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春の章 磑風春雨 5

三世は自分の身に起きた異変を剣に黙っていた。

しかし、剣は既に気が付いており、開催される特別展で何か一手を打とうとしていた。



登場人物紹介


王生 三世

降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。

現在は獣医師をしており、生命に関わる仕事に携わっている。



王生 剣  

王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。

職業は仏像学芸員。



王生 宝 

剣と前妻の子供。現在に目覚めた軍荼利明王。143年前は男性として現れるが、現在は女性として現れる。職場は脳神経外科医(脳神経内科兼務)。

名医で海外に派遣されることも多い。性格はかなり奔放。三世とは馬が合わない。



王生 煌徳あきのり

剣と愛の実子。現在に目覚めた大威徳明王。現在酪農大学の学生で三世の跡を継ごうと獣医師を目指している。愛くるしい顔をしているが怒ると家族の中では一番怖い。



王生 愛

剣の今の奥さん。現在に目覚めた愛染明王。剣との間に煌徳を産んでいる。職業は舞台女優。仕事の関係で北海道にはいないが、クリスマスと年末年始は必ず家族と過ごしている。



王生 大耶だいや

愛の連れ子。現在に目覚めた金剛夜叉明王。職業は刑事。職業柄常に沈着冷静。無表情。趣味は料理。



千世せんぜ

143年前に降三世明王が体を借りていた人物。烏丸桜という女性とは恋人同士だったと思われる。


 さくらの実家を離れて約3分。帰宅途中の車内。

「剣さん、随分と冷静に対処したね」

「あぁ、過呼吸のこと?何度か目の前でなっている人を見たことがあってね、宝に対処法を教えてもらったんだよ。持つべきものは娘だよ」

「宝の医者としてのスキルはトップレベルだよ。それは認める」

「随分素直だな」

車は信号機も無く民家が段々と少なくなってきた道路を直進する。

「それより三世、気が付いていたか?」

「何を?」

三世の奴、しらばっくれたな。

星の痣のことでも聞かれるとでも思ったのか?

確かに三世が彼女の頬に触れた時、まるで別人のようだった。

どういう心境なのか問いたいところだが、

もうすぐ家に着くし運転中にその話はやめておこう。

気が動転して路外に逸脱されたら大変だ。

別の質問にしておこう。

「あの家は何で魔除けをしてるんだ?」

「ヒグマの頭の木彫りのこと?防犯対策じゃないの?あれは誰でも声をあげて驚くよ」

「それも一理あるが、木彫りの熊がえんじゅで作られている場合は厄除け、魔除けの意味があると思う」

「へぇ」

「槐は古くから厄除け魔除けの木として家の大黒柱に使われているんだ」

恐らくあの家の大黒柱にも使われているのだろう。彼女には一体どんな秘密があるんだ?

