春の章 合縁奇縁1
202●年 春
何も知らず桜を愛で長閑に現在を過ごす下界の人間。
地球上に存在する生命体を一掃するような天変地妖が起きるかもしれない。
そこで現在に現れた五大明王が世の安寧を保つため行動する。
しかし、降三世明王には過去で救えなかったものを現在で救わなければならない使命があった。
登場人物紹介
春の章
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
現在は獣医師をしており、生命に関わる仕事に携わっている。
王生 剣
王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。
職業は仏像学芸員。
王生 宝
剣と前妻の子供。現在に目覚めた軍荼利明王。143年前は男性として現れるが、現在は女性として現れる。職業は脳神経外科医(脳神経内科兼務)。
名医で海外に派遣されることも多い。性格はかなり奔放。三世とは馬が合わない。
王生 愛
剣の今の奥さん。現在に目覚めた愛染明王。剣との間に煌徳を産んでいる。職業は舞台女優。仕事の関係で北海道にはほとんどいないが、クリスマスと年末年始は必ず家族と過ごしている。
王生 煌徳
剣と愛の実子。現在に目覚めた大威徳明王。現在酪農大学の学生で三世の跡を継ごうと獣医師を目指している。愛くるしい顔をしているが怒ると家族の中では一番怖い。
王生 大耶
愛の連れ子。現在に目覚めた金剛夜叉明王。職業は刑事。職業柄常に沈着冷静。無表情。趣味は料理。
烏丸 さくら
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。
苗字の読み方は「からすま」。
在原 朝臣
さくらの職場の上司。さくらの大学の先輩でもある。実はさくらに想いを寄せている。
悲運なのか不運なのか運命なのか、彼の血筋には代々運ばされている「恨」があった。
「恨」……自分の気に入らぬ人を怨み続ける心。煩悩の一つ。
御手洗 炎
現在に目覚めた烏枢沙摩明王。143年前に現れた時も同じ消防の仕事に就いていた。見た目はガタイもよく少し怖いが家庭では家事をこなす良き夫。
倉橋 清隆
現在に目覚めた制多迦童子。陰陽師、安倍晴明の血筋。それ故に式神を操れる。
宝と同じ病院に小児科医として勤務している。
序章から143年後の現在
202●年春 北海道桜前線通過中
雪解けもほぼ終わり北海道はゴールデンウイークの始まるこの頃から桜が開花し始める。
道内各地の桜並木も灰色の粉塵とは対照的な桃色で淀んだ空気の色を消し去ってくれる。
まだ早朝の気温は10度前後だがアスファルトの感触を待ちわびていたランニングやジョギングする人達が幻想的な朝桜の中、久々にすれ違う人同士挨拶しながら爽快に走る。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
まだロードを走ると雪解け水で若干泥跳ねするが、シーズンインは当たり前の事。
泥を浴びるより春の日差し、風を浴びるほうが心地よいに決まっている。
北海道S市にある美術館、
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の敷地内に咲く桜はあと数日で蕾が弾けて開花しそうだ。
M.C.H.の正面入口には『本日休館』の案内板。
そして掲示板には次回開催の展覧会の案内ポスターが張られてある。
『仏教美術の世界 特別展 開催期間 202●年5月9日から5月21日』
全国の諸寺から集結した国宝級の仏像や曼荼羅図などを紹介する特別展である。
今館内では特別展の準備でごった返している。
バックヤードでは薄和紙で全身を包まれた仏像が次々と開封され
現在に像容を露わにしている。
「はぁ…公開まで今日を入れたらあと10日…」
作業しづらいスカートはここ最近履いていない。今日もグレーのストレートパンツに白いシャツの袖を肘までまくり、気合いだけは十分な私。
だけど実際は疲労のピーク到来中。
壁に掛けてある予定表を見て肩の力が抜け、思わずため息が出てしまった…。
「烏丸さん大丈夫ですか?かなり疲れてます?」
背後から声をかけられる。
「あっ、全然大丈夫です」
振り向くと 今回の特別展のプロジェクトリーダーであり、私の憧れの在原主査が立っていた。
(本当は全然大丈夫じゃないよ…早く帰って湯船につかって寝たいです!)
