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春の章 合縁奇縁 3

合縁奇縁 2のエピソードと同日のM.C.H.。

『仏教美術の世界 特別展』の準備中に現在で起こる復讐の

幕開けとなるとある人物の魂が蘇る。

時刻は17時を過ぎていた。

M.C.H.展示室。

『仏教美術の世界 特別展』の開催まであと少し。

丁寧に運び込まれた大型の箱から一体一体、仏像のお姿が御目見えしてきた。

四天王である東方の持国天、西方の広目天、南方の増長天、北方の多聞天。

そして火炎を背負い怒りの形相、迫力満点の五大明王像。

東方に配される降三世明王、西方の大威徳明王、南方の軍荼利明王、北方には金剛夜叉明王。 

そして中心には青を基調に薄黒い古美色の体躯、右目は天を向き左目は地を向く天地眼で天地の隅々まで見渡している不動明王。

今回の特別展には全国の諸寺に所蔵されている仏像が多数出品されている。

バックヤードでも着々と準備作業が進められていた。

「本日の作業終了します」

長時間寡黙に作業をしていた輸送作業のリーダーが声をかける。

「長かった…」

「さくらさん大丈夫?」

今の私の顔、精神集中しすぎて絶対へたってる。まつ毛も今日は綺麗にカールしたのに絶対下がってると思う。

「は、はい。大したお手伝いしてないんですけど作業してる方の威圧感に押されて何か疲れました」

声をかけてくれたのは、先輩の藤原后恵ふじわらきみえ学芸員。

テキパキと仕事を熟してしまう先輩は私と違って猫っ毛のショートヘアの体育会系女子。チームワーク抜群で誰とでも上手くやっている。

それに後輩の面倒見もいい。上司が藤原先輩でよかったぁ。

烏丸からすまの「からす」って暗いイメージなのでいつも「さくらさん」って呼んでくれる気遣いの人でもある。

「この作業はプロの人たちの聖域だからね。静寂と緊張感。慣れだよ慣れ」

「ははははは…頑張ります」

そうだった、藤原先輩はここに来る前は奈良の国立博物館に勤務していたんだっけ。

きっと日常的に国宝や重要文化財に触れていたんだろうな。

「さくらさん、今日の前哨戦は19時だっけ?」

「あ、はい。いつものお店で予約してあります」

そう、前哨戦=特別展前の気合注入。飲み会の事です。

幹事はもちろん職場で一番新入りの私。と言っても2年目ですが…。

私以外は皆お酒を飲むので駅近の決まった居酒屋さんを予約している。

実はここのから揚げがたまんなく美味しい。地場産食材の中札内地鶏を使っていて、お肉は大きくて皮はカリッとして、超超超美味。

そういえば去年 道の駅で食べたから揚げも美味しかったぁ。

思い出すだけでお腹が空いてきた。

そしてこのお店には主査の好きな地酒『三千桜』も置いてある。

主査にお土産で渡したら気に入ってくれたみたいで、これもこの居酒屋さんを使っている理由の一つだったりする。

このお酒との出会いは幼稚園以来の旧知の仲である友達と温泉旅行に行った時だった。

ランチに寄ったカフェの入口にリーフレットが置いてあって、お酒は飲めないけど「桜」の文字とラベルの絵が気に入ってお店に寄ってみた。

この蔵元さんは創業143年。北海道の水源豊かな町に長く根付いている。

そこには北海道大雪山系の雪解け水という最高の天然水があるからなのだ。正に銘水。

去年ふるさと納税の返礼品で届いた町特産のお米も美味しくいただきました。

「明日が休みで良かったわぁ…。心置きなく飲めるし最高だよねぇ」

そうだった。藤原先輩は酒豪だった…。

「藤原先輩、楽しみにして下さいね。在原主査も来れますよね?冬に行った知床のお話聞きたいです」

「極寒の真冬に一人で行ったんですか?しかも北海道の東端、地の果てまで」

藤原が妙に詰め寄る。

「嫌だなぁ藤原さん秘境と言って下さいよ」

「それは失礼」

「一人の方が時間に追われなくて気が楽ですよ。それに私は奈良の出身で東京育ちだから極寒の体験も意外と楽しかったです」

「へぇー」

さくら、藤原は声を揃えて在原の意外なプライベートに少しびっくりする。

「へぇーって…学生時代はダイビングが好きで毎年夏休みは小笠原諸島を巡ってたんですよ。さすがに社会人になって北海道に来てからは忙しくて積丹方面に数回行った位ですが…案外僕は行動派なんですよ。二人とも絶対インドア派だと思ってたでしょ」

