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春の章 磑風春雨 15

 M.C.H.では在原を欠いて特別展の準備に大わらわだった。

そこに在原が負傷した右目に眼帯を付けて現れる。

さくらが涙ぐむのも束の間、自分のことを名前で呼ぶ在原に違和感を覚える。



登場人物紹介


王生いくるみ 三世さんぜ

降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。

現在は獣医師をしており、生命に関わる仕事に携わっている。


王生 剣  

王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。

職業は仏像学芸員。


烏丸 さくら

MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。

苗字の読み方は「からすま」。


在原ありはら 朝臣ともおみ

さくらの職場の上司。さくらの大学の先輩でもある。実はさくらに想いを寄せている。

列車事故で天野病院に入院していたが、何故か翌日退院できてしまう。


藤原 后恵きみえ

さくらと同じM.C.H.の学芸員。以前は奈良国立博物館に勤務。

霊感が強そう。


 剣はダイニングでコーヒーを淹れていた。

「深煎りのグァテマラが一番だな」

漂うコーヒーの香りで目が覚めたのか、寝ぐせのついた髪、素足、スウェットを着た三世が欠伸をしながらダイニングに入って来る。

「剣さん、おそよう」

「もう10時を過ぎてるぞ」

「診察の予約は午後からだから余裕、余裕」

大耶がダイニングテーブルの上に朝食を作り置きしてあった。

「今日の朝飯はだし巻き卵か」

間違いない。この鮮やかな黄色はいつもの農園の平飼い卵。ふわっとした仕上がりは流石だな。

「いつもありがとうございます」

剣はコーヒー片手に窓の外を見ていた。

「昨晩は風が強かったのか?桜が随分散っているな」

淹れたてのコーヒーを味わう。

──ホーホケキョ。

ウグイスか…。春告鳥…鳥…鳥…。

「あっ!」

「剣さん、なんだよ急に…コーヒーがこぼれるじゃないか」

「すまん、すまん。実は愛さん大阪で公演中なんだけど、奇妙な現象を見たって言うんだよ。バッタやカエルが街路樹に串刺しになってるんだって。三世に聞いたら何か分かるかなぁと思って」

