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9.『満月の湖』

 腰痛の飴が二瓶と肩こりが一瓶、疲労回復が一瓶。

 合計四つの瓶を持って客間へと戻る。


「おまたせしました」

「あら、早かったね」


 ドアを開けると、見覚えのない女性が一人増えていた。ヴァネッサの隣に腰掛けている。


 見た目は女将さんよりも少し若いくらい。宿屋ギルドの関係者だろうか。


 だが服装がまるで違う。派手だ。宝石のついたアクセサリーもたくさん着けている。それでいてまるで下品な感じがしない。服もアクセサリーも彼女を引き立てるものとしてしっかりと機能しているのだ。


 見られることにも慣れているようで、ジゼルの視線もふふふと軽く受け流すだけの器量がある。


 しばらく観察してから、ようやく失礼だったとハッとする。


「えっと、そちらの方は」

「商業ギルド『満月の湖』のマスター、ステファニーさ。知り合いだったから、女将に言って通してもらったんだ」

「『満月の湖』って、王城近くに構えている完全紹介制ギルドの?」

「うちのギルドを知っているのね」

「有名ですから!」


『満月の湖』には『精霊の釜』もかなりの数の錬金アイテムを納品している。


 実用性の高いものから日用雑貨まで。ほとんどが上級魔法道具を作る錬金術師のアイテムだったが、ジゼルにも定期的に依頼が来ていた。全てランプの製作依頼だが。


 王家の人達が使っているランプと同じ職人が作った、といえば聞こえがいいのかもしれない。


 だが注文されるデザインは、姫様のランプのように非常に凝ったものから、冒険者ギルドに納品するようなシンプルなものまで多岐に渡っていた。


 一度だけステンドグラスの作成依頼を受けたのは、確か『満月の湖』経由だった気がする。

 ちょうどランプの製作依頼が増えていた時期なので、どこからの依頼かまでははっきりと覚えていない。


 金婚式の祝い品としての注文で、依頼書には綺麗な字がびっしりと書き込まれていたことだけはよく覚えている。


 顧客に寄り添う、素敵なギルドなのだろう。依頼者の気持ちを受け取り、納品日ギリギリまで調整を行っていた。


 思い出したら、あの日感じた胸の温かさまで蘇ってくる。


「それで、本日はどのようなご用件で」

「この宿で面白いものを売り始めたって聞いて、うちも一枚噛ませてもらえないかと思ってね。効果によっては独占販売を、と思っていたのだけど遅かったわ」

「すみません……」

「ジゼルさん、謝らなくていい。あたしもステファニーの手腕は認めているけど、独占販売なんてされたらあたしら一般の客には手が届かなくなっちまう」

「商業ギルドですもの。そこはきっちりするつもりだったけれど、労働面もきっちり揃えるつもりだったのよ? 製品の質を高めるには、まず生産の場と人を整えなくちゃ。まぁ、宿屋ギルドお抱えになったのなら独占販売は諦めるわ。その代わり、私のギルドにもいくらか卸してちょうだい。いい価格での取引を約束するわ」


 ジゼルが自室に行って戻ってくるまでの間に、次を考えたらしい。さすが有名な商業ギルドのマスター。頭の回転が早い。早すぎるくらいだ。


 あまりにもサクサクと会話が進められていくもので、ジゼルは目を丸くしたまま固まってしまう。


「あんたのところは効果も知らずに交渉するのかい」


 ヴァネッサは呆れ混じりのため息を吐く。けれど彼女はそれすらもサクッと切り裂いた。


「宿屋ギルドのマスターが直々に交渉に来るくらいですもの。疑いようがないわ」


 まるでビスケットを割るかのように、なんてことなく言い切って見せた。


「そりゃあそうだけどね」

「それに貴族の顧客がすでにいるなら売っても旨みは少ないだろうから、来期のおまけにするつもりなの。さっき軽く聞いたんだけど、瓶も錬金術で作っているのよね?」

「は、はい。シンプルなデザインですが、輸送時のことも考えて一般の瓶よりは強度が高めにしてあります」

「そう。この場で決めるにしても百瓶は欲しいわ」

「百瓶も!?」

「これでもかなり絞った方よ。瓶のデザインを一般販売分と変えてくれるならもっと増やすつもり。デザインはうちのお抱えのデザイナーを連れてきて話し合ってもらうとして、一瓶で金貨二枚ってところかしら」

「数が多いので、とりあえずサンプルを一つずつお渡しします。そちらをお試しの上、ご検討いただければと」


 この瞬間にもデザイナーと職員を呼びつけようとするステファニーには悪いが、ジゼルは即決することができなかった。


 手紙をくれたお客さん同様、物と効果を確認し、納得してから進めてほしいと思ってしまうのだ。


「それ本気? 金貨二百枚以上にもなり得る取引よ? それとも即決するには安いと?」

「大きい金額ですよね。だからこそ、納得してから決めてほしいので」

「……あなた、初めに来たのが宿屋ギルドでよかったわね。変なギルドに行ったら使い捨てられるわよ」


 眉を下げ、本気で心配されてしまった。だが彼女の言いたいことも分かる。


 商売としてやっていくのなら、信頼できる筋からの大型依頼は受けてしかるべきなのだろう。駆け出したばかりならなおのこと。逃がした後に後悔しても遅い。


 それは分かる。

 だがこれでもしチャンスを逃がしたとしても、ジゼル個人の損失でしかない。


 宿屋の女将さんと親父さんに迷惑をかける訳でもないのだ。払うコストだって飴三つだけ。なんてことはない。他のお客さんよりも少し多めに渡しただけのこと。


 逃しても惜しいことをしたなと笑うだけだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今一番楽しみに読ませていただいているお話です。毎回ワクワク拝読しています♪
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