二巻発売記念SS 相棒として
ドランが巣作りを開始する直前のお話です
ドラゴンは龍舎に誰かがやってきた気配を察し、のそりと起き上がる。
ドランでも娘でもたーちゃんでもない。だが馴染みのある気配だ。くわあと大きなあくびをしながら男に視線を向ける。
「何用だ?」
「ちょっとな。今、時間あるか?」
「坊なら出かけているぞ」
男の正体は、この配達ギルドのギルドマスターである。
彼が龍舎に足を運ぶ機会は決して多くはない。だがそれはドラゴンを恐れてのものではない。この龍舎はドラゴンとドランが管理する場所であり、ドラゴンの寝床であると正しく理解しているからだ。
時たま龍舎の様子を窺いに来るが、ドランがいる時と決まっていた。
ドランが外出中と気づかずやってきたのだろう。そう思ったのだが、男はフルフルと首を振った。
「いや、ドランがいない方が都合がいいんだ」
「……坊に危害が加わるというのなら、見逃しはせんぞ」
わざわざドランの不在を狙ってやってきたとは穏やかではない。
ドラゴンは警戒心を宿らせ、男を鋭い目で睨みつける。
「そういう話じゃない。だが俺の判断だけで動くのも不安だから、確認して欲しいと思ってな」
男は怯える素振りすらなく、軽く否定をする。そして胸元をごそごそと漁った。
取り出したのは一通の手紙。
封筒の中から色の違う紙を取り出し、ドラゴンの前に広げる。
「今朝、それとなくドランに見せてほしいという旨の手紙と一緒に届いたんだが……どう思う?」
なにやら絵が描かれている。家の間取りだろうか。
周りの道などの情報と共に文字も書かれているため、かなり見づらい。
そもそも人間が手元に広げられるサイズの紙に細々と描かれても困る。
娘の作る飴のように、ドラゴンのサイズを考慮してもらいたいものだ。
せめて「坊が帰ってから出直せ」と言いたいが、目の前の男はドランがいない時を見計らってやってきたのだ。何か事情があるのだろうと、ドラゴンはため息を堪えてじいっと紙を見つめる。
そしておかしなところに気づいた。
「ふむ。我らを騙せると勘違いをしている奴がこの地にいるとはな。いい度胸ではないか」
ドランとドラゴンが王都に来てから約十年。
その間にドランは何度かこの王都で家の購入を試みている。
購入の際の絶対条件が『配達ギルドからほど近い場所にあり、ドラゴンも住める一戸建て』である。この条件に該当する物件が見つかった際には、連絡が入るようになっている。
ただし配達ギルドを筆頭とした、ギルドや店が立ち並ぶエリアと貴族の家が立ち並ぶエリアのほとんどは『国有地』になっている。国から借りた土地の上に家や店を建てるのである。
どこの国でも王都や城下町ではよくある話ではあるが、ドランとドラゴンはそれを嫌った。
巣を作る以上、借り物でいいはずがない。
全て自分の手で作らねば意味がないのだ。たとえ番を見つけた際に一から作り直すものだとしても、妥協するわけにはいかない。
連絡が入る度に検討を重ねた結果、ドランとドラゴンは王都の土地と物件事情について詳しくなっていた。それこそ国有地と一般の土地など見ればすぐに分かる。
ドランが戻って来たらすぐに詐欺師の空っぽな頭を喰らいにいくかと考える。
だが目の前の男は「俺の言い方が悪かった。違うんだ」と慌てて訂正する。
「何が違うのだ」
「これは正規ルートから来た、ちゃんとした取り引きだ。ドラン相手であれば、貸し出しではなく販売を行うと通達があった。まだ解体も済んでいないから返事はすぐでなくても構わないし、必要であれば値引き交渉も行うとのことだ」
ここに王家の印があるだろ? と指さすが、ドラゴンに人間の王が使う印など関係ない。
大事なのは悪意があるかないか。
「ドラゴン使いに離れられたら困る事情でもできたか? だが巣は巣。番のために放棄する必要があると判断すれば、簡単に切り捨てる。土地ごときで我らを縛り付けられるとは思わぬことだな」
煽るようにフッと鼻で嗤う。
ドラゴンはドランが母親の腹の中にいる時から知っているのだ。少し……本当に少しだけ過保護になるのも仕方のないことだろう。
だが目の前の男は気分を悪くする様子はなく、土地の説明を始める。
「実はその土地、錬金ギルド『精霊の釜』の跡地なんだ。活動停止になった後、残りのメンバーに通常では考えられないような異変が起きたとかで、精霊の怒りをかったからだとかなんとか言われてるからまともな借り手はまず見込めない。信頼できる相手に売ることにしたんだろう。まぁドランが買わなかったら、うちが安く借りられないか交渉するつもりだが」
「おぬしは、精霊の怒りをかったからギルドがなくなったのだとは思わぬのか?」
「ギルドの名前にまで入れたくせに、精霊を大事にしてなかったからそんなこと言われるんだろ。俺は配達ギルド『魔鳥配達』のギルドマスターとして、魔鳥に恥ずべき行為はしない。それに配達ギルドから近くて広くて安い土地を手に入れられれば、魔鳥も職員も今よりゆっくり休めるからな」
彼が普段から魔鳥や職員のことを大切にしていることは知っている。
その中にドランとドラゴンが含まれていることも。
今だって嫌だったら断れるような雰囲気を作っているのだろう。
ドラゴンが人間の王なんぞに気を遣うはずがないと知っているはずなのに。
「その考えはよいものだが、その地は坊が買い取ることになるだろう」
「そうか。じゃあ帰って来たらドランに見せてみるわ」
男は紙を綺麗に畳んで胸元にしまう。
龍舎から立ち去る男の背中は、十年前よりほんの少しだけ頼りがいがあるように見えた。