俺、これから朝食なんですけど…。空気読んで欲しいわ。

少し不快な表情を浮かべながらも答える。

「それ、はやにえ。確か大阪のシンボル鳥ってモズだよね。秋から冬にかけて作る保存食だよ」

「今5月だぞ」

「もしかしたら秋に大量に南下してきたのかも」

でも、異常だよな。モズは街中では見かけない鳥のはず。森林や畑とかある場所にいるんだけど。

最近は鳥の繁殖分布が北上しているみたいだし。

気候変動の影響が少なからずあるんだろうな。

「ありがとう。愛さんに返事しておくよ」

──ケキョケキョケキョ。

「あっ、ウグイス」

「ウグイスはホーホケキョだろ?」

「今のは雌への警告。天敵が来た!って教えてる」

「天敵ね…」

剣が優雅にコーヒーを飲む。


后恵がさくらの怪我を考慮しスケジュールを再調整したため、M.C.H.のホールではミーティングが続いていた。

「今日の午後から開封予定の大自在天像ですが、協力会社さんにお願いして1名増援してもらいました。計6名当館にいらっしゃいますので対応よろしくお願いします」

さくらは落胆していた。なぜなら手元の書類には手書きで急遽修正された戦力外の内容が書き込まれたからだ。

やっぱりこのケガじゃ私は電話対応と入力業務か…。しかも当日は一日中座りっぱなしの監視員に変更されてしまった。

しかも展示室Aの方か…。

「はぁ…」

展示室Aのリストを見ると思わず大きなため息が出てしまう内容だった。

国立博物館所蔵、国宝、法隆寺の宝物、世界遺産登録…。

あぁ…また勉強することが増えた。頭の中がグルグル渦巻いてる。

手に持っていたペンで頭の中のイメージを思わず書類に描いてしまう。

そこにはグルグルと円が幾重にも描かれていた。

何やってるんだろう私…。

「それでは午前の作業、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

その時、様子を伺うようにホール後方のドアがゆっくりと開く。

「皆さん、お疲れ様です。ミーティング終わったかな?」

そこへ右目に眼帯をした在原が思いがけず姿を現す。

驚いたように職員たちが一斉に在原の方を見る。

「心配かけて、すいませんでした」

在原は申し訳なさそうな表情で一人一人の顔を見ながらも

奥の見えづらい位置にいるさくらの事が一番気になっていた。

在原がしっかりとした足取りで一歩ずつホールに入って来る。

「主査…」

さくらは涙が出てきそうになるのを鼻をすすってグッとこらえた。

足取りも普通だし、右目以外は特にケガをしているところは無さそう。

無事で良かった…。

どうしよう……我慢の限界。目が潤んできた。

「さくらさん、どうかしたの?」

さくらの様子に気が付いた后恵がそっと声をかける。

「目にゴミが…」

右手で目を掻く仕草をして涙を拭う。

桜の花びら効果チョットあったかも…。

落ち込んでいる顔をしちゃだめだ。笑顔、笑顔。

「さくらさん、マスカラ滲んでる…」

「えっ?あのっ、こすりすぎちゃいました」

無理矢理作った笑顔で返事をする。

后恵は挙動不審なさくらの様子が気になっていた。

さくらは后恵の心配をよそに在原を見つめていた。

潤んでいた目がパッチリ見えたところで在原の雰囲気に少し違和感を覚える。

今日の主査、何だかいつもと違うような…。

普段は無地のスーツなのに、今日は見慣れないストライプ柄。

仕事用にしてはちょっとカジュアル?

退院して直ぐ駆けつけてくる位だから、きっと服を選ぶ時間もなかったのかな。

ちょっと待って。

それだけじゃない。顔の表情も何となく硬いような……眼帯の下の頬がちょっと腫れているからかな。

考えすぎ、考えすぎ。


在原は職員の質問責めに遭い

中々さくらの元へ辿り着けなかった。

「退院したんですか?噓でしょ?早っ」

「えぇ今朝退院しました。やっぱり仕事が気になって来てしまいました」

「仕事出てきても大丈夫なんですか?そんなに急がなくても」

「大丈夫です。後は経過観察で通院のみですから」

「一ヶ月位は入院していると聞いてましたが」

「一体誰が…特別展が終わってしまいますよ」

思わず苦笑い。

「目は見えるんですか?疲れるなら休み休みでいいんで」

「左目は見えてます。疲れたら直ぐに休憩しますよ。お気遣いありがとうございます」

「他に骨折とかしてないんですか?」

「おかげさまで、眼球、目の打撲だけです」

一つ一つの質問に丁寧に返答する。

「主査、不死身ですね」

「……」

最後の質問だけはノーコメントだった。


「そういえば烏丸さんも足をケガしたし、仏像とか展示する時ってやっぱりお祓いした方がいいんでしょうかね」

職員の一人が提案する。

「祈祷はちゃんとしてます。仏像に対してお祓いは失礼じゃない?」

后恵が苦い顔をする。

「すいません」

「お祓いは不浄を取り除くこと。全く意味がちがうんですよ」

在原が宥めるように間に入る。

「神社での災厄除けを「お祓い」と呼ぶ事もありますしね」

「さすが在原主査。お詳しい。特別展にも通ずるものがあるし少し勉強しようかな」

職員の前向きな姿勢に感心した在原が笑みをこぼす。

在原の一つ一つの言動がいい人の特徴に当てはまっている。

まさに温厚篤実な人柄だ。

「ところで烏丸さんもケガしたんですか?」

在原は心配そうな眼差しでホールの奥にポツンと立っているさくらに焦点を合わせじっと見つめる。

え?私?その視線の先は私?いやいやいやあり得ない。

後ろに誰かいる?思わず振り向くが誰もいない。

──そこにあるのは壁。

「……」

さくらは持っていた書類で咄嗟に顔を隠す。

私、何照れてるんだろう。

在原が職員をかわしながら、徐々にさくらに近づいていく。

ピタッとさくらの前で足音が止まる。

下を見ると書類の隙間からは在原の足が見えた。

どうしよう…。主査が目の前にいる。

私きっと耳まで赤くなっているよね…。

「さく…ら…烏丸さん足のケガは大丈夫ですか?」

在原は二人にしか聞こえないくらい小さな声で囁く。

えっ?何?さく…らさん?今名前で呼んだ?聞き間違い?