「そう言えば槐は生薬にもなるから宝が昔庭に植えてたな…。火事で燃えてしまったけどね」

「剣さん嫌味かよ」

それは143年前、降三世明王が千世という青年の体を借りていた時に発生した大規模な山火事で

当時、剣が住職を務めていたお寺の庫裏くりも本堂と共に全焼してしまっていた。

「皮肉だよ」

「大して変わんない」

車は右ウィンカーを上げて路地に入る。

「それに玄関にあった黒い石の置物。鯛かと思ったらあれは鰯のお頭だ。魔除けだよ。しかも目は南天の実のように赤かった」

「魔除けね…考えすぎだよ」

確かにさくらがつけていた瑪瑙のピアスからは何かを寄せ付けようとしない僅かな波動を感じた。

あの時、俺も魔除けではないかと思った。


二人の目の前に大きな桜が見えてきた。

自宅に到着。

「俺、車庫に入れてくるから先降りて」

玄関前で剣を車から降ろして自宅に隣接している車庫のシャツターをスマホで操作して開ける。

シャッターが半分ほど上がったところで黒のSUVが見えた。

「大耶もう帰ってたんだ」

そしてもう1台、黒とは対照的なオレンジメタリックの軽自動車もあった。

「やべっ煌徳も帰ってきてる」



剣は玄関前で一度立ち止まり、目の前に咲いている満開の桜を眺めていた。

夜風が吹き花びらが舞い落ちる。

「散る桜 残る桜も 散る桜」

気が付くと詠んでいた。

命には必ず終わりがある。彼女が生を受けて143年間老いる事なく生きていく事はできない。今日会ったさくらさんはきっと……。

「あれから143年。今年の桜が一番綺麗だ」

振り向き玄関ドアに顔を近づける。

「ウチは顔認証キーだから防犯対策にヒグマの木彫りは要らないな」

ドアが解錠する。

「ただいま」

「あっ父さんだ。お帰りー」

宝は既に大耶が買って来たお土産のワインを飲んでいて少しテンション高めのようだ。

剣が家に上がりリビングに向かう。

「おー、宝 久しぶり。元気にしてたか?」

「はい、この通リ。元気でーす!」

「のようだな…」

娘を見つめる優しい父親の表情になる一方で、今にも酔いつぶれそうな宝の姿が容易に想像できて心配になっていた。。

「宝、ボストン美術館には行って来たのか?」

「最終日に何とかね。もっとゆっくり見たかったけど時間が無くて残念。でも、ここが日本かと思うくらい仏像がいっぱいあるのにびっくりしたわ。あっ、そういえば不動明王像もあったわ。海外で見るなんて初めて」

「今度はシカゴやメトロポリタン美術館に行くといい」

「イリノイ州からニューヨークか…鉄道の旅もいいかも。父さんも一緒に行く?」

「いいねぇ」

親子の会話が弾んでいる。

剣は前妻を病で亡くしており、宝はその前妻との間に生まれた子どもである。

「そうそうビックリしたのが大自在天画。朱色が全然色褪せしてなかったの」

「あそこに所蔵されているのは江戸時代のものだから比較的新しいんだよ。実は廃仏毀釈はいぶつきしゃくで海外に流れた美術品は世界各地にあるんだ」

流石数少ない仏像学芸員。海外の情報にも詳しいようだ。

「おかえりなさい。剣さんもワイン飲みますか?余市のツヴァイゲルトレーベ。汰門の所に行って来たんで、そのお土産です」

大耶がキッチンからワインを持ってリビングにやって来る。

「いいねえ。じゃあ着替えてからもらおうかな」

「グラス用意しておきます」

「ありがとう」

気が休まるな。しかし、相変わらずへりくだった口調で話しかけられる。

気を遣う必要はないんだが…。

剣の再婚相手の連れ子である大耶は小さい時から剣に対する態度は変わっていない。

「宝はいつから仕事なんだ?」

「二、三日休みたかったんだけど清隆に聞いたら忙しくて大変みたいだからもう出勤してる」

「ブラックだな…」

「まぁそんなに疲れてないし、大丈夫よ」

「じゃあ清隆に伝えておいてくれないか。偵察するならもう少し上手く鳶を飛ばせって」

鳶?式神を飛ばしてたの?何で?