「そんなことないですよ、ねっ、先輩」

「私は夏も日焼けしてないからインドアだと思ったけど」

「藤原先輩っ、失礼ですよ」

「ハハハハハ、ちゃんと日焼け止めクリーム塗って通勤してますからね」

さくらは無意識に在原の方を見てあれこれ思いふけっていた。

主査は休日に一人旅するんだ…しかもダイビング好きのアウトドア派。思ってたイメージとちょっと違ったかも。

そういえば主査のプライベートな部分全然知らないし…いや、知らなくて当たり前か。付き合っているわけじゃないんだし。

これが一方通行の片思いというやつか…。

「気になるんで聞いちゃいますけど、本当に一人なんですか?彼女と行ったんじゃないですか?だって在原主査絶対モテるでしょ。高身長、イケメン、豊富な才能、貯蓄もありそう」

藤原がグイグイ問いただす。

さくらもその辺は凄く気になる。

思い返せば大学時代の在原主査は超モテモテでいつも取り巻きの女の子がいて、近寄ることすら叶わず遠目にしか顔を見られなかった人。

やっぱり今でもプライベートはモテモテで、ちゃんと本命の彼女がいるのかな…。

何だろう…私ドキドキしてる。

主査の返事は?

「本当に一人ですよ。列車に乗ってダルマストーブの上でスルメ焼いて食べてました。美味しかったですよ」

「プッ」

さくらと藤原が思わず吹き出す。

「全然主査のイメージじゃないわ。ねぇ、さくらさん」

「そ、そうですね」

もしかして藤原先輩、私の気になっていたこと聞いてくれた?

「初めて体験した流氷ダイビング。流氷の下はまるで異世界でしたよ。まるで太陽の光が天上から差して神様が降臨してくるみたいな感じで…何か心が無になれました」

在原と二人の会話が弾む。

「天使が星のステッキ持って降りてくるみたいな?」

「さくらさんの想像力に感服するわ。天使は神様じゃなくて神のお使いだけどね」

藤原が思わず目を細めてさくらを見る。一方のさくらは在原との会話に夢中の様子。

「天使といえばクリオネ。流氷の天使って呼ばれてますよね。主査は見ましたか?」

「えぇ奇跡的に目の前に泳いでいるのを見ました」

「氷の妖精とも言われてますよね?可愛かったですか?私も実物見てみたいです」

「うーん…」

何故か在原が返事に困っている。

「さくらさんクリオネの本当の姿見たことないの?一瞬で愛らしい姿から豹変してしまうんだから。天使でも妖精でもないよ。捕食しているところなんて触手がうわっと広がって、がぶっと取り込んじゃうんだよ~」

