春の章 磑風春雨 12
剣がある男に九条家について調査を依頼する。
その男は、警視総監 直江菱耶。大耶の父親でもあった。
そして、直江から驚愕の事実を耳にする。
登場人物紹介
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
10年前、意識を支配してからは王生家で生活している。職業は獣医師。
王生 剣
王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。
職業は仏像学芸員。
王生 宝
剣と前妻の子供。現在に目覚めた軍荼利明王。143年前は男性として現れるが、現在は女性として現れる。職場は脳神経外科医(脳神経内科兼務)。
名医で海外に派遣されることも多い。性格はかなり奔放。お酒好き。三世とは馬が合わない。
王生 煌徳
剣と愛の実子。現在に目覚めた大威徳明王。現在酪農大学の学生で三世の跡を継ごうと獣医師を目指している。愛くるしい顔をしているが怒ると家族の中では一番怖い。
王生 大耶
愛の連れ子。現在に目覚めた金剛夜叉明王。職業は刑事。職業柄常に沈着冷静。無表情。趣味は料理。
宝とは幼少の時より共に暮らしている。実はお酒にかなり弱い。
王生 愛
剣の今の奥さん。現在に目覚めた愛染明王。剣との間に煌徳を産んでいる。職業は女優。仕事の関係で北海道にはいないが、クリスマスと年末年始は必ず家族と過ごしている。
直江 菱耶
警視総監。愛の元夫。
大耶の実の父。何故か王生家の秘密を知っている。
孔明
三世とは知り合いらしい。
倉橋 清隆
現在に目覚めた制多迦童子。陰陽師、安倍晴明の血筋。それ故に式神を操れる。
宝と同じ病院に小児科医として勤務している。
『お風呂が沸きました』
剣は気のせいかバスタブから随分と湯気が立っている気がした。
そっと手を入れて温度を確かめる。
「あちっ」
給湯パネルを見ると、設定温度は43度になっていた。
「今日はシャワーにしよう」
『設定温度が変更されました』
「41度に変更。明日からはこれでよし」
リビングでは煌徳の質問タイムが終了。
「三世、ありがとね」
「あぁ」
「あれ?父さんは」
今頃、剣が居ないことに気が付く。
「お風呂入ってるわよ」
宝が答える。
大耶はひたすら水を飲んでいた。
2ℓのペットボトルが半分以上減っているので、相当な勢いで飲んだらしい。
煌徳が殺伐とした空気に不安を感じる。
「姉さん、またあの二人何かあったの?」
「いつものああ言えばこう言う状態」
「またもや舌戦か…」
「大耶が本気で殴らないだけマシだよ」
多少の言い争いはあるが、三世と大耶はそこまでギスギスした関係ではない。
三食用意してもらっている恩もあるが…。
「三回殴ってるわよ。小学生の時だけどね」
「クソガキじゃん」
俺は剣さんと少し距離を置いて話している程度だけど、大耶は完全に心を開いていない感じだ。
実の父親と同じ職業に就いているところをみると、父親のことが忘れられないんだろうな。
三世は大耶を慈悲深い眼差しで見守る。
「そういえば三世、さっきお店で何撮ってたの?」
「あ、ああ、烏…の式神」
ワンテンポ返事が遅れる。
やべっ感情移入し過ぎた。まだ実の父親生きてるんだった。この前テレビでも就任会見やってたし。
「見せて、見せて」
「はい、これ」
三世が店で撮った写真を拡大して煌徳に見せる。
「孔明に調べてもらったらワタリガラスだって」
「何かそこら辺にいる烏よりでかくない?ブトよりも一回り位大きいよね」
「冬に知床半島やオホーツク沿岸に渡来する日本最大の烏らしい」
「何でわざわざ珍しい烏をチョイスするかな」
「よくわからん。俺の車をつけてたようだが、偵察していた清隆の鳶の式神とバトルして、さくらの車の屋根に落下したんだよ。あと少しずれて欲しかったんだけどな…」
修理して元通りになればいいけど。板金、塗装か…。時間もお金もかかりそうだな。
「大耶、こういう時って警察は事故処理するのか?保険とかその辺どうなの?」
この雰囲気の中で話しかける度胸がある三世。
「式神ですから実体が無いので烏が落下したという事実は証明できそうにありませんね。残念ですが補償できないといったところでしょうか」
「だよな」
「最近は野生動物との接触事故も多くてね。先週はキタキツネ、アライグマもありましたね」
「ラスカル?」
煌徳がアライグマからラスカルに変換する。
「だから、お前の世代じゃないだろ」
「学校から帰って来ても近所に友達はいないし、父さんも母さんも仕事でほとんど家にいなかったから小さい頃はじぃじと夕方の再放送一緒に見てたんだよ」
「それ、さっきも聞いた」
「私の部屋にまだぬいぐるみあるけど」
一同、耳を疑う。
宝に向けられた視線はげんなりしていた。
「失礼ね。母の形見よ」
剣が風呂から早々と上がってきた。
「父さん早かったね」
「目を通さなきゃいけない資料がいっぱいあってね。早く終わらせないと」
熱くて入れなかったんだよ!確か一番風呂は煌徳だったよな。
「頑張ってね」
「あぁ」
剣は二階の自室に戻り、さくらの家の庭で見つけたパンフの断片を仕舞い込んでいたポケットから取り出し、月光に照らす。
「三世には直接見せなかったが…」
この断片は宝が目にした両端がちぎれていたパンフの片方だろう。
そこには右脚で女性の彫刻の左掌を踏んでいる仏像の一部が辛うじて見えた。
「左脚で大自在天を踏み、右脚は烏摩妃か…」
剣は断片を握りしめ、一瞬で滅した。
またしても一人の人間が大自在天に意識を乗っ取られた。
過去から幾度もこの繰り返しだ。
今度こそ九条道隆のように心身が蝕まれる前に救わなければ。
「さてと」
部屋の窓から見える夜桜を眺めながら、思い立ったようにスマホを手に取り電話を掛ける。
電話の相手は直ぐに出た。
「もしもし、王生だ。実は君の力で調べて欲しい人物がいるんだが」
「職権でか?」
「勿論」
「相変わらず図々しい男だな」
「急いでいるんだ、頼む」
剣が無理難題を頼み込んでいる相手とは?
