春の章 合縁奇縁 15
さくらは運命の出会いをする。それは樹齢100年以上ある荘厳な桜。
3分ほど車を走らすと三世の自宅、王生家に到着した。
玄関先には1本の大きな桜の木が美しく咲き誇っていた。
「うわぁ綺麗…。桜が満開」
さくらは目に飛び込んできた風景に思わず感動の声を上げる。
その一本桜は木全体が幾重にも重なった淡いピンク色の花で華やかに覆われていた。
「すぐ戻る」
「は、はい」
三世は車から猟銃、荷物を降ろす。
ゲージを開けるとクリスさんも車を降りて三世の左側について自宅玄関へと向かう。
二人が玄関前で一度立ち止まる。
「何か嫌な予感がする」
クリスさんも立ち尽くしたままだ。
三世が息を飲み玄関ドアのハンドルボタンを押して解錠する。
「ただい…ま…」
ドアを開けると玄関の真ん中には宝のキャリーケースが家に上がるのを阻むかのように置いてあった。
「予感的中…」
二人ともこれを自分の所まで持って来いという宝のメッセージだとすぐにわかった。
三世の愕然とする姿を見たクリスさんが擦り寄り、前足で三世を優しく撫でて慰める。
「はい。行ってきます…。クリスさんは留守番で」
さくらは車窓にもたれて一本桜をずっと眺めていた。
地面から聳えている太い幹は優に樹齢100年は超えていそう。
枝の一節に咲く花の数がさっき見た河川敷の桜とは桁違いね。重くて枝垂れてる。
「スケッチブック持って来ればよかった…」
春風吹いて散る時は花吹雪、いや、桜吹雪になりそう。しかも猛吹雪。
それはそれで素晴らしい風景なんだろうな…。
よくよく辺りを見回すと自宅の隣りにもう一つ平屋の大きな建物があった。
「あれ?これはもしかしてあの大きな桜が見えた道場?」
ということは、帰りに見ようと思った桜が正にこれか…。こんなに間近で見れるなんて。
マラソン大会は6月だったし、虫採りに来てたのは夏だから今まで桜の花を見た事がなかったのね。
生まれた時からこの近くに住んでいたのに少し損した気分。
でも……今は得した気分。こうして美しい桜を見れたんだから。少しだけ幸せな気持ちになれたかも。
それにしても大きい家。何人家族なんだろう…。
そんなさくらの気持ちとは裏腹に不穏な空気が漂っていた。
さくらは全く気が付いていないようだが、その桜の中に紛れて小さな黒一点。身を隠すように一羽の烏がじっとさくらの方を見ていた。
枝を静かに揺らす程度の風が吹き、桜の花びらがひらひらと舞う。
さくらは少しだけ窓を開けて香りを嗅ぐ。
「さくら、さくら。野山も、里も、見渡す限り…」
そよ風に運ばれた香りに誘われてふと口ずさむ。
歌の途中で、気が安らいだのかうとうとしてしまう。
軽く目を閉じた瞬間、脳裏に舞い散る桜の花びらが映る。
視線を移すと背景には燃え盛る山、そして里に舞い降りた桜の花びらが一瞬にして目の前で火の粉に変わった。
びっくりして目を開く。
「何?今の…」
勢いよく車のスライドドアが開き、三世がキャリーケースを乱暴に積み込む。
車窓にもたれかかっていた頭がバランスを崩してコクンと頷く。
三世が運転席に素早く乗り込んでくる。
「おまたせ」
「いいえ」
「病院なんだけどさ、届け物があるんで天野病院でいいかな?ここから近いし整形もあるし」
「は、はい」
「じゃあ天野病院で」
「お願いします」
「窓閉めるぞ」
エンジンを始動させ、一路病院へと車を走らせる。
桜の木に潜んでいた一羽の烏がその後を追うように飛び立った。
出発してから数分経ったがお互い口を開くことなく車内は沈黙が続いていた。
さくらは車窓から空を眺め、ずっと考え込んでいた。
あの山火事のような風景は何だったんだろう。
夢?幻覚?まさか予知夢?
そういえば桜が散るは命が散る、死の象徴って聞いたことがある。
ただの迷信?でも何か関係があるのかな…。意味深すぎる。
三世も悩まし気な表情のさくらに話しかけられずにいた。
何度赤信号で止まっただろうか。お互い声をかけるタイミングはあったはずなのに。
車は信号機の待ち時間が長い国道との交差点で停まる。
さくらはこの気まずい雰囲気にようやく気が付いた。
私ったら考え込んで無口になってしまった。三世の横顔をチラッと見る。無表情に変わりなしか。でもこの無音状態何か嫌だな。FMくらい入れてよ。少しは気が紛れるのに。
ちょっと話しかけるの怖いけど当たり障りのないお話を少しだけ…。
「ご自宅の桜、すごく綺麗ですね」
「あぁ、100年以上前に誰かが持ってきた桜の木を台座に接ぎ木したものらしい」
「そうなんですか…100年…」
あ、会話が続かない。
「台座のエゾヤマザクラは寿命が長いらしいから、まだまだ死ぬことはないよ」
三世が会話を繋げる。
「よかった。また来年も見たいです。あの桜」
さっきもそうだけど私の思っている事に答えてくれてる気がするんだけど。
偶然?それとも私 顔に思っている事が出やすいタイプだから、もしかして顔で語ってた?
「見に来いよ」
「えっ?」
ま、まさかの返事。急にどうした!?これはシンプルに誘ってる?
考えすぎ、考えすぎ。
やっぱりこれ以上の会話は無理、無理、無理。
さくらはその後、病院に着くまで只々外を眺めていただけだった。
三世も思わず出た自分の一言に戸惑いの表情を隠せなかった。
さくらにその表情を見られないよう意識しながら運転に集中していた。
「ん?」
一瞬、バックミラーに視線を向けると三世たちの後を追うように一羽の烏が飛んでいるのに気が付いた。
三世の表情が打って変わって真剣になる。
読んでいただきありがとうございました。
北海道も桜が満開です。近所に桜並木や公園、会社の敷地内にもあるのでこれと言って感動もなく。毎年の光景だなぁ…と。でも今日の夕飯はジンギスカン。




