二巻発売記念SS ステファニーと夢
『満月の湖に限定デザインのボトルを納品した後』から『ジゼルとドランが一緒にいる姿をステファニーが目にするまで』の間のお話です。
「さすがはジゼルよね」
ステファニーはキャンディボトルを撫でながら呟く。
ただの飴入れではない。ジゼルが満月の湖のためだけに作った、ランプとしても使えるキャンディボトルなのだ。
見た目の美しさはもちろんのこと、使う人のことを考えたアイテムは、錬金術師・ジゼル=スターウィンらしさで溢れている。すでにジゼルの生産アイテムを手に取ったことがある者はもちろん、今回の瓶で多くの人がジゼルの虜になると確信している。
「もしうちが宿屋ギルドよりも先に声をかけていたら……」
ジゼルを商業ギルド『満月の湖』の専属錬金術師にしたい――その思いはすでに諦めが付いている。
もしも相手が錬金ギルドや他の商業ギルドであれば、どんな手を使ってでもジゼルを引き抜いたことだろう。
だが相手は宿屋ギルド。
冒険者ギルドと並ぶ国営ギルドだ。大陸に無数に存在するギルドの中で最も地位や権利が保証されているギルドの一つだ。
ギルドマスターのヴァネッサは義理堅く、一度中に引き入れた相手は最後まで面倒を見るタイプだ。彼女ならジゼルの悪いようには決してしない。宿屋ギルドへの所属はジゼルにとって最良の選択であったといえるだろう。
ジゼルとの交渉を認めてもらった以上、変に欲を出す気はない。
だが想像するのは自由である。
自分なら『ジゼル』をどうやって売り出すか。
お気に入りのペンを片手に手帳を広げる。
ジゼルは錬金ランプ愛好家の中ではかなりの有名人だが、彼女を知らない人もまだ多い。
だが一度でも彼女のアイテムを手に取れば、依頼は殺到するはずだ。そこでまずジゼルの顔と名前、アイテムを一緒に覚えてもらう。ジゼル本人をブランドとするのである。
精霊のたーちゃんの存在もまた、ジゼルの錬金術師としての格を上げるはず。
一人と一匹が錬金ランプを持つ構図にしよう。
絵師はもちろんブルーノ。ジゼルとランプの温かみを表現してくれるのは彼しかいない。
背景はアトリエ? それとも事務室?
錬金術師感を出すか、使用感を出すか。
ジゼルとたーちゃんがあのデザインを気に入ったのは、ブルーノがボトルそのもののデザインと一緒に使用想定イラストを描いてくれたおかげである。
老人が読書をしているイラストは、シンプルながらもジゼルの作品のイメージと合致していた。
売り出すならあの絵のようにジゼルの雰囲気を真っ直ぐに伝えるものがいい。
ステファニーは手帳にざっくりとした構図を描く。
だがどれもピンとこない。ステファニーの中で『宿屋ギルドのジゼル』という像が確立されてしまっているせいもあるだろう。『満月の湖専属錬金術師・ジゼル』はいないのだと、イメージにストッパーをかけてしまっている。
万年筆でコンコンと額を叩くが、新しい案はまるで浮かばない。
「これはよくないわ……」
商人にとって想像力は大切だ。
もしもの想像を広げることで、今後似たような事態に直面した時はすぐに動けるようになるのだ。一種のイメージトレーニングであり、自分の中の欲を高める行為でもある。
「夜だから疲れているのかしら。また明日、朝にでも考えてみましょうかね」
ステファニーは一度、自分の頭とアイディアを寝かせることにした。
その後、いつものようにジゼルの錬金飴を舐めてベッドで眠る。手帳は閉じても頭の中はジゼルのことばかり。
だからだろうか。不思議な夢を見た。
錬金術師のアトリエ風の部屋の中。大きな窓を背にしたジゼルとたーちゃんがこちらに微笑みかけている。
パクパクと口を動かし、こちらに話しかけている様子。
だが何を話しているのかまでは聞こえない。もう少しはっきりと唇の動きを読み取れれば内容も分かるかもしれない。そう思いはするものの、その場から動くことはできない。
足がくっついてしまっているかのよう。
もどかしさを抱えながらも、一人と一匹に視線を向ける。
するとジゼルは手元にあったボトルから錬金飴を取り出した。
最近ステファニーのお気に入りとなったばかりの『満月の湖限定デザインボトル』である。二人の後ろにある大きな窓から注がれる日光がボトルの色味を鮮やかなものにしている。
『蝋燭を入れなくても、十分綺麗なのよね』
ぽつりと呟くと、そよそよと風が吹いてくる。
遅れて真っ黒い何かがステファニーの目の前を通過した。ジゼル達を守るように飛び回ると、小さな窓から去っていった。
「ドラゴン?」
何かの正体を口にするのと、夢から覚めたのはほぼ同時だった。
なぜあそこで黒い鱗のドラゴンが現れたのだろうか。
普段のステファニーなら、夢で見た出来事を深く考えることはない。
夢は夢だ。
現実ではない。
だがあの夢には何かある。
そう感じるのは、夢の中で登場したドラゴンがこの王都に常駐しているドラゴンと同じ色だからだろうか。長年商人をやっていると、この手の感覚は馬鹿にできない。
なにより、自分にはあれほど自然なジゼルを描かせるのは無理だと思い知らされた。
相手が他の商人ならやる気に燃えるところだが、相手は夢の中とはいえ、ドラゴンだ。本気で挑んだところで勝てるはずがない。
負けを認めたステファニーはベッドから抜け出し、手帳を開く。
そして昨晩ペンを走らせたページを破ると、暖炉の中に投げ捨てるのだった。