「──」
電話の相手は黙考中。暫く無言のままだ。
「直江、頼む」
「──」
無言を貫く。
しかし、その一方で頭では考えを巡らしていた。
立場的に王生が私に頼み事をするのはあり得ないことだ。大耶にも頼めないとなると余程緊迫した状況なのだろうか。
「お願いだ」
「──分かった」
押し負けてようやく口を開く。
「ありがとう。恩に着る。早速調べて欲しいのは10年前統合幕僚長だった九条忠という人物だ」
「その人物ならマル自の監視対象リストにあったが、既に亡くなっている」
即答だった。
「なんだって?」
「2019年、凄惨…、いや不可思議な現場だったので覚えている」
言葉を改める。
「不可思議?」
「あなたたちには理解できるが普通の人間には理解できないということです」
「構わない。話してくれ」
「次元の歪に挟まれたようなご遺体だった。首は180度真後ろに向いて、両腕は捻じれて…内臓が…これ以上は…」
「歪……」
六つの世界の境界線に挟まれたのか…。一体誰が押し込んだんだ?
やはり、陰陽術を使える者の仕業なのか?
「何か分かったら連絡する」
「すまん、引き続き頼む」
「──大耶とは上手くやってるか?」
「ドライな関係継続中だよ」
「──」
通話が切れる。
電話の相手は警視庁の建物一室で威風堂々と座っていた。
机上に置かれたネームプレートには【警視総監 直江 菱耶】と書かれていた。
彼は大耶の実の父親でもあった。
直江から聞いた話は剣にとって衝撃的な事実だった。
九条家は現在平安神宮を任されている摂家一族というお家柄。九条忠殿とて嫡流のはず。なのに死の真相について噂すら聞いたことがない。
剣のスマホが鳴る。
画面には【清隆】と表示されていた。
「もしもし」
「察したものですから」
「さすがは制多迦」
「痛み入ります」
病院内での口調とは明らかに別人のようだが、間違いなく声の主は宝と同じ病院に勤めている倉橋 清隆だった。
「近年関西方面で何か妙な噂を聞いていないか?」
「関西…兵庫…播磨ですか?私に尋ねるということは蘆屋についてでしょうか?」
「今でも密かに活動しているとか、子孫が全国に散らばっているのではないかとか…」
「そのような噂は聞いたことがありませんね。しかし気になるところなので調べてみます。少々お時間を…」
「あぁ頼む」
病院とは打って変わって終始真面目な表情の清隆だった。
天野病院小児科医、倉橋清隆の正体は、現在に目覚めた不動明王こと剣の脇侍である制多迦童子の現在に目覚めた姿である。
また安倍晴明派の血を引く一人でもあった。
清隆はポケットから折り紙を取り出し、南西の方角に放つ。
「頼んだよ」
現在の時刻は21時58分。
剣は窓際から離れオフィスチェアに奥深く座り急いで机上のノートパソコンを開く。
「ギリギリ間に合いそうだ」
パソコンが立ち上がると直ぐにビデオ通話を始める。
「お疲れ様。あら和服?もしかして今自宅なの?」
画面向こうの女性から剣に話しかけてきた。
「あぁ。今日東京から帰ってきた。愛さんもお疲れ。そっちはまだ舞台衣装のままみたいだけど」
首元には真っ赤な宝石のネックレスが輝いていた。舞台衣装のドレスもレースとサテンの美しい光沢が織りなすシャンパンゴールドで煌びやかだった。
「だってさっき千穐楽終えたばかりだもの」
「忙しいなら後にするけど」
「構わないわ。二人で決めたルーティンですもの」
「そうだね」
彼女は王生 愛。現在の剣の妻で、大耶と煌徳の母である。
そして広く名の知れた日本の女優でもある。
会えない時は毎日夜22時にビデオ通話をするのが二人の約束だった。
「その高そうなネックレスに付いてる宝石はルビー?」
「これ?ルビーじゃないわよ。レッドダイヤモンド。希少なのよ。ルビーより高いわよ。因みに石言葉は永遠の命。私にピッタリでしょ?」
「そ、そうだね」
相槌を打つが、正直なところどう反応すべきか迷っていた。
ここ、笑うところじゃないよな?
