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春の章 乾坤一擲 1

 今日はM.C.H.で特別展前の内覧会が開催されていた。

剣、三世、煌徳の三人が会場を訪れていた。

そこでM.C.H.の館長である

各務かがみ 恵光しげみつと顔を会わせる。


登場人物紹介



王生 剣  

王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。

職業は仏像学芸員。


王生 煌徳

剣と愛の実子。現在に目覚めた大威徳明王。現在酪農大学の学生で三世の跡を継ごうと獣医師を目指している。愛くるしい顔をしているが怒ると家族の中では一番怖い。


王生 三世

降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。

現在は獣医師をしており、生命に関わる仕事に携わっている。


各務かがみ 恵光しげみつ

M.C.H.の館長。剣とは公私共に面識あり。


王生家 内覧会出席の朝


 煌徳がスーツを着て二階から下りてきた。

「何か香ばしい匂いがする」

ネクタイを結びながら真っすぐダイニングに向かう。

「おはよう」

そこでは三世がオーブントースターで何かを焼いていた。

「おはよう。遅くまで勉強してたのか?」

挨拶を交わすも三世はトースターから目を離さずじっと焼き加減を見ている。

「うん。午前中は内覧会に行くから、その分やっておかないとね」

「頑張れよ」

「あ、ありがと」

何か調子狂うな…。いつもなら、クソ真面目だなとか、そんなの帰って来てからやればいいじゃんって言うのに。

「ところで香ばしい匂いがするんだけど何焼いてるの?」

「剣さんがお土産に買って来た最中」

「最中焼いてんの?」

「そうだけど」

「朝から?何かの験担ぎ?」

チン!

「煌徳、小皿取って」

あっ、無視した。

「はい」

後ろの棚から丁度よい大きさの小皿を取って三世に渡す。

「まぁ食べてみろよ」

皿に一つ取って煌徳に勧める。

「ありがと」

「ちょっと熱いから気を付けろよ」

煌徳は半信半疑の目で最中一点に集中する。

最中の皮って既に焼いてあるよね?更に焼くの?とにかく食べてみよう。

「わっ!うんまっ。皮がパリッとしてる。中の餡も柔らかくなってて、ほんのりと甘味もアップしてる。すごーい!」

「だろ?」

「絶妙な焼き加減最高、粒あん最高だね」

「やっぱり粒あんだよな。お前の味覚は流石だな」

「もしかして姉さんに喧嘩売ってる?」

宝は大のこしあん派である。

「別に」

嘘だ。先日迎えに行かなかった…いや、行けなかったからなぁ…。

しかも二人して電話が鳴ったことすら気づかず爆睡してたし。

翌朝何があったんだ???

「何かお茶欲しくなったなぁ」

「ストッカーに俺専用の松寿まつじゅがあるから入れていいぞ」

「いいの?高級茶だよ?」

どうしたんだ?気持ち悪いくらい優しすぎる。いつもなら冷蔵庫にペットボトル入ってるとか、ティーバッグで我慢しろとか言うのに。

思わず三世を二度見する。

いつもの三世…だよね?

剣も二階の自室から降りて来た。

「おーい、支度できてるか?あと30分したら出るぞ。それと煌徳、庭の紫陽花に水やっといてくれないか」

「はーい。って管理してるのは三世だよね?」

「管理人クビになった」

即答。

数秒後、家中に響き渡る煌徳の声。

「えええ!!」

「丁度よかったよ。仕事忙しいし、それどころじゃないからさ」

驚愕の事実。今までの10年間が迎えに行かなかっただけで水の泡…。

積年の恨みが更に蓄積されるのか…。

「じゃあ誰が?」

「剣さん」

「僕も信用されてないってことか…」

「同罪だからな。剣さんも食べます?最中」

「私は歯を磨いたから、遠慮しておくよ」

煌徳がつぶらな瞳で剣を見つめ、心の中で祈る。

──父さん、頑張ってね。

そのうるうるした小動物のような目は"美味しいから是非食べて"と言っているのか?

「じゃあ帰って来たら頂くよ。煌徳、車頼む」

「窮屈かもしれないけど我慢してね」

三世の車は特別仕様で二人しか乗れないので仕方なく煌徳に愛車の軽を出してもらう。

身長180以上の男三人。窮屈は致し方無い。

「昔から最中好きだよな…」

ちらりと三世を見つめる剣の視線は懐疑的だった。

「剣さん何か言った?」

「いや、早く支度しろよ」

「わかってるよ」

──千世とそっくりだ。




M.C.H.玄関前の時計塔は午前11時を指していた。

M.C.H.では剣たちも招待されている関係者だけの内覧会【仏教美術の世界 特別展  MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(M.C.H.)】が開催されていた。

今日は風も無く、長閑な春の日和。

三人は八重桜が咲き誇るM.C.H.前庭の歩道を歩いていた。

「まだ桜が咲いてる。この前風強かったのに」

「これは遅咲きなんだろうな」

煌徳と剣は景観を楽しみながら正面入口へと足を進める。

散った桜の花びらがひらひらと前庭の人口池の水面に浮いていた。

「風が無いのに?」

剣が不自然な現象に気が付く。

──あれは、何かのメッセージか?

