春の章 合縁奇縁 14
偶然、三世に助けられたさくら。
無愛想な三世にさくらは返す言葉も消極的。
三世もさくらと話すのは苦手のようで…。
そんな二人を見ていたクリスさんが間に入り、
お互い言葉を選びながらも何とか会話をする。
そして、さくらは初めて見た三世に長く久しく待ち侘びいたかのように惹かれるものを感じた。
地面がぬかるんでいる上に彼女を背負っていると、思うように歩けないな…。
登山道を下りること15分。
三世は ようやく駐車場に駐めてある車のところまで辿り着いた。
白いハイエースのスライドドアを開けてさくらをステップに優しく降ろす。
「おい、起きろ」
言葉遣いは少し乱暴。
さくらがゆっくりと目を開ける。
「大丈夫か?」
「は、はい大丈夫です」
まだ視界が霞がかってぼんやりしてる…。ここは…入口の駐車場?
「そこに座ってろ」
三世はバックドアを開けて猟銃を格納する。
さくらは三世を何と無しに目で追う。
「猟銃見るの初めて?」
「え、ええ」
視界が段々はっきりしてきた。銃口、銃身、引き金…これが銃…。
「最近は狩猟免許取る女性も結構いるらしいよ」
「そうなんですか…」
そういえばこの前ニュースで免許を取る若い人が増えてるって見たような気がする。女性も結構いるんだ。
帽子で顔がよく見えないけど、彼もきっと若いんだよね?
「ごめん、ちょっと前見てて」
「は、はい」
三世が鍵を見られないように仕舞う。
さくらはあれこれ思いをめぐらしていた。
今の状況。
転んで怪我して見ず知らずの男性に助けられる。
彼は怫然とした表情で言葉は最小限。故に話すのが少し怖い。
熊に襲われる心配はなくなったけど、とにかく先行き不安。
特別展の準備もあるし、早く病院に行った方がいいのかな。
「お待たせ」
三世は包帯と積んでいたクーラーボックスからペットボトルの水と保冷剤を出してくる。
ペットボトルを手に取り一瞬考える。
銘水だけど、まいっか。
「手、出して」
泥で汚れた手を三世の前に出す。
三世はキャップを開けて惜しげもなく手に掛ける。
「冷たっ!」
「ほら、ちゃんと洗えよ」
「は、はい」
三世は次にさくらの右足首に巻いていたタオルをとり、手際よく保冷剤を包帯で患部に巻く。
「はい。終了。ちゃんと病院に行って湿布と痛み止めくらい処方してもらうんだな」
あっという間に処置が終わった。
「あ、ありがとうございます」
改めて右足首をみると包帯が丁寧に巻かれていた。
「上手ですね」
「いつもやってるんで」
さくらが車内を見回すと、小さな診察台、検査機器、顕微鏡と医療機器らしいものが揃っている。これって血圧計?
「あ、あのお仕事は何をされているんですか?」
「往診専門の動物病院やってる」
「動物のお医者さん?ですか」
「獣医師」
今、獣医師強調しなかった??
そういえば車内の装備は意外とコンパクトなものばかりだし、包帯もあるわけだ。
クリスさんがさくらの横をすり抜けてゲージに入る。
賢そう。北海道犬かな?
