春の章 乾坤一擲 2
遂に三世と在原が対面と思いきや隙を見て三世がその場を離れてしまう。
なかなか剣の思惑通りにはいかない。しかし各務から新たな情報を得る。
登場人物紹介
王生 剣
王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。
職業は仏像学芸員。
王生 煌徳
剣と愛の実子。現在に目覚めた大威徳明王。現在酪農大学の学生で三世の跡を継ごうと獣医師を目指している。愛くるしい顔をしているが怒ると家族の中では一番怖い。
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
現在は獣医師をしており、生命に関わる仕事に携わっている。
各務 恵光
M.C.H.の館長。剣とは公私共に面識あり。
現在に目覚めた恵光童子。
在原 朝臣
さくらの職場の上司。さくらの大学の先輩でもある。実はさくらに想いを寄せている。
列車事故で右目を負傷している。
藤原 后恵
さくらと同じM.C.H.の学芸員。以前は奈良国立博物館に勤務。
霊感が強そう。
剣と各務の話は続いていた。話の内容は表の仕事の話。
「本当に王生さんには感謝しています。今回の展示もウィーヴプロジェクトのお陰で実現したんですから」
「いやいや私だけではありません。プロジェクトに関わった皆さんの協力があって、これだけ多くの価値ある美術品が展示出来たんです」
「そうですね。ご尽力賜り感謝致します」
各務がお礼を言う。
「今更ながら王生さんって言われるの照れますね…」
何故か少し戸惑う剣。
「ははは。変わらず遵奉致しますので、ご心配なく」
「ありがとう」
何処かぎこちない会話を交わす二人。
「ところでウチの藤原とはご縁があったようで…。伝手があったから随分助かりましたよ」
「彼女とは奈良国立博物館で少しだけ一緒に働いていた事があってね。あちらでは年間通して特別展ばかりで大変でしたよ。彼女も久々に本領発揮できたのではないでしょうか」
「そうですね…」
各務が物言いたげな目で剣を見る。
察した剣が問いかける。
「各務、どうした?」
一歩前に出て剣に近づき、真剣な眼差しで伝える。
「萌芽が感じられます、とだけ申しておきましょう」
──なるほど。物事の兆し、始まりか。
池の文字はやっぱり『もえ』じゃなかった。
剣が胸をなでおろす。
それも束の間、騒々しい二人の声が背後から聞こえてきた。
「ほら、入場者証首にかけて!」
「はいはいわかってますって…もう…」
煌徳が三世を連行してきた。
三世があからさまに不機嫌そうなのがわかる。
「はい。父さん連れてきました」
諦めの悪い三世は引っ張られた腕を伸ばしたまま、視線は展示室Bの方に向けていた。
「煌徳すまんな。館長、こちらが一応息子の三世です」
「初めまして」
三世が煌徳の手を振りほどき軽く会釈する。
「館長の各務です。半世紀に一度実現できるかどうかの特別展ゆっくり見学してくださいね」
「あ、はい、まぁ」
誰が聞いてもぶっきらぼうな返事。あからさまに失礼な態度である。
しかも目を逸らし、どこか落ち着きがなくソワソワしている。
各務が失礼とは思いつつ三世を顔から追って足元までじろじろ見る。
「彼が?」
気がはやる三世は全く気になどしていない。
「館長、お察しの通りですよ。顔はイケメンですが、意識は降三世明王です」
「なるほど。異彩を放ってますな」
「目が離せなくて大変です。念のため煌徳を連れてきましたから」
「ははははは。いざという時頼りになりますからね」
「まぁね」
自信満々の煌徳。
「そうだ煌徳君、久々に川釣りでも行かないか?今がベストシーズンだよ」
「家の裏の川?恵おじさんの場合、勢い余って対岸までライン飛ばして木に引っかけちゃうから全然釣りにならないんだけど。餌も飛んで行くし…」
「ははは。じゃあ特別展が終わったら海釣りに行くか」