花びらが一か所に集まり漢字一文字と思われる形を徐々に作っていった。

『萌』

も、もえ?

剣が目頭と鼻の付け根をつまんで考える。

──兆し…の方だよな。

三世は一人慣れないスーツにブツブツ文句を言っていた。

「ネクタイ久々で苦しい…」

三世が喉元に人差し指を入れてネクタイを緩めて首元を見せる。

「三世、きちっとしろよ」

煌徳が小声で注意する。

「別にお堅い場所じゃないし、いいじゃん」

「っとに…しかもここ寝ぐせついてるよ。また寝覚め悪かったの?」

三世がおもむろに手で髪の毛を直す。

──ヒィーヨヒィーヨ、ヒィーヨヒィーヨ

「何の鳥だろう。可愛い鳴き声だね」

煌徳が建物奥の雑木林の方をじっと観察する。

「ヒヨドリ」

三世には直ぐ分かった。

「ヒヨドリ?でもウチの回りにいるのと鳴き声ちがうよ。何かちょっと甲高い気が…」

「街の中は雑音が多いからな。鳴き声が低いと他の仲間たちに聞こえにくいだろ?その点我が家は自然豊かな所にあるからな」

「へーそうなんだ。一つ勉強になったよ」

「鳥類に関しては孔明の方が博学だぞ」

“人里離れた場所”がちゃんと“自然豊かな所”に言い改めてる。

兄さんの言うことは聞くんだよなぁ。やっぱり三食は大事だとつくづく実感。

いや、腕力の違いを恐れているのか?

そんなことより姉さんとどうやって仲直りさせよう。

三世が隠れるようにM.C.H.を監視している全く動かない烏を雑木林の中に見つける。

「黒一点。同じ気配だ…」

性懲りもなくまた烏かよ。今回はハシブトガラス?まだまだ修行が足りないな。

頭の形が全然違う。羽の色も違う。嘴も細すぎる。

「ごめんちょっと先行ってて」

「三世、どうかしたの?」

「靴紐がほどけただけ。すぐ行くから」

三世は屈みこみ指で靴紐ではなく何かをつまんでハンカチに包む。

「一役買ってくれよ」

駆け足で二人に追いつき、三人揃って館内に入る。

エントランスの先には、ミュージアムショップが展開されており、

この展覧会のための特別商品も既に陳列されていた。

お守り、ポストカード、関連美術図書、レプリカの仏像等々。

三世は気になって一人でショップに立ち寄り、商品を見て回る。

中でも木彫りの小さな仏像に目が留まる。

「髪の毛逆立ちしすぎだわ…寝ぐせどころじゃないな…」

プライスボードに書かれていたのは、

『降三世明王像

販売価格38,500円(税込み)』

「高っ」

一方、剣と煌徳はショップには寄らず真っすぐ受付に向かう。

王生いくるみと申します。館長にお話して3名でお願いしていると思うのですが」

剣がジャケットの内ポケットから招待状を出し受付に渡す。

「ようこそお越しくださいました。王生様ですね。入場者証をお渡ししますので少々お待ちください」

受付の職員が、端末で確認し入場者証を剣に渡す。

「はい。三名様でお受けしております。こちらを首にかけてご入場下さい」

「ありがとう」

煌徳は左右にある展示室A、Bそれぞれの入り口に展示されている五重塔と桜がコラボレーションしている写真を一心に見ていた。

「どっちも五重塔だよね?パンフの表紙はどっちかな?」

それはどちらとも桜と織りなす荘厳な五重塔のパネルだった。

「はい、煌徳。入場者証。あれ?三世は?」

振り向くがそこに三世の姿はなかった。

「あれ?いない。また単独行動かな…」

「はぁ…」

溜息が漏れる。


王生いくるみさん!」

肩幅が広く、がっちりとした体形の男性が剣たちに歩み寄ってきた。

「ご無沙汰してます」

剣が軽く一礼をし挨拶を交わす。

「プロジェクトで忙しい中、来て下さってありがとうございます」

この男性は公私ともに剣とは長い付き合いがあるM.C.H.の館長の各務かがみ恵光しげみつである。

各務かがみ館長、こちらこそ無理なお願いを聞いて頂いてすいません。。滅多にない機会なので息子たちがどうしても見たいと言いまして」

──父さんの一か八か凶と出るか吉と出るか作戦に付き合って渋々来てるんだけど。

煌徳が心の中で否定する。

剣が咳ばらいをして注意を促す。

うわっ。もしかして滅茶苦茶嫌そうな顔してた?