「助けてくれてありがとう」
クリスさんは目をキラキラさせて、さくらを見つめる。
なんか不思議と意思疎通ができてる気がするのよね。
「で、お前どうやって病院に行くんだ?」
「近くに実家があるんですけど、そこにマイカーが…」
「お前、右足捻挫してるけど、そんなんでアクセル踏めるの?」
さくらが話し終わる前に三世が割り込んでくる。
「あっ」
忘れてた。怪我したの右足だった。
よくよく考えたらブレーキも踏めないし、どうやって病院に行こう。
堂々と答えた自分が恥ずかしくて顔を赤らめる。
「お前の実家ここから近いんだ。家に誰かいるのか?」
母は今日から旅行でいないんだった。どっちにしろ運転免許持ってないから頼れないけど。
「いえ…誰もいないです」
「そっか」
三世はベストと帽子を脱いで助手席に置き、置いてあったタオルで汗を拭く。
クリスさんはぎこちない二人の様子にイライラしている様子。
眉間を寄せて三世を見る。
「クリスさんどうかした?」
三世は空気が読めないらしい。
一方、さくらは答えが出た。
とりあえず彼に実家まで送ってもらって、あとはタクシーを呼んで病院へ行こう。
この辺は結構病院あるから整形外科で検索すれば何件かヒットするはず。
早速彼に伝えないと。
「あ、あの…」
顔を上げると、いつの間にか目の前に三世が立っていた。
「!?」
さくらは初めて三世の顔を面と向かって見た。
すらっとしていて顔立ちも整っている。所謂イケメン。ぱっと見て年齢は同じ位か少し上かな?
予想はしてたけど表情は超無愛想。
だけど、目の色のせいかな?人を責めるような視線じゃない。
寧ろその逆。守ってくれるというか…包み込んでくれるような…。
彼の目、惹きつけられるような透明感がある琥珀色をしてる。
さくらは暫し意識が飛んだように三世から目を離せなかった。
「何か?」
「……」
やっぱり話すの苦手。言い出しづらいな…。
我慢できずにクリスさんが目を見開いて三世に訴える。
「病院に連れていってやれよ」
「何か今日のクリスさん攻めますね…」
三世は両手を腰にあてて、さくらの顔をまじまじと見る。
お願いだから集中して顔見ないでくれるかな…きっと鼻とかあちこちに泥ついてる。恥ずかしいんだってば。
「これ使えよ。顔汚れてる」
三世が白いタオルをさくらの膝元に投げる。
「あ、ありがとうございます」
そして、自分の鼻を指で数回叩く。
「泥ついてる」
タオルを手に取り鼻のあたりを念入りに拭く。
白いタオルがあっという間に汚れてしまった。
三世は少し照れくさそうに視線を逸らし、髪をかき上げしっかりとついた帽子の跡を元に戻す。
さくらは そのさり気ない仕草に一瞬ドキッとする。
「俺の家もここから直ぐだから、片付けたら病院連れてってやるよ」
「で、でも、この後診察とかあるんじゃないですか?」
三世がクリスさんの何か言いたそうな眼差しに気が付く。
「彼女に優しく」って、言ってますよね。わかってますって。
三世はせっかく整えた髪の毛をぐしゃぐしゃにして、言葉に詰まりながらも話を繋ぐ。
「あ、あのさ…今日休診なんで、その…時間あるから大丈夫」
こんな感じで問題なかったか?
振り向いてクリスさんに確認をとる。
クリスさんは安心したのか手足を伸ばして眠りの姿勢になる。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「取り敢えず助手席に乗って。歩ける?」
「は、はい」
ゆっくりと立ち上がり車伝いに助手席へ移動する。
さっきより痛みが和らいだ気がする。冷やしてくれたからかな?
車体には『移動動物病院 GO アニマルクリニック』のロゴが貼られていた。
本当だ。この車で動物病院やってるんだ。
三世はさくらの背中を支えながらエスコートする。
片手で助手席に置いた帽子とベストを除けて、さくらを座らす。
「座れるか?上のグリップ掴めよ」
「は、はい」
さくらは辛そうな体勢でグリップを掴み何とか助手席に座った。
三世は足早に運転席に乗り、身を乗り出して助手席のシートベルトを引っ張って装着する。
チョ、チョット距離が近い。目の前に顔がある。
思わず窓側に顔を背ける。
私、何ドキドキしてるんだろう…。
三世もシートベルトを締めて、後ろを確認する。
「クリスさん出発するぞ」
一瞬目を開け、また閉じる。
車は一旦王生家へと向かう。
読んでいただきありがとうございました。
三世とさくら。とりあえず一組目の出会いです。
今回の北海道あるある。
動物のお医者さんです。
佐々木倫子先生の作品です。H大学(北海道大学)がモデルだとか。チャンネルはそのまま!も大好きです。