確かに海の対岸は遠い。仕掛けの針も返しが付いているので何とか飛ばずに済みそうだ。
「僕が車出します。車買ったんで」
「そっか免許取れる年になったんだ」
「22になりました」
「宝ちゃんと大耶君にいじられていたのが懐かしいわ」
「Y町なんてどうですか?高速で一時間くらいだし」
三世は会話が弾んでいる自分以外の三人の関係がまだよく分かっていなかった。
「煌徳、館長と知り合いなのか?」
「知り合いも何も…ほら、ちゃんとネームプレート見てよ」
三世が各務の胸ポケットのネームプレートに目をやる。
『M.C.H. 館長 各務 恵光(KAGAMI SHIGEMITU)』
「かがみ しげみつ」
どんくさい三世に煌徳が口を尖らせる。
「あー、もう!名前の方ちゃんと見てよ!」
顔を近づけて改めてネームプレートを見る。
「ん?恵光?」
「他に読み方あるでしょ!」
更に目を細めてじっと見る。
「え、…えこう?」
「分かった?」
三世はようやくピンと来た。
「あっ、分かった!」
M.C.H. 館長 各務 恵光。彼は現在に目覚めた不動明王の眷属の一人、恵光童子である。
各務も自ら名乗り出ることなく分かってもらえたようで安堵した。
「よろしく、三世さん」
「なるほど、あんたも剣さんに仕えてるってことか」
正体が分かった途端に態度を変える。
「はい」
その一言からも遜った各務の立場がわかる。
「この時代は俺の知らないことばかりだ」
片や不満気にポケットに手を入れて高圧的な態度を見せる三世。
「仕方ないだろ、まだ現在に来て10年なんだから。その内、皆と顔を合わせてやるよ」
「別にいいよ」
清隆と恵光。あと六人もいるのか…。
「自己紹介が終わったところで、今回のプロジェクトのリーダーの在原を紹介しますよ」
いよいよ大自在天像の展示に固執していた人物との対面だな。
剣が心する。
各務がインカムで呼び寄せる。
「在原君、ちょっとホールまで来れるかな。会わせたい人がいるんだ」
すぐに応答があったようだ。各務が剣にOKの合図をする。
少しやり取りがあった後、通信を切る。
「藤原も久々にお会いしたいそうです。よろしいですか?」
「勿論。楽しみですね」
──在原 朝臣。
見た目穏やかな人物だと話しやすいんだが…。
「各務、先日電話で話した件だが裏は取れたか?」
剣が周囲を気にしながら小声で話す。
「ええ確認しました。王生さんの仰ってた通リです。彼の履歴書には在原ではなく当時は九条朝臣と書かれていました」
「やはりそうか」
予想通り九条家の血縁者だったか…。既に意志を疎通できる最もふさわしい人物を見つけていたとは…。
しかし何故九条家の人間ばかりが…。大自在天像の銘文の中にあった九条家の名前には一体どんな秘密があるのだろうか…。
色々想像すると少し緊張してきた。どうしよう…心拍数が上がってきたかも…。
「俺ちょっと展示室B見てくるわ」
剣が一瞬ひるんだ隙を見て三世がこの場からさっさと離れる。
「ちょっと三世!」
煌徳が引き留めようとするが、上手くかわして行ってしまった。
「待て!三世!会わせたい人が…」
剣の一か八か凶と出るか吉と出るか作戦の第一段階、失敗に終わる。
「父さん、ごめん」
「はぁ…」
溜息と同時に剣の緊張が一気に解れた。
三世は真っ先に展示室Bには入らず、展示室Aの入口のパネル前で足を止める。
見惚れているのは東寺の五重塔と桜のコラボレーション。
「懐かしいな…」
おっと、俺が見たいのは展示室Bの大自在天像。つま先をBに向け一歩踏み出す。
「こっちは法隆寺か」
展示室に悠々と入っていく三世と在原がお互いの肩に触れそうな距離ですれ違う。
在原が何の気なしに振り向き三世の後ろ姿を追う。
「主査、どうかしましたか?」
在原に同行していた后恵が尋ねる。
「いや、何でもない」
この体が何かを察知した?いや、私の本能か?