「よくわかんないけど、言っておくわ」

「よろしく」

そう言って剣は家のセンターにある階段から2階に上がる。

家の間取りは開放的で建物の中心が大きな吹き抜けになっており、1階は広いリビング、2階には各自の部屋がある。

つきあたりにある自分の部屋に入り手探りで壁のスイッチを押し電気を付ける。

カーテンが開いたままの窓からは玄関前の一本桜が目の前に見えた。

「ここが私の一番落ち着く場所だな」

剣はスーツから普段着の着物に袖を通す。生地は春にふさわしい萌黄色とよばれる若葉のような黄緑色。

やっぱり着物はスーツと違ってゆったりしていてリラックスできる。

自宅にいる時くらいは肩の力を抜きたいものだ。

スーツのジャケットを丁度ハンガーに干している時だった。

スマホが鳴る。

「せっかく落ち着いたところだったのに…」

ジャケットのポケットからスマホを取り出し電話に出る。

「もしもし」

窓際に立ち、夜桜を見ながら話をする。

「──急に無理を言って済まなかったな。ありがとう。じゃぁ内覧会で」

手短に用件を済ませ通話を切る。

「さて、どんな反応するかな?腹の探り合いだな」

剣の慧眼が冴える。


「ただいまぁ」

剣のキャリーケースを置いて三世が玄関に倒れこむ。

「今日は長時間運転でマジ疲れたぁー。早く風呂入りたいんだけど今誰か入ってる?」

リビングまで聞こえるように大きな声で叫ぶ。

「あっきー入ってるけどもうあがるんじゃないかな」

宝が返事する。

「次、絶対俺入るから!」

まだ宝が入ってなくてよかった…。

靴を脱ぎ棄て家に上がり、リビングを足早に通リ抜け駆け足で2階に上がる。

廊下で丁度部屋から出てきた剣とすれ違う。

「あっ三世、話の続きをしたいんだが…」

「後でいい?先に風呂入ってくる。運転で肩がこったから、ゆっくり湯船に浸かりたいんだ」

「そ、そうか」

何か避けられてるような気がするんだが…。


階段から降りて来た剣を見て大耶がタイミングよく赤ワイン用のグラスを持ってくる。

「お疲れ様でした。ワイン注ぎますね」

「ありがとう」

2階から勢いよく戸が開閉したかと思うと足音を立てて三世が階段を下りてくる。

「風呂お先」

リビングを通り抜け一目散にバスルームに向かう。

サニタリールームでは煌徳が鼻歌を歌いながら髪の毛を乾かしていた。

そこに三世がいきなり入って来る。

「うわっ!びっくりしたぁ」

鼻歌も途切れ、ドライヤーのスイッチも切る。

「お前も免許あるならたまには熊追い手伝えよ」

「だって僕試験前だし何かあったら大変でしょ」

「は?」

「来年からはドローン使ってやるみたいだし、僕はそっちがいいなぁ」

「Z世代か」

「22歳なんで」

三世が煌徳の背後に立ち耳元で囁く。

「勘ぐるなよ」

言い放つとそそくさとバスルームの入口で服を脱ぎ、勢いよく戸を開けて浴室に入って行く。

「何?一瞬で背筋が凍ったんだけど。今の脅し??」



リビングではクリスさんがお気に入りのラグの上で寛いでいた。

剣が早速ワインを口にする。

「なめらかで飲みやすいワインだね。美味しいよ」

「でしょ、バンバンいけちゃうよね。父さん、ピザも美味しいよ」

宝はすでに三杯目。アルコール度数は13パーセント。

大耶が心配そうに見つめる。

「宝、お水を持ってこようか?合間に飲んだ方がいいと思うよ」

「じゃあ、お願い」

「今持って来ますね」

剣は2人のやり取りを見ながら、ふと思う。

宝と大耶はお互いの連れ子で幼少の時から一緒だから仲が良く、心配ないのだが。

片や10年前家族の一員になった三世は誰かしら監視役を付けておかないと何をしでかすかわからない。

とりあえずクリスさんを私の代わりに傍においているが、出張中は不安でたまらなかった…。

ストレスチエックしてみようかな…。

「父さん、疲れてるの?大丈夫?」

「あぁ。大丈夫だ」

色々と考えてしまう。

現在に降三世明王が現れてかれこれ10年。

平穏な日々が続いていたが、どうやらそれは今日までのようだ。

降三世明王のいる時代に災いあり。

三世の前に現れた"烏丸さくら"という女性。

何者かが既に狙っていた。

自己防衛なのだろうか家にあった数々の魔除け。

今度こそ何かが起こる前に対処せねば。

剣がワインを飲み終える。

「あまりお酒が入らないうちに話しておきたいことがある」

剣が急に真面目な顔つきで話し出す。

「何か深刻な話ですか?」

大耶がキッチンから水とチーズを持ってリビングに戻ってくる。

水は宝の前に、チーズの載った皿はテーブルのセンターに置く。

