食べそびれましたけど。
ちょっと待って。何で一緒にいたの知っているの?ジェラートの味まで聞くの?何か怖いんですけど…。
「でしょうね。あのフレーバーは僕が作ったんですから」
「えっ?」
「僕、あの店でバイトしてるんで」
そういう展開なの?しかも自信満々な態度。
「よろしければまた三世と来てください。お二人のこと応援しますんで」
煌徳がいつものスマイルをさくらに向ける。
「応援?何のことですか?」
三世さん、弟さんに私の失態を話したりしてないよね?
転んで鼻に泥つけたみっともない顔だったとか、蛇と熊を間違えたとか、腰抜かしたとか、お姫様抱っこされたとか…。
「だって三世と交際してるんでしょ?」
「は?してません!!」
二人の会話を聞いていた在原が唇をギュッと結ぶ。
「三世?」
在原の少し凄みがきいた声。
「あぁ、さくらさんを助けたのはもう一人の息子です、さっきまでは一緒だったんですが…」
二人の間に突っ立っているだけだった剣が直ぐに答える。
「そうなんですか。もう一人息子さんがいらしたんですね」
剣が在原の変化に気が付く。
急に彼の声色が変わったぞ。
表情は穏やかだが、心奥は何か乱れているような…。
それにさくらさんの方をじっと見たり展示室Bを見たり、落ち着かない様子だ。
「さくらさん、そろそろ戻った方がいいんじゃない?館内が大分混みあってきたわよ」
「あっ、すいません。仕事に戻りますので私はこれで失礼します」
后恵も何かを感じたようで、さくらをこの場から遠ざける。
さくらは何度も振り返り、后恵たちが自分を見ていないのを確認し、担当の展示室Aには戻らずBの方に入って行った。
──別に会いたいわけじゃないから。話しをしたいわけじゃないから。
さくらは せかせかと歩いて三世を探す。
展示室中心の東西南北に配置された五大明王像の周りを一周し、立ち止まる。
「いた」
目の前にいる三世は微動だにせず、東に配置されている五大明王像のひとつ、降三世明王像の真正面にある大自在天像をじっと見つめていた。
天上からの照明が薄明光線のようで、照らされている三世が神々しく見えた。
──眩しい。
光のせい?三世さんの瞳がまた翡翠のような緑に見える。
なぜだろう…、気が立っていたはずなのになぜか落ち着いてきた。
さくらは声をかけることもできず立ち竦んでしまった。
三世がさくらに気が付き何度か瞬きをする。
「さくら」
呼びかけられた時、三世の虹彩は琥珀色に戻っていた。
えっ?少し離れていて聞こえなかったけど。また私のこと名前で呼んだ?
三世との距離は3mほどあるが中々距離を縮められない。
足が痛くて歩けないとかではなくて、近寄りがたい空気で押されている気がしてこれ以上踏み出せない。
「先程お父さんにお会いしました。一緒に来てたんですね」
「まぁね、剣さんに無理やり連れてこられた感じかな」
剣さん…お父さんね。
「ですよね、この前仏像や曼荼羅は興味無いって言ってましたし」
どうしてこうなっちゃうの?「そうだったんですね」って素直に返事できないんだろう。
「そうだっけ?」
ポケットに手を入れてはぐらかす。
「さくらに会えるかなぁなんて期待もあったりして…」
「えっ?」
離れているうえに声が小さくて聞こえなかったけど…。思わせぶりなこと言った?
私、何で胸が高鳴ってるの?お願いだからずっと見つめないでよ。
「な、何ジロジロ見てるんですか」
「別に」
お互い距離が離れたまま話している。二人の微妙な距離感。
「もっとこっちに来いよ。話しづらい」
「え、えっと…何だか近づきにくくて」
「どういう意味だよ」
照れ隠しかもしれないが、ポケットに手を入れたまま少し機嫌が悪そうに見える三世。
「あの…ちょっと聞いてもいいですか?」
招待客のひとりがさくらに尋ねてきた。
「わ、私?」
思わず自分を指さす。
ど、どうしよう…。話しかけられてしまった…。
「839年は平安時代の初期ですよね?」
「そ、そうです」
余計なこと言わない。聞かれたことだけに答える。どうしよう…794ウグイス平安京しか出てこないぃぃ。
「和歴で承和6年、仁明天皇の時代です。彼は有名な歌人、在原業平を自分の秘書に任命した人物です。彼は今で言うと、いわゆる出世?したんですかね」
三世がポケットから手を出し、すらすらと説明する。
「すごい…」
さくらが感心する。
「詳しく説明して頂き、ありがとうございます。勉強になりました」
「いえ」
三世は軽く一礼をすると、横目でさくらを見る。
「何感心してんだよ。この国宝の五大明王像は839年作って書いてあるだろ?それがどんな時代かくらいちゃんと勉強しておけよ」
「す、すいません」
また謝ってしまった…。気持ちが沈み自然と俯く。
そんなさくらを見て三世が補足する。
「たまたま剣さんから教えてもらったんだよ」
流石にこの時代に存在してたとは言えないよな。
まぁ信じてもらえないだろうけど。
『国宝 五大明王像 839年作』
各務のインカムに連絡が入る。
「おっと、お偉いさんが来たみたいだ。挨拶してくるよ」
「すいません。そろそろ私も持ち場に戻らないと。何かお気付きの点がありましたらご教授いただけると幸いです。改善致しますので」
在原も依頼をし退席する。
「わかりました」
「それでは失礼します」
「主査、私も戻ります」
在原と藤原は三世とさくらがいる展示室Bへ向かう。
読んでいただきありがとうございます。
さくらは高校3年生の時、交通事故で父を亡くしています。
なので、剣に少し甘えているように書いてます。
三世の知識(過去の記憶)は後のエピソードに繋げようと思っています。(頭の中では何となく書こうと思っています)
今日は新しい冷蔵庫が来たので時間が遅くなりました。
前の冷蔵庫は霜だらけでこの夏は大変でした。




