春の章 合縁奇縁 19
獣医師を目指す大学生、王生 煌徳。
大学でもバイト先でもモテる好青年。
当の本人は全く恋愛に興味なし。しかし牛には特別愛情を注いでいる。
登場人物紹介
王生 煌徳
剣と愛の実子。王生家の一応三男になる。現在に目覚めた大威徳明王。現在酪農大学の4年生で三世の跡を継ごうと獣医師を目指している。
愛くるしい顔をしているが案外冷めている性格。
E酪農大学の学生
南郷、美園…煌徳と同期
白石…煌徳に好意を抱く大学3年生
「モォ~モォ~モォ~」
広大な敷地内に牛の鳴き声が響き渡っている。
ここはE酪農大学にある教育、研究のための牛舎。
中には繋ぎ飼いされている乳牛たちが百頭ほどいる。
ブラシを持って一生懸命 飲水用の水槽を洗っている学生。
「待ってろよ、もう少しで掃除終わるから。そしたら美味しいお水あげるからね」
「モォ~モォ~」
早く飲みたいと急かしているようにも聞こえる鳴き声。
「ちょっと先輩!何してるんですか!?今日からお休みですよね?」
作業している学生にぐいぐい歩み寄る後輩。
「あーごめん。毎日の日課だからついつい…」
振り向いたのは作業着を着た瞳の大きい優しい顔立ちの学生。
左胸のポケットには"王生”と刺繍がしてある。この学生の名は王生煌徳。
現在大学4年生で、ただいま獣医師国家試験に向けて勉強中の身である。
午前9時を過ぎると他の学生たちも次々と牛舎に入って来た。
「煌徳、俺たちでちゃんと洗うから心配するなよ」
「南郷、おはよう」
「おはよ」
「でも、トヨニコの眼球が少し乾燥しているみたいで心配なんだ」
「脱水症状の前兆か…トヨニコ、ちょっと目を診せてね」
同期の南郷がトヨニコの眼球を診る。
「だからちゃんと洗って清潔な水槽にきれいなお水。おいしければいっぱい飲んでくれるからね」
「先輩本当にこの子たち大好きなんですね♡耳標見なくても個体みればすぐ名前呼べるなんて、すごい識別能力です!」
「いつもお世話しているからね」
能力って…それは白黒斑紋、お尻と尻尾の形で100パーセント識別できるから。三年生にもなってそれくらい分からないと流石にヤバいでしょ。
「第六感みたいな?」
似たような前六識なら持ち合わせてますけど、絶対に言えねー。
「流石にそれはないかな。ちゃんと模様で覚えているよ」
トヨニコは腹部に黒い♥の模様がある。ハート型をした豊似湖からとった名前だ。いい加減覚えろよ…。
「先輩、後は任せてください。ちゃんとトヨニコの面倒見ますから。その代わりにバイト先のお店のチョコ、お土産に待ってますね♡」
「白石さん、ありがとう。お礼に買ってくるよ」
何でそうなる…。とりあえず笑顔、笑顔で誤魔化そう。
「確か王生君のバイト先は札幌の有名なスイーツのお店だよね。私はジェラート食べに行きたいな」
「パティスリーNishiって言います」
「美園先輩、私も私も一緒に行きたいです♡」
さっきから僕を推してるのは後輩の白石さん。
実家は農場を経営しているとのこと。聞けば三人姉妹の長女だとか…いつも明るいけど実際は色々大変そう。
「そうそう、そこのお店雑誌にも紹介されてましたよね。ちゃっかり王生君写ってたし」
「まさか載るとは思ってなくて」
ちゃっかりじゃないです。店長の思惑です。
「私その雑誌買いました!先輩の笑顔、超超超素敵でした♡しかも1ページ丸々先輩が載ってたんで、後からもう一冊買いました♡」
「そ、そうなんだ」
残念ながら僕は恋愛というものに全く興味がないので、彼女を傷つけないよう接し方にはいつも気を遣っている。
いつもの笑顔、笑顔で乗り切る。
「王生君目当てのお客さんも来るんでしょ?雑誌に書いてあったよ」
「実はその雑誌まだ見てなくて…。でも、最近シフトが増えたから多分その記事が関係しているのかと」
そのお店は実家近くの洋菓子店で、僕はそこのジェラートが大好きで部活帰りによく通っていた。店長も僕の事を覚えていてくれてバイトも即採用。高校3年生の頃から連休や夏休み限定で働かせてもらっている。
今考えるとあの日無理矢理シフト入れられた時点で怪しかったよな…。しかも取材のこと店長一言も言ってなかったし。あれは絶対はめられた感じがする。
「ちょっとヤキモキします」
「えっ!?」
白石さんは僕のどこに魅力を感じるのだろうか…見かけはどこにでもいる普通の大学生だと思うんだけど。
でも、今なら何となくバイトが即採用だった理由が分かる気がする。
「白石さんって先輩のこと本当に好きなんだね」
美園が本人の前でズバッと言う。
「本気度わかります?私、今年もバレンタインチョコあげました♡」
「今年もね…」
美園の表情が容易に想像できる。
「ホワイトデーにお店のクッキーもらったんですよ♡」
──僕が作ったんじゃないけどね。
「私ゴールデンウイーク中に絶対ジェラート食べに行きます♡ねっ美園先輩!」
「そ、そうね…」
「あ、ありがとう」
ゴールデンウイーク中は激混みで外まで並んでお待ちいただくと思いますが売上貢献に感謝します。
笑顔、笑顔、感謝、感謝。
携帯のバイブ音が鳴る。
「あっ、店長からLINEだ」
煌徳が胸ポケットからスマホを取り出す。
『今日はオープンからシフト入ってるからね!ゴールデンウイークだし覚悟してね!』
「ヤバっ。バイトに遅れる」
「煌徳、早く行けよ。ほらほら作業始めるぞ!」
南郷が仕切ってくれる。
煌徳が行く間際にトヨニコの頸部をつまんで皮膚が戻る時間を計る。
「1.2.3。戻った。やっぱ弾力性が低下してる。南郷、トヨニコを頼む」
「任せとけ。キレイに洗っておくよ」
煌徳は南郷に託し、安堵の笑顔で牛舎を後にする。
「先輩の絶え間ない笑顔キュン♡ですよね…」
学生たちは白石に触れることなくそれぞれの作業に取り掛かる。
「白石はふん尿の片付け、終わったら寝床の藁の交換手伝う、トヨニコの固形塩も補充しとけよ」
「南郷先輩の意地悪」
「文句言うな」
「はーい」
前六識……視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚、霊感
固形塩……牛さんが体内のナトリウム不足にならないように舐めます。
読んでいただきありがとうございました。
北海道あるある 北海道えりも町にある豊似湖はハートの形をしています。北海道の菓子メーカーのCMでご存じの人もいるかも…。マシュー(摩周湖)とかも考えたんですけど、トヨニコにしました。
次のエピソードではまた新しい人物が登場します。
次回もよろしくお願いします。