「そうそう、宝から連絡があって成田にいるんだけど食事でもどう?って誘われたんでけど、私今大阪にいるから、ごめんってお断りしちゃった」
反応が鈍い剣を差し置いて、愛の方から話かける。
「宝は何も言ってなかったぞ」
「あら、そうなの?」
ああ見えて宝なりに気を遣っているのかもな…。
「あなたは暫く北海道にいるの?」
「仕事が忙しくてね…。ひと段落するまでこっちに居ると思う」
「大丈夫?時間ができたら私もそっちに行こうかしら」
「無理しなくていいよ。なんせ五人揃っているんだから、心強いよ」
「それもそうね。過労で倒れても宝がいるし。食事は大耶が作ってくれるし。掃除は煌徳がしてくれるし。三世は……クリスさんの相手してくれるし」
「そ、そうだね」
ちょっと意味が違うような…。しかも三世だけ無理矢理感が…。
愛の性格はからっとしている。
どちらかと言うと大耶は父親に似たのかもしれない。
「久々の自宅はどう?今時季は桜が満開かしら?」
「満開だよ」
少しチェアをずらし部屋の窓から見える桜を愛に見せる。
「まぁ綺麗。あら?何かいつもと違うような気がするんだけど。何て言うか…一段と華やかで綺麗に咲いてる」
「さすが愛さん。今年はちょっと違うかもしれないな」
「どういうこと?」
再びパソコンに向かい愛と話す。
「実は今度紹介したい人がいるんだ」
「誰?誰?桜と関係があるの?」
剣が愛に優しく微笑む。
「お楽しみに」
「えー気になるじゃないの」
愛がカメラに顔を近づけて大人げなくブーイング。
「そこで愛さんにお願いがあるんだけど」
「何でも言って」
「今年のクリスマスだけど、もう一組ディナーの席を用意できないかな」
「どうして?」
「先見の明」
「もう、意地悪」
頬が膨れている愛を画面越しに見て、剣が声を出して笑う。
「それよりそっちで何か変わったことはないか?」
「何よ急に」
「いや、汰門が色々言ってくるからさ」
「あーあの占い師?」
リアクションに困る剣。
「占い師じゃなくて現役の海上自衛隊員ですよ」
一応現在に目覚めた多聞天なんだから、もう少し言い方あるでしょうに。
「そういえば、大阪はバッタやカエルが咲いてるわよ」
「は?何の冗談かな?」
「街路樹の枝にバッタやカエルが串刺しになっているのよ。何か気持ち悪いわ」
「鳥が食べるのかな?後で三世に聞いてみるよ」
烏は食べきれない餌を木の穴や植木鉢に隠しておくって聞いたことはあるが…。確かに奇妙だな。
「じゃあそろそろホテルに戻るから。おやすみなさい。あなた」
「おやすみ。愛さん」
ビデオ通話を終了する。
剣が改めて窓の外の桜を見る。
「本当に今年はいつもより綺麗だな」
そう思ったのも束の間。思い出される咲き乱れたバッタやカエルたち。
「しばらく焼き鳥は食べれそうにないな」
天野病院 306号室
消灯時間の22時を少し過ぎていた。
カーテンが閉められたベットの上で、在原は声を殺して一人もがき苦しんでいた。
その形相は幾度も変化を繰り返していた。
今にも復讐をしそうな鬼のような血気盛んな顔。
それを宥めるような落ち着いた顔。
傍から傍観している無表情な顔。
それは不気味に人格が代わる代わる入れ替わっているようだった。
「うっ…うっ…うっ…」
冷たい風が頬にあたる。
「く、来るな!」
冷たい風を払い除けるように右手を大きく振る。
「お願いだ…もう俺のことは忘れてくれ…お願いだから…誰か…助けて…」
しかし冷たい風は拒絶する在原の前に滞留し唇にそっと触れる。
ブト……ハシブトガラス
ボソはハシボソガラス。あくまでも個人的に呼んでいます。
読んでいただきありがとうございました。
あらいぐまラスカル。昔アニメで放映していました。妹が大事にぬいぐるみを持っていたのを思い出して登場させました。
倉橋清隆。名前の方ですが、清…音読みはセイ。故にセイタカとも読めるようになってます。
奇妙と言えば…会社の敷地内に黒蛇が出現してから社員連続ギックリ腰事件が起きました。私もその中に含まれてます。