「今月の9日からM.C.H.で全国から集まった文化財の仏像や美術品が特別展示される」

「テレビで見ましたよ。五大明王像も勢ぞろいだし、十二天も集結するなんて滅多にない機会ですね。休みの日に行こうと思っていました」

「へぇーすごいじゃん。我が家と同じ五人勢ぞろいだねー。何か戦隊モノみたいでカッコイイ!」

酔いが回った宝の口調がおぼつかない。

この自宅に住んでいるのは出張で家を空けがちな剣と宝、大耶と三世、現在大学生で寮に入っているが休日に戻ってくる煌徳。

故に五人。

剣の再婚相手で煌徳の母でもある愛は仕事の都合で、北海道の自宅には住んでおらず、東京を拠点に生活している。

「宝、水を飲んだ方が…」

大耶が静粛に話を聞こうと宝に勧める。

「水を飲んでも血中アルコール濃度は抑えられません」

「そうですか…」

既に酔いが回っているようだが医学的根拠の有無は判別できるらしい。

「すまん、大耶」

剣が謝る。

「いえ」

「では、話を続ける」

剣がスマホを出し今回の特別展のホームページを検索する。

「見てくれ、これが出品目録」

大耶と宝がスマホを覗き込む。

【五大明王と…】

【十二天……梵天、地天、日天、月天、帝釈天、閻魔天、水天、毘沙門天、火天、羅刹天、風天、大自在天】

大耶が指で順に追っていく。そして最後の大自在天で目を疑う。

「剣さんこれ一緒のフロアに展示しない方がいいんじゃないですか?」

「やっぱり大問題だよね…。反対したんだけどいつの間にか堅国寺からM.C.H.に運ばれてしまってね」

「いつの間にかって…随分と非計画的なんですね」

「異常なほどにこの大自在天像に心酔している学芸員がいて、淡々と事が運んでしまって隙を突かれた感じだよ」

大耶が剣の空のグラスに2杯目を注ぐ。

「ありがとう」

自然とチーズにも手が伸び、一ついただく。

「でもさぁ、やっぱり展示するんでしょ?大喧嘩しそう」

話を聞きながら宝もチーズをいただく。

「美味っ」

「熟成されたゴーダチーズです。帯広に行った時のお土産です。この旨味はワインとの相性いいと思って」

「さすが大耶♡」

「♡いらないです」

「何でわかったの?」

「雰囲気です」

お前たちの様に仲良くはなれないよ。大喧嘩ではなく恐らく復讐が目的の虐殺になるよ。

「既にパンフレットやHP、CMでも告知されているので展示は確定だそうだ」

剣がため息混じりに漏らす。

「僕たちは普通に考えたら、大自在天像と五大明王像の一つ降三世明王像は同じ空間に配置しませんね。この二人は因縁の仲ですよ」

大耶もこの件に関しては不安な様子。

「だって降三世明王が思いっきり踏みつけたちゃったんだよね、しかも夫婦そろって、こう」

宝は座りながら両足をVの字に上げてドンっと床に踏みつけるようなジェスチャーをする。

「宝、静粛に。恥ずかしいですよ」

大耶が冷静に注意する。

「ごめん、ごめん」

剣も一瞬ドキッとするが平静を装う。

「心酔した者が無知な人間なのか或いは意図的に配置したのか…どちらかは断定できないが、後者だと嫌な予感がする」

「剣さん、この大自在天像に何か秘密があるんですか?」

大耶は身を案じて宝の隣に座り自分のグラスにワインを注ぐ。

「まぁね」



バスルームからは延々とシャワーの音がしていた。

三世は自分の姿を正面の鏡で見るのを避けるように頭から勢い良くシャワーを浴びていた。

この体の意識は10年前の水難事故ですでに無かったはず。

彼女の名前に反応したのは三世ではなく恐らく千世の意識だ。

さくら、目を逸らさず不思議そうに俺を見てた。おそらく目の色が変わっていたんだろう。

あり得ない、この俺がまた人間の意識に負けるなんて。

シャワーを止める。その手に星の痣はなかった。

俯いたまま髪から水が滴り落ちる。

そういえば以前、剣さんから三世の生家は東寺の分院だと聞かされた。まさか、三世は千世の血の流れを汲む者?

一瞬鏡に映った姿は翡翠色ではなく血紅色の瞳の降三世明王だった。

現在いまここにいる俺は一体誰なんだ?


「三世、何か様子が変」

煌徳は三世を一人にしておいた方がいいと思った。



廃仏毀釈はいぶつきしゃく……寺院や仏像を破壊、破却した


庫裏くり……住職やその家族が居住する場所



読んでいただきありがとうございました。

今お盆休みです。

昭和の我が家は主人の実家に帰省(車で40分)、しかも泊まり。

子供も私も偏頭痛が…。

家でのんびり小説を書いていたいです。

次は展示される仏像の秘密を書こうと思っています。


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