【閑話】ビビアンとリュカ②
そして最大の警戒ポイントがサミュエルである。
ビビアンの左肩に手を置く彼の胸元には、見覚えのある模様が鎮座していた。以前リュカが話していた、錬金飴柄のクラバットである。
オーレルがこの国を離れた後、彼とジゼルとの間にあったことは宿屋の女将から聞いている。
ジゼルの作る錬金ランプをとても気に入っていた彼は、一日だけとはいえジゼルの弟子になったビビアンのことも気にかけているのだろう。
そう思いたいのだが、なぜかビビアンもまたサミュエルのことを知っているのである。
「今日はフラフラしてないね?」
「最近はよく眠れているからな。今日はこの前のお礼に美味いケーキを用意した。お茶をしながら君の話を聞かせてくれ」
「ケーキってリュカの分もある?」
「もちろん」
「やったぁ。リュカ、ケーキあるって~」
「楽しみだな」
「うん!」
しかもどこか親し気である。
うちの可愛い孫はどこで一国の王子と親しくなったのか。
サミュエル王子は子供相手に不敬だなんだと言う相手ではないことは百も承知だが、彼がビビアンをジゼルの代わりにしようとしてはいないか。そんな不安が胸によぎる。
オーレルはスススとリュカの隣まで行く。
そして彼の背の高さに合わせて屈みながら小声で相談する。
「リュカ。やっぱり今日は王都案内に切り替えてもらうことはできないだろうか」
「王都案内は後日するつもりですが、今日、彼らから引き離すのは僕でも無理です」
「そう、か。無理を言ってすまなかったな」
「困ったことになりそうなら、僕が友人として責任を持ってビビアンを守りますのでご心配なく」
「リュカ……」
こんな時ではあるが、リュカの口から『友人』という言葉が出てきたことに胸が熱くなる。
上位貴族であり、生まれた時から膨大な魔力を有していたリュカには長らく『友人』と呼べる存在がいなかった。
幼い頃から同年代の貴族令嬢令息と付き合いこそあるものの、彼らはどこかでリュカを恐れていた。同年代の子供との付き合いがないせいか、出会った時からひどく大人びた子だったのをよく覚えている。
リュカの祖父もそのことを心配し、当時錬金ギルドのマスターを務めていたオーレルに相談してきたのだ。
錬金術を始めれば魔法の制御も上手くなるかもしれない。
そんな想いでギルドに誘い、ジゼルの元で錬金術を習わせた。元々錬金術師としての片鱗はあった。
予想外だったのは、想像していたよりも呑み込みが早かったこと。
ジゼルの指導との相性もよかったのかもしれない。だがあまりにも短い期間で成長してしまったことで、リュカは錬金術師として大人達に囲まれるのが当たり前になってしまった。
恐れられることはなくなったが、リュカを若き天才錬金術師だとして一線を引く者も多い。
リュカ本人の性格もあり、新しくできた婚約者との仲は良好。
これ以上何かしたいと思うのは大人のエゴなのではないか。リュカのためを思うなら、見守るだけに留めておくべきなのではないか。
ギルドマスター時代、オーレルは葛藤していたものだ。
「今度、うちに遊びに来るといい。歓迎する」
「? はぁ。お邪魔でなければ」
潤む目元を押さえるオーレルを、リュカは不思議そうに見上げる。
すると目をキラキラと輝かせたビビアンもそこに加わった。
「リュカ、今度うち来るの⁉ 来週? その次の週?」
小声で話していたが『遊びに来る』の部分がバッチリ聞こえていたようだ。
「そんなに早くは無理だ。仕事のスケジュール調整もあるし、子猫の世話もあるからな」
「リュカの家、猫いるの? 名前は?」
「ネロだ。先日、見知らぬ猫が子猫を置いて、以降引き取りに来ないから僕が世話をしている」
「外寒いから、おうち入りたかったのかな」
「まだ小さかったから、子供だけでもと思ったのかもしれないな。まぁあれだけ図太ければ野生でも上手く生きていける気がするが」
屋敷にいる猫を思い出し、リュカはフッと笑う。
そして「暖炉の前で仰向けになって、手足を伸ばしている。全く警戒心というものがないやつだ」とか「調合の匂いは嫌いらしい。帰ってきた直後だと逃げていくんだ」と続ける。最近来た猫は、すでにリュカに懐いているらしかった。
「リュカ、その子のこと好きなんだね」
「なんとなく放っておけないだけだ。……よければこの後、うちに来るか?」
「いいの⁉」
キャッキャとはしゃぐビビアンと、柔らかな笑みを浮かべるリュカ。
二人を眺める大人達が纏うのは穏やかな雰囲気である。大人達の中にはサミュエルも含まれている。
自分から少しだけ離れたビビアンを見守る彼は、ビビアンをジゼルの代わりにしようとしているようには見えなかった。
彼の目的は分からない。
だが案外心配するようなことはないのかもしれない。
サミュエルの意味深な行動は『怖がらせてしまったお詫びと、ジゼルの居場所を教えてくれたお礼』であるとオーレルが知るのは、特別顧問に就任してからしばらく経ってからのことである。