「うわっと?がぶっと?どんな感じなんですか?」

藤原がすぐさまスマホで映像を検索。

「ほら見て」

そこにはクリオネの体が変化していく様子が映し出されていた。先端からいきなり何かがうわっと伸びてきた。

「あ、頭が割れた…」

「だってハダカカメガイだよ。貝。触手でグイッとほらほら今食べてる食べてる」

「ウワッ何これ!?狂暴すぎ。滅茶苦茶ショックなんですけど」

在原が思わず笑う。

「さくらさん、これが現実だから」

藤原がスマホの画面を戻すと時刻は17時50分と表示されていた。

「やだ、もう少しで18時じゃん。さっ、お片付けお片付け」

「ごめん雑談し過ぎちゃったかな。皆さん早く片付けましょう」

在原の一声で皆一斉に黙々と片付け業務にとりかかる。

「じゃあ続きは居酒屋で」

在原が普段見せないような表情で恥ずかしそうに笑っていた。

「お話すっごく楽しみにしています」

さくらも小さな微笑を隠せず、在原を見つめる。

「一人旅の話なんて盛り上がらないと思うんだけどなぁ…いいの?」

在原が顔をしかめる。今日の彼は表情が豊かだ。

「全然OKです」

思いっきり言い切ったさくらの返事に気が緩んだのか

在原の方からさくらに話しかける。

「あ、あの烏丸さん。いつも幹事頼んでしまってすいません。その…結構大変じゃないですか?」

「いえ、私こういうの好きですし、全然構わないですよ」

「本当に?お酒飲めないのに?」

「私、ウーロン茶で酔えますから」

お互い間をおいて笑い出す。ほんの少しの和やかな時間。

「そうだ烏丸さん。いつも頑張ってもらっているお礼に今度ランチ奢りますよ」

「えっ?」

在原の思いがけない誘いにさくらは戸惑う。

「あっ、お、お礼です。ここの近くに行きたいカフェがあるんだけど男一人じゃ行きづらくて…」

「カフェですか?いいですよ。私美味しいミルクティー飲めるお店がいいです」

「よかった。じゃあ特別展が終わったら、ゆっくり二人で」

「はい」

ちょっと待って!?これってお誘い?二人で?えっ?

私、普通に「はい」って返事したよね?

さくらは頭の中で自問自答を繰り替えしていた。

「在原主査、急いで急いで」

藤原が急かす。

「烏丸さんは飲めないから車で来るんですよね?幹事だし先に上がっていいですよ。私は施錠してから直行するので」

「すいません。じゃあ、お言葉に甘えて」

「こっちは気にしないで。お疲れ様」

「ありがとうございます」

さくらが深々と頭を下げる。

「さくらさん頭下げ過ぎ、髪の毛床についちゃうよ」

藤原が素っ気なく言う。

「あっ…」

下げ過ぎて見えなくなったさくらの顔はとても嬉しそうだった。

信じられない。ずっと憧れていた主査からのお誘いがあるなんて。もしかして私の想いに進展あり?

「だけど在原主査が仏像展に力入れるの珍しいのよね。今回はスタッフにさくらさんがいるからかしら?」

藤原はからかうように言った

「何でそうなるんですか!関係ないですよ!」

さくらは嬉しさを隠せずあたふたする。

「彼は学芸員になってから古典籍を専攻してたのに」

「古典籍ですか?」

「まっ、苗字の読み方は違うけど在原ありはらだしね」

在原ありはら在原ありはら在原ありわら…あーなるほど。在原業平ありわらなりひら

「関係ないとは思うけどね。でも幅広い分野で活躍できるのはさすがだね。尊敬しちゃうわ」

「私は今の仕事を全うするのみです。それではお先に失礼いたします」

「お疲れ様」

あれは絶対動揺していたね。彼女前からだけど直ぐ顔に出るんだよね。わかりやすいわー。

さくらは足早に美術館近く徒歩圏内の自宅マンションへ帰宅の途に就いた。


時刻は既に18時を過ぎていた。

飲み会とあらば後片付けもせっせっと終わり前哨戦のメンバーが次々と退勤する。

「お先に失礼しまーす」

「主査、現地で待ってまーす。お先です」

「お疲れ様」

在原が施錠のため一番最後まで残る。

静まり返ったバックヤード。

「人がいないとこんなに静かなんだなぁ…」

室内を見回し施錠前の確認をする。

「ん?」

在原が頬に微かな空気の振動を感じた。

改めて室内を見回すが何も変わったところはない。

「気のせいか…」

これだけの著名な仏師が制作した仏像が集まっているのだから何かを感じ取ってもおかしくないか…。

「施錠します」

カードリーダーにキーをスキャンさせると

電子音と共にバックヤードのドアが施錠された。

真っ暗になった室内には一部未開封の仏像が置かれていた。

まだ頭頂部が薄和紙に包まれたままの『大自在天像』。

暗闇の中に一点ぼんやりと青白い光が浮かび上がってきた。

仏像の頭部から発光しているようだ。

その光は徐々にと明るさを増し突如空間に飛び出した。恒星のように天井で輝き、暫くすると壁をすり抜けどこかへ消えていった。


在原の人物像が少しづつ解明されていきます。今回は后恵が何か言いました。

彼にはかなり悲運なルーツが隠されている設定です。

私の頭の中でもまだ定まっていませんが…。

次にまた新しい登場人物が出てきます。王生家の一員です。

読んでいただきありがとうございました。

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