とりあえず心の中で叫ぶ。
扱うものが重要文化財や日本の仏教美術を代表する名品。中には国宝もある。
細心の注意を払う作業が多く疲労がピークに達しているのは彼女だけではない。
今この現場の空気はピリピリ感で満ち溢れている。
「本当に?」
在原が聞き返す。
もしかして顔に疲労感が出ている?どうしよう…どんな顔しているんだろう…。
今更だけど恥ずかしくて顔を合わせられないよー。
だって在原主査は高身長のイケメン。
いつも身なりが整っていて、今日のスーツだってダークネイビーの無地でネクタイはストライプ。ばっちり着こなしている。
普通に会話するのも未だに緊張するほどカッコイイと思う。
「本当に大丈夫です。少しお腹は減りましたけど」
在原が思わず笑う。
「大丈夫そうですね。烏丸さん、今日も一日頑張りましょう」
「はい!」
心配かけないように声のトーンを少し高めにして返事をする。
私は烏丸さくら。美術館で学芸員として勤務している。
小さい時から絵を描くことが好きで、美術に携わる仕事がしたくて今の職に就いている。
美術の先生も考えたけど、工作の出来が壊滅的で諦めた。
在原主査は同じ大学の先輩で、在学中は会話することすらできない遠い存在だった。
だって、先輩の周りにはいつも取り巻きの女の子がいっぱいで、遠くから顔を見るのが精一杯だったのだから。
新入社員の歓迎会で私と同じ大学出身だと知ったみたいだったから、きっと私がずっと先輩のことを想い続けてるなんて知る由もないだろうな。
だけど現在の私は仕事する上では尊敬する上司として、プラーベートな部分では憧れの人として在原主査の後を追い続けている。
一方通行だけど。
でも、今は同じ職場に一緒にいられるだけでちょっと幸せな気分。
さくらの視線は忙しそうに指示を出す在原主査をずっと追っていた。
「残りの搬入は大自在天像だけですね。一度倒れて修復しているので細心の注意を払いましょう」
搬入作業を担っている業者に促す。
「わかりました」
あっそうだ、主査に確認してもらいたいことがあったの忘れてた。
さくらが在原の元に歩み寄る。
「在原主査。すいません」
「どうしました?」
外のスタッフと話中だったが、相手に断わりを入れて振り向いてくれた。
「もう一度この作品の説明をチエックしてもらえませんか?仏像の説明とか初めてで、慣れない言葉が多くて…」
「わかりました」
「ありがとうございます」
多忙にも関わらず快諾してもらえた。
仕事の話中断させてしまったみたいだけど大丈夫なのかな?
「烏丸さんの担当は五大明王像でしたよね。原稿見せてください」
「はい。お願いします」
『明王とは憤怒の相で———変化した姿であると伝えられている』
在原が黙読し始める。
「あ、ごめん早速なんだけど、漢字。忿怒の方がいいかな。書き方だけど、「忿怒の表情即ち怒りの表情」こっちの方がいいかも。小学校の社会見学も予約が入っているので少しでもわかりやすいように」
「はい」
次から次へと在原の細かいチエックが入る。その度にさくらと触れそうな位まで寄って来る。
ちょっと待って、主査の顔がすぐそこにある。どうしよう…。やだ、全然言ってることが頭に入ってこない。
「え、えっとすいません。もう一度お願いします」
「あ、あぁ。ごめん。ちょっと喋るスピード早すぎたかな?少しゆっくり喋るんで今度は聞いてて下さいね」
「は、はい」
確かに専門用語ばかりで頭がついてこないけど、それよりも憧れの男性とのこの至近距離。
このドキドキ感は何なんだろう。
私、もしかして何か少し期待してる?
「烏丸さん」
「は、はい。大丈夫です」
在原は急に真剣な眼差しで質問する。
「明王は神だと思いますか?仏だと思いますか?」
「あの…」
「ヒント。明王部は大日如来の化身です」
「仏…です」
「そう。分類をはっきりさせておくといいですよ。重要なので加筆お願い致しますね」
「はい」
言われてみればそうかも。私も神様と仏様の区別って曖昧なんだよね。もっと勉強しないと。
さくらはこの会話の意味していることを知る由もなかった。
読んでくださりありがとうございます。
時間はかかりますが少しずつお話を書けたらと思っています。
まだまだ文章を書くのが不慣れで書き直しの連続です。
今は冬ですがあっという間に北海道も春が来てしまいそうです。