「えっ、え…あの…だ、大丈夫です。た、ただの捻挫なんで」

言葉が詰まってる。私、かなり動揺してるかも。

だって、私は主査の部下の一人であって、名前で呼ぶなんて有り得ないもの。

さくらは書類を持ったまま静止していた。

在原の目に入っていたのは、さくらの顔ではなく書類に描いたグルグルの円だった。

「これは試し書きか何かですか?」

あっ、グルグル…。

「そ、そうなんです」

顔を隠していた書類を恐る恐る下げる。

身長差があるとはいえ、近い近い近い、顔が近い。

思わず俯いてしまう。

笑顔、笑顔…心で思ってても、やっぱり無理。

在原が気になって書類をじっと見る。

偶然にもグルグル…試し書きしたのは今日が期限の音声ガイダンスのデモ提出の箇所だった。

「なるほど」

在原が少し考える。

「さくらさん、今日は一緒に音声ガイダンスの最終チエックをしませんか?顔に「自信が無いって書いてありますよ」今日は私も体力に自信がないので、座ってできる仕事がいいんです」

在原は躊躇することなく、さくらを名前で呼んでいた。

やっぱり私の事さくらさんって名前で呼んでる。いきなりどうして?

まさか、打ちどころが悪かったんじゃ…。

チエックはしてもらおうと思っていたけど、大丈夫なのかな?

「無理ですか?一応上司の指示なんですが…」

俯いていたから自信が無いって思われたのかな?心配してくれたのかな?

ただでさえケガをして持ち場を変更してもらって皆に迷惑かけてるし、上司の指示とあらば、やっぱり断れないよね。

「さくらさん?」

「はい。お願いします」

さくらは快い返事とは言い難い小さな声で引き受ける。

女の直感というか、心のどこかでいつもと違う雰囲気の在原にちょっと抵抗があって素直に返事ができなかったのだ。

「特別展まであと一週間切りました。みんなで頑張りましょう!!その前の内覧会も気を抜かずにお願いします。展示室の方はすいませんが藤原さんにお任せしていいですか?」

「わかりました」

「よろしくお願いします」

在原がスタッフたちの前で珍しく意気込んでいた。

以前の在原とは想像もつかない行動力だった。

答えるべく職員達は意気揚々とそれぞれの持ち場に就き仕事を始める。

さくらはホールに取り残されポツンと立っていた。

周りに人がいなくなるのを待っていたかのように在原が声をかける。

「さくらさん、音響ルームに行きましょうか」

「は、はい」

在原が不意にさくらの右肩に軽く手を置く。

「怪我のせいで真っ直ぐ歩く自信がなくてね。サポートしてもらえると助かるんですが…」

「わ、私、全然サポートできないと思うんですけど…足を捻挫していてゆっくりしか歩けませんよ」

肩に触れられただけで心臓がバクバクしてる。どうしよう。ただでさえ足を捻挫してぎこちない歩き方なのに…。

でも、主査ちゃんと歩いていたよね?私のサポート必要かな?

「ゆっくりで構いませんよ」

「は、はい」

振り向いて返事をする余裕がない。見えてないかもしれないけど、せめて笑顔、笑顔で。

2人は寄り添いながらホールから去っていく。

「さくらさん、大丈夫かしら」

后恵は離れた所からさくらを心配そうに見守っていた。

二人の後を追うように照明の光が一瞬消えかかったように見えた。

「ん?LEDなのに…」

后恵の頭の上を冷たい風が通り過ぎる

「空調壊れた?いや、違う」

風の流れを目を皿にして追う。

「やだ…見えちゃった」


読んでいただきありがとうございます。

串刺し回収しました。

私の住んでいる地域ではカラスが畑と住宅街(恐らく冬に備え木の下などに貯食)をいそいそと低空飛行で行き来しているので

運転してると目の前には突然カラスが!いつかは衝突しそうで怖いです。


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