只今エラー発生中: パスワードを入力してください。
入力してほしい言葉は──。
仰向けに寝転がってスマホをイジっていた俺は、突然スマホに現れたこのメッセージに思わずギョッとした。
「なんだこれ?」
画面にはそれだけでパスワードの入力欄らしきものはない。俺が開いていたのはただのメッセージアプリだ。新手のウィルスか?画面をホームに戻そうと試みても反応はなし。表示は切り替わらない。それならば最終手段。再起動でもするかとボタンを押そうとしたところで、スマホが喋った。
「コラァ!」
「うおおっい!」
驚いた拍子に手を離したスマホが顔面に直撃する。
「痛た……」
「それはこっちの台詞じゃい!」
スマホの声は、恋人である夏帆のものだった。
***
「夏帆──変なアプリ仕込んだな?」
夏帆はプログラミングが超絶得意なやつだ。俺の目には呪文のように映るアルファベットを連ねて、意のままに動いたり動かなかったりするアプリを眺めて悦に浸るようなやつだ。
「変じゃないわ!」
「充分変だろ。早くこれ消してくれよ」
「どうしよっかな~」
俺たちは今、絶賛喧嘩中だ。原因は俺の歯磨きの仕方がキモいとか夏帆の靴の趣味が悪すぎるとか、他愛もないことだが。そんなくだらないことで仲違いしたままでは駄目だなと、先程俺はメッセージアプリを起動し彼女に謝罪の言葉を送ろうとしていた。その瞬間ポップしてきたのが例のエラーメッセージだった。
仕方ない。ここは下手に出ておくか。
「この画面を消してください」
「ぶっぶー。パスワードが違いまーす」
子どもか。
「あー……『ごめんなさい』?」
「ぶっぶー。パスワードはひらがなで五文字です」
知らんがな。いや嘘。五文字と聞いてすぐ、とある言葉が頭をよぎった。うっわ。何言わせるつもりだよ夏帆。っていうかすぐ気がついた俺も俺だ。これ言わなきゃ解放されないのか?
悶々としてしばらく黙っていたら、夏帆がヒントを教えようとしてきた。
「……じゃあヒントその一。最初の文字は──」
「ああ~~!!あ!あのさ!夏帆の部屋に俺忘れ物してたわ!今から取りに行ってもいい!?」
「パスワードは?」
「その時言うから!」
すると夏帆は黙りスマホの画面は元に戻った。メッセージアプリの入力欄には打ち掛けの「ごめん」が入ったままだ。それを消し「今すぐ行くよ」と改めると、夏帆に送った。
これ間違っていたら相当恥ずかしいことになるな。そう考えつつ俺は月の明るい夜道を急ぐ。
彼女から「で、パスワードは?」と問われるのを密かに心待ちにしながら。
最後まで読んでいただきありがとうございました。