春の章 合縁奇縁 10
同時刻
さくらは川沿いのサイクリングロードを歩いていた。
川の流れる音は心を落ち着かせてくれる。
はずなのに、不安と詰め込んだ仕事の情報が頭の中で犇めき合って
何かスッキリしない。
──カサッ。
足で何かを踏んだ音がした。
「ん?何?この鱗みたいの…」
ロード脇にはまさかの『マムシに注意!』の看板。
「まさかこれ…蛇の脱皮した皮?大丈夫、大丈夫。確か蛇って夜行性だよね」
勿論その知識に自信はない。
「お願いだから出て来ないで。お願い」
何の気なく手を合わせてお願いする。
「あーもう!どうしてこうアクシデントばかりなんだろう」
少し頭の中を整理しよう。
とりあえず今の私の脳内イメージを文字にすると、蛇、毒、怪我、怪我、痛、苦、不安、不安、不安、心配、心配、心配、心配。
ん!?怪我、痛、苦、不安、心配って、それ在原主査の事…だよね…。
もしかして私、何でも結びつけちゃってる!?
いやいや、もしここで毒蛇に嚙まれて怪我したら痛いし、仕事休むことになって職場のみんなに迷惑かけたら心が苦しくなるし、
そしたらこの先不安になるし、復職できるか心配になるし。
「………」
頭を左右に振る。
「自分に嘘ついちゃダメだ」
在原主査の心配をしても職場の上司と部下という関係だけで…実際介抱できる立場でもないのに。
私の一方的な想いだってわかってる。わかってるけど…。やっぱり心配。
「はぁ…」
さくらは鬱々とした気分のまま歩き出す。
その時、春の柔らかい風がさくらの頬に当たる。
「桜の花びら?」
目の前にひとひらの花びらが舞う。
ふと川の対岸を見ると、植樹して間もない桜が何本も咲いていた。
まだ幹は細いのに立派な花を満開に咲かせている。
「この春の一時の為に頑張って花を咲かせてるんだね。少し元気もらえたかも」
沈んだ表情が自然と明るくなり桜を遠目に見ながら滝を目指す。
桜の心理的効果なのだろうか不安が安心に変わった瞬間だった。
そういえば小学校の頃は友達とオニヤンマやアゲハ蝶、トノサマバッタを採りに自転車でこの辺りまでよく来てたなぁ。
トノサマバッタがいきなり跳んできてTシャツに張り付いた時は流石に半べそかいた記憶がある。
あっ、この道場みたいなの昔からあったあった。休みの日は中から子供のかけ声がしていたような…。
「うわぁ大きな桜の木…」
思わず声に出る。
道場の敷地内には屋根をも超える高さの1本の大きな桜が咲き誇っていた。
「さっきの桜とは違って樹齢100年以上とか相当昔からありそう。あの桜を見たいから帰りは向こうの道路を歩こう」
更に歩き進むと案内板が見えてきた。
『平和の滝入口 滝まであと2キロ』
チラッと腕時計を見る。
「8時52分か…。えっ!?まだ20分位しか歩いてないの?」
昔から思ってたんだけど、2キロ手前で入口?
あと2キロ歩くんだよ?一番近いコンビニだって2キロ歩かなくてもあるのに。
すぐそこのバス停も『平和の滝入口』だし。
マイナスイオン浴びて気分をリセットしたいのに…何か愚痴ってばかり。
こんなんじゃ駄目だ。気を取り直して行こう!
思わず両手でガッツポーズ。
「ん?」
バス停に人がいる。ここは終点で民家もほとんどないのに。
しかもモデルみたいな女性が一人で待っているなんて…。ヒール履いてるし、どう見てもこの場に相応しくないよね。
「変なこと考えるのはやめよう」
さくらは気になりつつも歩みを止めることなく2キロ先の滝へと向かう。
バス停に立っていたのは、ビジネスバッグを持った宝だった。
「ラッキー。タイミングよく便があってよかった」
目の前に停車したバスに宝が乗車する。
幼少の頃 トノサマバッタが胸元に着地しびっくりしました。
実体験です。