「こちらが息子さん?」

「王生 煌徳あきのりです。今回は急なお願いにも関わらずご招待して頂きありがとうございます」

手のひらを返したように仕事バージョンの自然な笑顔で挨拶する。

「煌徳君久し振りだね、私の事覚えてるかな?」

真正面で見ると、目の前にはおぼろげに覚えている顔があった。

「もしかして…しげおじさん?」

「おっ、分かったかぁ。それにしても何年ぶりかなぁ」

各務と煌徳しばし見つめ合ってお互いを確認する。

「確か和歌山に行ったのが15年位前だっけ?」

15年前だと煌徳は7歳。当時の記憶は朧気だろう。剣が会話を繋げる。

「そんなに経ったか…。いやぁ、こんなに大きく立派になって。身長は私と同じ位あるんじゃないかな?」

各務が煌徳の隣に嬉しそうに並ぶ。

「それにしても随分と急な転属だったな」

「前任者が急逝したもので。私もまだ状況を掴みあぐねています」

各務がそれとなしに剣に伝える。

剣は直感した。

間違いない。これも誰かの仕業だ。

表情を変えずに話を続ける。

「煌徳、来て良かっただろ?感動の再会」

「来て正解」

思わず再会のハグを交わす。

「恵おじさん、相変わらず力強いね」

各務がパッと腕の力を緩める。

「すまんすまん。ところで、追加は二名と聞いてましたが」

「もう一人はちょっとはぐれたみたいで…」

煌徳が少し背伸びをして辺りを見回す。

三世なら背も高いしすぐわかるはず。

「あっ、三世!」

煌徳がのんびりショップを見て回っている三世を見つける。

「僕、連れて来ます」

「頼む」

「三世?」

各務がその名前に引っ掛かる。

「はい。三世です」

剣が言わずともわかるだろうと目で合図する。

「なるほど、そういうことですか」

各務は直ぐに理解を示した。

「実はその三世に大自在天像を見せたかったんですよ」

「正にタイムリーですな。北海道にやって来る機会なんて最初で最後かもしれませんからね」

世界に一つしか存在しない仏像、美術品。

これらの輸送手段には陸海空のネットワーク、求められる高い梱包技術、スタッフは常に細心の注意を払わなければならない。

海を渡るのは大変な事なのだ。

「そうですね。それと館長もご存知だと思いますが修復中に行方不明になった右目の所在が分からないままで…。

我々なら現物を拝見して何か手がかりをつかめるのではないかと」

「なるほど、お仕事ご苦労様です」

各務が礼をし敬意を払う。

「先ずは大自在天像を展示したいと堅国寺まで赴き懇願していた、

在原という人物に是非会わせていただきたい」

いつの間にかここに運ぶ手筈になっていた大自在天像。彼にそこまでの権限が?各務の前任者が急逝したことも気になる。

煌徳の眼識、三世の記憶が現在で何か手がかりを掴んでくれることを期待しよう。

「わかりました。後ほどお呼びします」


三世がショップの出入口に置かれているパンフレットスタンドから一部を手に取り、展示場所の確認する。

「えっと…大自在天像は展示室Bか」

ん?こっちは小学校の社会見学用か。

一般用の下に文字が大きく、興味を惹くようなキャッチコピーが入ってるカラフルなパンフが置かれていた。

それにしても目を惹く絵だな…。特に色彩。自然な色の使い方。配色。

まぁ迦楼羅王だからな。

迦楼羅の姿を借りて現れるとも言われている大自在天…。複雑な心境だ。

「だけどこの赤色はもう少し暗い方がいいな」

降三世明王ではないことに少し不満気の様子。

ふと表紙の右下にある落款に目が行く。

「これって…」

そこには漢字で “桜” の落款印が押してあった。

思わず手に取り表紙をめくる。

「裏表紙は閻魔大王か…」

煌徳が見る見る小走りで駆け寄って来る。

「三世!見つけた!ほら剣さん待ってるよ。こっち来て館長に挨拶しろよ」

煌徳が三世の手を引っ張り連れ戻そうとする。

「うわっ何だよ、手離せよ。もげる」

「8本あるから大丈夫」

「あのね…」


松寿…種子島のお茶の銘柄

降三世明王は8本手があります。


読んでいただきありがとうございます。

春の章 乾坤一擲 に入りました。剣の一か八か凶と出るか吉と出るか作戦より、この四字熟語を選びました。

剣は天然です。今回の煌徳に見つめられた時も勘違いしたり。

"萌…もえ"と読んだり。

新しい登場人物の各務かがみ館長はどういう存在なのか…。次回で書けたらいいな…。

孔明。ちょびっと出てきました。


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