この時、三世の右手には薄っすらと星の痣が浮き出ていた。
本人は表情を変えず五大明王像と向き合うように展示されている大自在天像へと早足で向かう。
在原と藤原が各務たちのもとにやって来た。
「来た来た、プロジェクトリーダーの在原と、久々の再会の藤原です」
ようやく対面の時だ。
「お待たせ致しました」
「いえ」
剣が肩幅より少し狭く足を広げて身構える。
「この度はご来場ありがとうございます。主査の在原と申します」
剣が気になったのはグレー系レンズの眼鏡で隠している在原の右目。
右目…ここは敢えて手短に済まそう。我々の存在を覚られ無いよう注意しなければ。
「こちらこそご招待ありがとうございます。仏像学芸員の王生と申します」
剣の視線に気が付いたのか在原が予め事情を話す。
「すいません、先日の事故で右目を負傷しまして、ちょっとお見せするには恥ずかしくて…」
王生?確か私を担当した医師も同じ苗字だった。あまり聞かない苗字だが偶然か?
「いえ。ご回復をお祈りします」
「ありがとうございます」
剣は直ぐに気が付いた。
既にこの世界に馴染まない雰囲気を醸し出している。
執着心、怒り…。
恐らくそれは大自在天の意識から発せられるものだろう。
そして、迷い…。
それにしても以前どこかで彼を見たような気もするのだが…。
思い出せないな…。
ヤバイ。老化の始まりか?
煌徳が剣の背中を軽く叩く。
──単なる物忘れだよ。
息子の心に染みた言葉に気を取り直し、無意識に背筋を伸ばす。
在原もまたどこかで剣に会っているような気がしていた。
二人の入場者証を横目で見る。
『王生 剣
Ken Ikurumi』
『王生 煌徳
Akinori Ikurumi』
親子か?
まさかとは思うが囲まれている?
三世が背後から感じる毒々しい異様なものに即座に反応し振り返る。
邪な心が具現化してる…。
「居心地悪っ」
今しがたすれ違った男か…。九条……。
それは剣たちの目の前にいる在原だった。
奴の中にはっきりと見える。あの時と同じ人間の意識に巣くう魂が…二体?は?二体?どういうことだ?
「だけど…剣さん何で背筋ピンとしてるの?もっと自然にできないかな…何かこっちが心配になってきた」
「王生さんお久しぶりです。メールでのやり取りが中心で直接お会いするのは1年ぶり?位ですかね。やっぱり実物はスタイリッシュでカッコいいですね」
后恵が剣に親しそうに話かける.
「照れますね。藤原さんもこちらで頑張っているようで安心しました。趣味のトレッキングは行ってますか?」
「最近は仕事も忙しいし、熊の出没が多くて中々…」
父さんを推しまくってるけど、この人誰?
煌徳が藤原を一瞬見ただけで何かを感じ取る。
僕だけ?
この人から微かに獣臭がするんだけど…。
動物いっぱい飼っているのかな?
「そちらは息子さん?」
──気付かれた?
「紹介します。息子の煌徳です」
「初めまして」
煌徳は軽く頭を下げ嗅覚を研ぎ澄ます。
ここには何かある。父さんストッパーなんて言ってたけど、
人一倍感覚が優れている僕を連れて来て何かを感取させるためだったのか。してやられた…。
それよりも一緒にいる男の方。父さんも気が付いているみたいだけど、回りに色々漂っていて気分が悪くなってきた。
帰りの運転大丈夫かな…。
リバースしませんように。
ウィーヴプロジェクト……主に特別展覧会の開催や文化財修理に力を入れているプロジェクト。
八大童子……不動明王の眷属。既に清隆(制多迦童子)は登場済。今回が恵光(恵光童子)。あと六人いる。
読んでいただきありがとうございます。
インフルエンザ予防接種の後なので体が滅茶苦茶カチコチです。
何故か左腕に打ったのに右肩から腕にかけて石のようです。
M.C.H.という一つの空間の主要人物が集まりました。
さて、次はどうしよう…。




